もう一人の僕
この作品は、僕が執筆している『彩桜』本編・続編と、深いつながりを持っています。この第一話を読んだ後、もう一度『彩桜』を読み返すと面白いかも?
しかし、メインはあちらなので、こっちはのんびり、ユルく更新していこうと思っています。それでは、桔梗の新たな物語をお楽しみください。
「───以上がこの事件の全貌です。この状況では、逃走した例の連続殺人犯を捕まえるのは困難でしょうね。ですが───」
多くの警察官が事件の真相に唖然としている中、ただ一人だけ、その裏に隠された『もう一つの真実』を見抜いた“彼”は、指の間に挟んでいたカードを宙高く放った。
「───“あいつ”は僕が必ず止めて見せます」
天井付近を、くるくると滞空していたカードは再び床に落下することなく、そのまま虚空へと消えた……。
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妙な感じだった。
あの事件を解決したのは、間違いなく僕自身だと言うのに、その実感がまったくと言っていいほどないのだ。まるで、他人の夢を覗いているような感触。あるいは、別の誰かに体を乗っ取られたような、不思議な体験だった。
一時的に体を乗っ取られるような感覚という視点から見れば、『憑依』という言葉が真っ先に思い浮かぶが、恐らくそれとは全然違うだろう。“彼”は生きているし、霊でもなければ、体になんらかの害を与える存在でもない。……自分でも何故そう断言できるのか分からないが───敢えて理由を挙げるなら、『“彼”と僕の間には、ある種の信頼関係があるから』というのが最も近いだろうか。
お互いがお互いを信頼し、体を預けられる存在。言い換えるなら、『二人で一つの生命体』だからこそ、僕は“彼”を、“彼”は僕を許容できるのだ。
一つの入れ物に宿った、異なる二つの人格。
この僕───赤朽葉桔梗は、そんな人間だった。
と言っても、生まれた瞬間から僕の中に“彼”がいたかと言えば、そうではない。僕が最初に“彼”の存在を意識したのは……そう、高校三年の春だった。
僕の通っていた高校には、魔術やオカルトじみた不思議な怪談が数多く残されていたのだが、ある日、ふとしたことで、どちらが先にその謎を解くことができるか、という勝負を申し込まれた。
しかし、その頃の僕は、自分で言うのもなんだが、これといって尖った長所のない極めて普通の学生で、謎を解くのに必要な想像力や発想力、ひらめき、推理力などはまったく持ち合せていなかった。
対照的に、相手はミステリ同好会の会長。毎年、何百という推理小説を読破し、『推理力にかけては彼の右に出る者はいない』とまで噂されるほどの実力者だった。
当然、そんな人に勝てるはずもなく、半ば勝負を諦めかけていたその時、
───助けてやろうか?
頭の中から……いや、心の底から、そんな『声』が響いた。
……誰!?
僕は思わず、見知らぬ『声』に問い返した。
───おいおい、もう俺のこと忘れたのか? お前の従妹の瑠璃って子を助けた時に活躍してやっただろ? ま、あの時は俺のこと、あまり意識していなかったようだから知らなくても無理ないだろうけどさ。
で、お前の質問に対する答えだが、『お前の無意識下の集合体』と言ったところか。いや、冗談ではなく、真面目に、だ。本来、人は自分の中に『もう一人の自分』『もう一つの人格』ってやつを持っている。それらは生まれてすぐ決定されるものじゃなく、長い人生を生きていく過程で自然に形成されるものだ。
だが、大抵の人間は、それに気付かずに人生を終える。ま、当然っちゃ当然だな。『自分には別の人格が宿っている』なんてことを今の社会で公言したら、十中八九『頭がおかしい奴』だと思われるに決まっている。
だが、お前の場合は違った。妄想癖のあるお前は事あるごとに、『自己の内面』に向かって問いかけていた。まるで、そこに誰かがいることを分かっているかのように。そして、ついにこの俺を探し当てたわけだ。
『もう一人のお前』───“探偵”としての素質が余り有る赤朽葉桔梗を、な。
それが、もう一人の僕との出会いだった。
結局、“彼”の活躍によって、推理勝負には勝ったらしいが、その時のことはよく覚えていない。“彼”に詳しい経緯を尋ねようにも、『事件』が起こっていない時の“彼”は相当怠け者らしく、ちゃんとした返事が返ってきた試しがない。あれで、よく探偵が務まるもんだ……と呆れてしまうほどに。
とにもかくにも、それからは、“彼”と上手く折り合いをつけて学生生活を過ごしてきた。
なにか悩みごとや相談事を持ちかけられた時は、“彼”が一瞬で解決し、それ以外の授業や学校行事では、有りのままの僕で通してきた。
大学を卒業し、社会に出てからも、その関係がずっと続くと思っていた。
───そう、僕たちの街で連続殺人事件が起こるまでは……。
はい、またもや推理物。
なんか最近それ以外書かなくなってきているような気がする……。
うん、でも仕方ないよね! 書きたいんだから!
では、次は第二話でお会いできることを祈りつつ。