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 得体の知れない恐怖だった。

 僕の奥底にくすぶる黒く醜いものを見透かしたような彼女の目。

 あの目が今も僕のことを見つめている。

 それは息の出来ない水中に無理やり放り込まれたようで苦しかった。

 息が詰まるような居心地の悪さだ。

 今すぐにデモ教室から逃げ出したくて仕方なかった。

 それでも僕が逃げ出さなかったのはどうしようものない自尊心からだった。

 自分の座先に着く。

 すぐに担任の教師が現れ簡単な自己紹介や所持連絡が教室で行われていく。

 その間も僕は彼女の事ばかりを考えた。

 恐怖の対象でありながら彼女の挙動ひとつにすら気になって仕方ない。

 どうしても目が離せない。

 それは皮肉にも恋慕の感情を持ったかのようであった。

 やがて担任の教師は全ての連絡を伝え終わり、そのまま解散となった。

 すぐに晃が僕の座席の元に近寄ってくる。


「早く帰ろうぜ」


 間髪を入れずそう言って僕を促す。

 僕はそれに頷きながらも、彼女から目を離せないでいた。

 クラスメートたちが次々と教室から出ていき、彼女もまたそれに続いていく。

 その途端に僕を縛っていた緊張が解ける。

 僕はひとときの安息をついた。

 僕らも教室を出る。

 そのまま階段を下り、校舎を出ていく。

 しばしの間、くだらない会話を続けた。

 話題は自然と皆が教室にいなかった話になった。


「そういえば、何でみんな教室にいなかったの?」


「あの後、二階の廊下で上級生が部活の部員集めをやってたんだよ」


 さほどその件が興味なかったのか晃は何食わぬ顔で答えた。

 それにしても入学式の日に一年生の校舎で勧誘などして大丈夫なのだろうかとわずかながら疑問を覚えた。

 部活勧誘は普通ならもう少し一年生が学校に慣れてから行われるものだろう。


「もちろん無断だよ。教師が顔を真っ赤にして怒ってたしな」僕の表情から考えていることを読み取ったのか晃は話してくれた。


 晃はどうも表情から相手の考えを読みとることが得意なようで僕は度々驚かされている。

 小学三年生の頃だったろうか。

 僕らのクラス間ではカードゲームが流行っていた。

 誰もが一度は見たことがある有名なゲームだ。

 そのゲームは非常に読み合いが重要で、例えばピンチになった場合、対抗手段もないくせにはったりをかまして逃れたり相手の次の行動を読んで戦略を立てたりと子どもの遊びとは思えないほど頭を使わなければならない。

 そのゲームが晃は得意だった。

 読み合いが上手く勘も鋭い。

 こちらがどれだけハッタリをかましても簡単に見破ってしまい、正に負けなしの強さを誇っていた。

 そして僕はそんな晃の鋭さを心の片隅で嫌悪していた。


「……僕ってそんなに分かりやすい?」


「まあ、長い付き合いだしな」いつもよりトーンの低い声色で僕の問いに答える。


 そのまま何がおかしいのか一笑する晃。

 僕はそれがどうにも気に食わなかった。


「おい恵介、見てみろよアレ」急に声色を変え、僕の服を引っ張り出す。


「何だよ」


「あのババア、めちゃくちゃ化粧濃いぜ。ヤバすぎだろ」晃は楽しそうに中年の女性を指差し破顔一笑する。


 僕は彼の指さす方向を横目に見た。

 確かに、化粧が濃い。

 だが、大笑いするほどなのかと言われると同意は出来ない。


「……あっそう」


 苛立ちが消えたかわりに湧き上がった感情は呆れであった。

 ついていけない。

 そう思った時、晃の表情に違和感を覚えた。

 僕はその違和感を表情に出さないよう気を付けながら素っ気なく答え足取りを速める。


「あ、おい」


 晃はすぐに追いかけてくる。

 僕は見逃さなかった。

 僕の感情が切り替わった途端、一瞬だけ見せた晃の笑み。

 あれは間違いなく安堵の笑みだった。

 途端に僕は自分が惨めになった。

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