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「母さん遅くなるから夕飯は適当に食えとさ」


陽平は興味なさげに僕に伝え、テレビを見る。

テレビではバラエティー番組が放送されており、芸能人の笑い声が二人きりの空間に広がっていく。

母さんが夜遅いのは何も今日に限っての話ではない。

母さんは仕事でいつも帰りが遅い。

父さんも東京に単身赴任中で、家は僕と陽平の二人きりになることが多い。

僕は「分かった」と一言だけ伝え、カバンを持って自分の部屋に向かった。

やはり、自分の部屋が一番落ち着く。

机にカバンを置き、椅子に座って整理を始める。

配布されたプリントを一枚一枚、丁寧に取り出していくとその中にあの紙飛行機が挟まっているのを見つけた。

すっかり忘れていた。

僕は紙飛行機を手にとった。

よく見てみると、紙飛行機は独特な折り方をされていた。

ふと脳裏にこの紙飛行機を折る水瀬奏の姿が流れていく。

その姿は儚げで触れてしまうと崩れてしまいそうだ。

髪の毛の一本一本が甘い風によって波打つ。

光の筋が幾つも彼女の周りに射し込み、美しさを際立たせる。

我ながら何とも馬鹿馬鹿しい妄想だと思う。

脳裏に浮かぶ光景をかき消しながら僕は紙飛行機を手から離そうとした。

だが、彼女の言葉が僕の行動を抑制する。

彼女は僕のことを理解した気でいる。

それも、たった数回の問答で。

それは傲慢で自分勝手な妄想の押しつけだ。

僕は心の何処かで彼女の吐き出したあの言葉に憤りを感じていた。

椅子から立ち上がり部屋の窓を開ける。

窓から入り込む風は少し肌寒く、僕の肌を刺激し、カーテンを大きく揺らしている。

僕は手に持った紙飛行機を投げようと手を振り上げた。

けれど、その刹那に浮かぶ彼女の姿がどうしても心から消えてはくれず結局、僕は紙飛行機を机にそっと置いて、風の入り込む窓を閉めた。

段々と陽も暮れ始めている。

モヤモヤとした鬱憤が僕の心に溢れていく。

僕は部屋を飛び出し、そのまま緋色に染まる世界に身を投じた。

じっとしていると彼女を思い出してしまう。

それが嫌で僕はただ放浪するように街を歩きだした。


街灯には羽虫が大量に飛び交い、光に向かっていき、そして落ちていく。

陽はすっかり沈み、吹き抜ける風が僕の髪を撫でていく。

微かに香る春の匂いが僕の鼻孔を刺激していき、とても心地良い。

空は宝石を散りまべたかのように星が輝き、時折、雲で姿を消す月はとても儚げである。

ベンチに腰を下ろし、この雰囲気に身を任せた。

僕は家には帰らず、学校近くにある公園にいた。

公園には僕以外に人はいない。

誰もいない空間はとても落ち着く。

この公園にいるのは僕と街灯へ果敢に飛び込む羽虫といつも、すべり台の下にいる猫だけである。

尻尾の切れた黒い猫で、この公園を根城にしている。

僕は度々、この夜の公園に訪れるのだが、この猫はいつも同じ場所で欠伸をかいている。

大分、人に馴れているのか、僕が近づいても臆せず逃げ出したりしない。

単に、僕に迫力がないだけかもしれない。

僕はベンチから立ち上がり、黒猫の前まで近づいていった。

相変わらず、黒猫は微動だにせず、すべり台の陰の下で鎮座している。

近づいてくる僕を黒猫は一瞥すると、すぐにまた視線をどこかにやる。

僕は笑みを浮かべながら黒猫の頭を撫でる。

フワリとした毛がくすぐったい。

黒猫は嫌がっているのか、嬉しがっているのか判断がつきにくい表情を浮かべている。



「相変わらずだなあ」



僕はしばらくの間、黒猫を撫で続けた。

すると、涼しい春風が強めに吹いてくる。


「こんなところで何をしてるの?」


僕の耳に彼女の鈴のような声が聞こえてきたのは、その後の事だった。

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