16
家に帰ってもいるのは陽平だけだった。
帰ってきた僕には目もくれず額に汗を溜めながら庭先で竹刀を素振りし続けている。
風を切る音がまるで振り子のように一定の間隔で鳴り続け、汗が飛散していく。
この時期に、まして素振りでこれほど汗を流している所を見ると随分と長い時間続けているようだ。
「少し休んだら?」
僕がそう声をかけるとすぐに風を切る音が止む。
僕を一瞥し、一息ついてから汗と麻の色が染み込んだ柄を足元に置いてあった竹刀袋に押し込んだ。
紐できちんと縛りながらゆっくりと縁側に座り込む。
「今日は随分と遅かったんだな」
「まあ、ちょっとね」
幸か不幸か陽平はそれ以上のことを言及はしなかった。
ある種の暗黙の了解とも言うべきか、僕らはお互いのことに深くまで干渉したがらない。
仲が悪いわけではない。むしろ世間的に見れば仲の良い部類だろう。
それをしないのはお互いにそれを酷く嫌っているからだ。
性格とはまた違う心の根本的な部分で僕らはよく似ている。
双子のようにそっくり。
鏡合わせの存在。
だからこそ僕が安心して本音を話せる相手でもある。
「素振りだけでそんなに汗流しても仕方ないでしょ」
とりあえずタオルを陽平に投げ渡す。
それを受け取りながら「馬鹿、素振りだけじゃなくてランニングもしてきたっての」と返してくる。
「部活もやってきたのに、そんなにやってたらオーバーワークじゃないの?」
「体は少しくらい痛めつけてやる方がいいんだよ」
汗をふきとり家に入り込む。
すでに空は真っ暗で静けさが徐々に世界を飲み込みつつある。
陽平はそのまま浴室に向かう。
僕はそれを横目に遅めの夕飯をとることにした。
テーブルの上に寂しく置かれた皿にはおかずが数品。
すぐにご飯をよそい箸でそれらを摘まんだ。
味は普通だった。
食事なんてすぐに終わる。
一人だと尚更だ。
汚した食器を洗い、棚に戻していく。
そうしていると上半身裸で陽平が居間に出てきた。
濡れた髪を乾かそうともせず、ソファーに座りこみ欠伸をかきはじめる。
「乾かさないと風邪ひくよ」
形だけの思いやりを述べて、僕もソファーに座りテレビをつけた。
テレビはよく見る方だと自負してる。
けれど、実際に番組を演出する芸能人の名前は殆ど覚えていない。
沢山いすぎて覚える気にならないと述べるのが正しい。
確か陽平も同じようなことを言っていた。
曰く、覚えてもすぐ消える奴らだから面倒。
この発言にはひどく納得してしまった。
「あんまコイツ面白くねえな」
陽平が番組に出ている一人の芸人に向けて毒を吐く。
なぜかそれも納得してしまう自分が居た。