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水瀬奏の描く絵は悔しくなるほどに上手かった。
「水瀬さん上手ね!」雨宮さんは彼女の横で嬉々とした表情を浮かべる。
彼女は相変わらず作り笑いでそれに応えていた。
ほんの数十分前まではここに来る事を楽しみにしていたはずなのに今はこの場から早く逃げ去りたい気分で心がいっぱいになっている。
たった一人。水瀬奏でという存在だけでそうなってしまうのだから、僕は相当に彼女が嫌いなのだろう。
否、嫌いという言葉で表すには少し語弊があるかもしれない。
僕自身でも具体的な言葉が思いつかないでいる。
本当に嫌いならそもそも注目すらしない。
無関心でいる。僕はそういう人間だ。
そういう意味では僕は彼女にただならぬ関心がある。
しかし、それは好意からではない。どちらかと言えば恐怖からだ。
水瀬奏では僕の事を全て見透かしている。そんな確証のない妄想がいつも頭の片隅で囁いてくるのだ。
それを消し去ろうとしても彼女を見るたびに、まるで夏場のカビのようにどこからともなく現れて思考に蔓延っていく。
目の前にいる彼女が楽しそうに笑う。それが僕には嘘にしか見えない。
きっと彼女にも僕は嘘の塊にでも見えているのだろう。
あの公園での会話から僕らは一度も声を通わせなかった。
少なくとも僕は意識的に避けていた。
理由は簡単。僕の嘘や矮小な心ががいとも簡単に彼女の口から露呈するからだ。
僕の内側でくすぶっている見たくもないような醜いものが彼女を通して世界に放出される。
そんな恐ろしい想像が頭から離れない。
だからこそ僕は逃げていた。
けれど彼女は僕を見逃してはくれなかった。
「ごめんね白河君。もう見学期間すぎてるのに見学させて欲しいなんてお願いして、迷惑だったでしょ?」描いた絵を机に置きながら彼女は僕に気にかけるような発言をする。
あまりの白々しさ発言に僕は笑ってしまう。無論、二人には愛想笑い見える程度には抑えたつもりだ。
「別に気にする事ないよ」
「そうそう、人数は多い方が楽しいし」雨宮さんは相槌を打つように続いた。
「ありがとうございます。出来ればこのまま入部の方向で勧めたいのですが」
水瀬奏では謙虚に答えながら着実に美術部に居座る計画を進める。
雨宮さんはその言葉を聞くと喜んだ。
「なら、今すぐ入部しよう。うん、早い方がいい、入部届け持ってきてる?」
そう尋ねると水瀬奏は首を振る。
「ああ、なら今から職員室に取りに行こ! という事だから白河君は少しの間、お留守番よろしくね」
雨宮さんのあまりの早口に彼女は珍しく面をくらったような顔をする。
そのまま雨宮さんは彼女を無理やり立たせ、手を引っ張りながら美術室を飛び出して行った。
「嵐のような人だな」
僕は独り言を呟きながら机に置かれた彼女の絵を眺めた。
やはり上手い。その事実はいくら眺めても変わらなかった。
しかし、何か違和感を感じる。
具体的な言葉では表現できない、感覚的に訴えてくるもの。
そういう不確かな存在が違和感となって僕の視覚に入り込んできている。
そんな気がした。
黒鉛で染められた画用紙に触れてみる。
指はすぐに黒く染まった。