11
放課後になっても僕はどの部活に所属するか悩んでいた。
目の前にある折り目のついた入部届けを見ていると考える事が億劫になってきてしまう。
晃と同じく僕も陸上部にしようか、一瞬だけそう思ったが興味もあまりないし走るのは苦手だ。
その案はすぐに却下された。
そもそも、運動部にはあまり入りたいとも思えなかった。
ならば、文化系。絵を描くのは好きだから美術部なら合っているかもしれない。
だが、好きという気持ちは有っても僕に絵心というものはまるでない。
本気で描いた猫の絵を豚の絵と勘違いされる苦い経験がある。
あの時はひどく傷ついた。
そして、それ以来あまり絵を描くことはなかった。
好きという気持ちと描いたものを理解してもらえない気持ちに板挟みされ身動きがとれなくなってしまったのだ。
「ほんと……嫌になる」一人でボヤキながら天井を眺めた。
白い天井の中で一点のみ黒い染みがある。よくみればひび割れもしていた。
あの染みはきっとペンキの塗り残しだろう。
本当の色の上から綺麗な白色を上塗りして誤魔化してる。
本当の自分を他人には見えないように隠している。
彼女にそっくりだ。そして、僕にそっくりだ。
とっさに僕は嫌悪感を吐き出すように手元にあったペンを手に取り、用紙の上で動かした。
黒いインクが僕の気持ちを書き綴る。
せめて少しくらい偽りでないものがあってもいい気がした。
何より、彼女と同じように全て偽っているのは嫌だった。
下手くそでも好きなものをする事を誰も咎めたりしない。
張れるような見栄もない。だから大丈夫。僕は自分自身に言い聞かせた。
僕は美術部に入る事に決めた。
書き上げた入部届けを手に取り、僕は美術室に向けて歩き出す。
その足取りは不思議と軽く感じた。
でも、美術室の前まで来るとそれはすぐに重く変わった。
美術室からは異臭とも言える古びた絵の具と木材の臭いが溢れ出ていた。
一瞬、目まいが僕を襲う。
だが、今さら部活を変える気もなかった。
僕は異臭に耐えながら、美術室の扉を開いた。
そして、開いた瞬間、目まいは頭痛に変わった。
たくさんの画材やモチーフが整理もされず部屋中に点在し、部員らしき影は見当たらない。
「今日は休みかな」僕は呟いた。
「休みってわけじゃないんだけどね」
後方から突然、声が聞こえ僕は慌てて振り返った。
そこには一人の女生徒が優しそうな笑みを浮かべながら立っていた。
大人びた顔つきをしている。
恐らく上級生だろう。
「もしかして、部員の方ですか?」
「一応ね。君は一年生かな……入部希望?」
「はい」
そう言うと女生徒は嬉しそうに目を細め、あっという間に僕の手から入部届けを奪い去った。
そのまま彼女は用紙を一瞥し、大事そうにポケットにしまった。