5
振り向いた先には入学式で僕の隣にいた少女がいた。
彼女は無表情のまま僕を見つめている。
僕もそれを返すように見つめた。
お互いに見つめ合うその時間は心地よさと気まずさがおり混ざっていた。
沈黙の二文字が僕らの間を駆け巡っていく。
その間も春風は相変わらずカーテンを揺らしている。
やがて、僕の中で心地よさよりも気まずさが強まりだした。
僕はそれに耐え切れず口を切った。
「君さ……入学式の時、隣にいたよね?」
「いたわね」
たった一言の返答。
それはあまりに素っ気ない声色であった。
また、沈黙が訪れようとしている。
僕はそれを追い払うようにもう一度、彼女に訊ねた
「他の人達は何処に行ったか分かる?」
「みんな下にいるわよ」
「何しに?」
「さあ?何か騒いでいたけど、私は興味がなかったから教室に戻ってきただけ」
彼女の答えにとりあえず納得した。
そうなるともう間もなく、全員戻ってくるだろう。
僕は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「ねえ……何で気づかなかったの?」
急に彼女の方が僕に質問してくる。
僕は彼女から問いかけられるなど予想にもしてなかった。
すぐには口が開かなかった。
そんな僕を見てか彼女は言葉を続けた。
「あれだけ騒がしかったら気づくだろうし、普通は気になって見に行くものじゃない?」
「……本当に気づかなかったんだよ」僕は正直に答えた。
「そう……私、何となく貴方って人が分かった気がする」
彼女のその言葉に僕は動揺し何か得体のしれない恐怖を感じた。
この程度の問答で理解などされるはずがない、僕はそう自分に言い聞かせた。
なるべく動揺が顔にでないように気を引き締める。
だんだんと数人の声が教室に近付いてきているのが分かる。
「みんな戻ってきたみたいね……。貴方、名前は?」
「……白河恵介」
「そう、私は水瀬奏。よろしくね」
そう言うと湊は微かに笑みを浮かべる。
その笑みが作り物であることを僕はすぐに気がついた。