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Lovestory in Railways

旅立ち~あなたの住む街へ

作者: 秋葉隆介

いわゆる「不倫」を扱っております。

お苦手な方は、ページを閉じてください。

 わたしは今日旅立つ。


 あなたの住む街へと。


 すべての現実をかなぐり捨てて、


 あなたが待つあの街へと。




 わたしは今、とある地方都市の新幹線駅、上りホームに佇んでる。そこで東京に向かう電車を待ってるの。

 なぜかって?

 わたしね、彼のところに行くの。東京で待ってくれてる、大好きな彼のところへ。


 この街はね、わたしの生まれ故郷。そして学生時代に彼と過ごした思い出深い街でもあるの。それからね、2年くらいの短い間だったけど、報われない結婚生活を送った場所でもあるわ。

 そう、わたしは結婚してるの。今の夫はかつて勤めてた会社の同僚で、面倒見が良くてとても優しい人。夫がわたしに好意を伝えてくれた時に、わたしは彼のことを正直に話して、その思いに応えられないことを伝えたの。そしたら夫は「それでもいいから……」って言ってくれて、なかな彼に会えない寂しさに押しつぶされそうになってたわたしは、夫の思いに押し流されるようにして抱かれてしまったの。 

 その後、わたしを手放したくなかった夫は、わたしに自分の思いを切々と訴え続けてくれて、同時に結婚の準備を着々と進めたわ。連絡が途絶えがちになってた彼との関係を諦めたわたしは、夫の思いを受け入れ結婚することにしたわ。惜しみない愛を注いでくれる、夫との穏やかな結婚生活は幸せ…… なはずだった。

 でもね、ある日わたしの秘めた思いに火をつける出来事が起こったの。



 その日いつものようにフェイスブックのサイトを開くと、友達リクエストがあることに気づいたの。リクエストしてきた人の名前を見て、わたしは目を疑ったわ。


 そこにあったのは「彼」の名前。


 その名前と掲載された彼の写真を見て、わたしは思わず涙を流してしまったの。しっかりと蓋をしたはずの想いが、溢れ出してきたのはその時だった。

 わたしは早速お気に入りを返したわ。すると、すぐに彼からのメッセージが送られてきたの。

「元気だったか?」

 たった一言の言葉。それでもわたしは嬉しくって、嬉しくって…… 拭っても拭っても溢れてくる涙を止めることが出来なかったの。

「元気です。あなたは?」

 それだけの言葉を返すだけでも、わたしは胸の鼓動を抑えられなくなっていたわ。かつてあんなに愛し合った人が、わたしとの繋がりを求めてくれていることに、わたしは舞い上がってしまったのね。

「まあ、ぼちぼち?」

 そう返してきた彼。『ぼちぼち』、他人との距離を測るのが上手な彼が、いつも使っていたその言葉を聞いて、わたしは懐かしさでまた涙を流しはじめたの。

 そのあと当たり障りのない会話を続けていたんだけど、わたしは彼への想いが膨れ上がっていくのを抑えることが出来なくなっていたわ。その時だった。

「お前さ、結婚したんだって?」

 それは一番触れられたくないことだったの。でもね、夫に少しの後ろめたさを感じていたわたしは、彼に正直に答えたの。

「うん」

 そう答えるのが一番いいと思ったからね。そしたらね、彼が答えに困る返事を送ってきたの。

「幸せか?」

 幸せなんだけど、幸せなはずなんだけど……

 そう思ってわたしはキーボードを叩きはじめたの。

「幸せ

 そこまで入力したときに、わたしの手は止まってしまったわ。わたしの想いが、彼に向いてしまっていることに気づいたから。

「幸せ、じゃないわ」

 彼にそれを訴えても仕方がないことだったのに。わたしも彼も、苦しむことになるのに。そしてわたしの返事を見た彼は、何かを感じてこう返事をくれたの。

「お前と話がしたい。連絡先を教えてくれないか?」

 わたしね、結婚が決まった時に、彼からの連絡を全部拒否できるようにしたの。それが夫に対するけじめだと思ったからね。それからね、彼の電話番号やアドレスも全部消去して、それまでこっそり隠し持ってた彼からの手紙も全部燃やしたの。それで夫と生きていく決心を固めたの。

 だからね、彼にわたしの連絡先を教えることは、夫に対する裏切りだってこともわかってた。でもね、もう気持ちを抑えられなかった。彼の声が聞きたくって聞きたくって…… わたしの連絡先を夢中で入力して、送信ボタンを押してしまったの。

 すぐにわたしのスマートフォンが振動をはじめて、着信があることを知らせたわ。ディスプレーにはすっかり覚えてしまった11桁の数字。わたしはドキドキしながら応答のボタンをタッチしたの。

「もしもし」

 低いけど甘く落ち着いた彼の声。あまりの懐かしさで声を失ったわたしに、電波の向こうから彼が問いかける。

「おい、聞いてるか?」

 少し強い口調で我に返ったわたしは、何とかこう答えたの。

「うん、聞いてる」

「良かった…… 久しぶりだな」

 向こう側で彼がホッとしたのが伝わってきて、それを感じたわたしも少し寛いだ気持ちになったの。

「ほんとに久しぶりねぇ、お元気?」

 少しくだけた口調で答えを返してみたの。そしたらね、

「まあ、ぼちぼちだな」

 って彼は言ったわ。その懐かしい言葉と、快活な口調が彼の笑顔を思い出させて…… わたしはまた涙を流しはじめたの。そして彼は、わたしが泣いていることにすぐに気づいたみたいだった。

「お前、泣いてんのか?」

 しゃくりあげて泣きはじめたわたしに、優しい声をかけてくれる彼。

「どうしたんだよ、なぁ……」

 わたしが泣いていると、彼は優しく髪を撫でてくれたことを思い出して、とうとうわたしは大声を上げて泣き出したの。泣き続けている間、彼は黙って泣き声を聞いてくれてた。ひとしきり泣いてわたしが落ち着きを取り戻した時、彼がわたしに言ったの。

「聞いてもいいか?」

「何?」

「『幸せじゃない』ってどういうことだ?」

 それには答えられないと思った。その質問に答えてしまったら、何もかもが崩れ去ってしまう、そんな気がしてたの。黙り込んだわたしに彼が畳み掛けてきたわ。

「生活が苦しいのか?」

「ううん」

「じゃあ、旦那に酷いことされてんのか?」

「ううん、そんなんじゃないの」

「じゃあ、どうして……!」

 煮え切らないわたしの答えに、彼がイライラしてるのがわかったわ。それでも言えない、言っちゃいけない、とわたしは思ってた。

「俺を捨ててまで選んだことじゃないのか? なのにどうして……」

 その彼の言葉に、わたしの心の堰が切れてしまったの。わたしはとうとう、禁断の言葉を口にしてしまったわ。

「彼は、あなたじゃないじゃない! わたしはずっと…… !」

 感極まって言葉に詰まったわたしを黙って待っていてくれている彼。伝えたかった、彼にわたしの本当の想いを。


 あなたのことを、愛してるの。


 わかってた、わかってたの。誰のことも顧みない、自分本位な言葉だってことくらい。でもね、それを口にした瞬間、わたしの心がすーっと軽くなっていくのを感じたの。

 しばらく重い沈黙が続いたんだけど、彼が答えをくれたわ。

「そうか」

 短いその言葉の中に、彼の意図がどこにあるのかがわからなくて、わたしは思わず声をかけたの。

「迷惑?」

「迷惑なもんか。俺の心の中にはな、いつだってお前しかいなかったんだぜ。今でもお前が思ってくれてて嬉しいよ。でもな……」

「あなたを好きでいちゃいけないってわかってるの。でも、」

「なあ」

 溢れ続けるわたしの言葉を、彼が遮ったの。そして彼は信じられないことを言ったわ。

「俺のとこへ、来ないか?」


 え? 今何て言ったの?


「俺と一緒になってくれないか?」

 それはわたしが切望して止まなかった言葉だった。でもそれは、いまさら叶わない願いだと思ったの。

「無理だよ……」

「どうして?」

「わたしには、主人がいるもの……」

 それが正論。それが常識。覆せるとは思ってなかった。

「お前さっきさ、ご主人は俺じゃないから、幸せじゃないって言ったよな?」

「……」

「そんな思いで一緒にいられたって、ご主人も迷惑だと思わないか?」

「でも……」

「そこにはな、お前の幸せも、ご主人の幸せもないんだ。もちろん俺の幸せもな」

「そんなこと、わかってるよっ!」

 大声を上げたわたし。すると電波の向こう側で、彼がふうーっと息を吐く音がしたの。

「だったら、すぐに俺のところに来い」

「だからそれは無理だって……」

「自分勝手かもしれないけど、みんなが幸せになるにはそうするのが一番いいんだ。俺たちは一緒になって幸せをつかめるだろうし、ご主人だって本当に愛してくれる人を見つけて幸せになってもらうんだ」

「……」

「お願いだ、俺と結婚してくれ」

 わたしの涙は、止まらなくなってた。その時、嬉しいのか悲しいのか、よくわからない気持ちに支配されてたわ。でも彼の次の言葉で、自分がどうしたいかをちゃんと確認することができたの。


 俺は、お前を愛してる。


 彼とわたしの想いが、ずっと寄り添っていたことを知って、わたしは彼の元へ行くことに決めたの。

「わかった。わたし、あなたのところに行く」

 しゃくり上げながら言ったわたしに、彼はこう告げたわ。

「気持ちが固まったら、なるべく早く俺のところへ来てくれ。お前は何も心配しなくていい。お前は俺が守るから」

「わかった」

「じゃあ、待ってるからな」

 そう言って電話を切ろうとした彼を呼び止めた。

「待ってっ!」

「どうした?」

 どうしても伝えたかったから。

「愛してる」

 溢れる思いを言葉に乗せて。

「俺も、愛してる」

 それを最後に切れた電話を、わたしはずっと見つめていたの。




 それから一週間後の今日、わたしは駅のホームで電車を待っている。暮らしてた部屋に、離婚届と指輪を残して。

 滑り込んできた電車に乗り込み、窓から故郷の風景を見つめた。もう見ることは叶わないだろう景色を瞳に焼き付けるように。

 でもね、悲しくなんてないの。だってね、愛する人が待ってるから。わたしのことを待っててくれてるから。

 発車のブザーが鳴り響く。

 電車はドアを閉じて、彼の待つ街へゆっくりと走りはじめた。

Railwaysシリーズ、第8弾をお贈りします。


またまた「短編の神様」が舞い降りてきてしまいました。

実に手前勝手なシチュエーションだと作者も思ったのですが、「愛する男を忘れられない女」を女性目線で書きたくって、思い切って表現してみました。


前作の後書きでも書きましたが、道に外れた行為を描くのですから、どうしても受け入れられない方もいらっしゃると思います。それでも!

僕は書きたいと思ったんです。作者のわがままをお許しください。


よろしくお願いいたします。

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