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「猫と俺と、どちらが大事だ」と聞かれて猫と答えたら婚約破棄されましたので、猫を連れて辺境へ参ります ~王宮には今朝も、鼠が出たそうです~

作者: アクア
掲載日:2026/10/03

「猫と俺と、どちらが大事だ」


「猫ですが何か?」


 王宮の穀物庫(こくもつこ)の前。朝の石畳はまだ冷たく、朝食へ迎えに来た王太子の上着には、白い毛が付いている。私の抱く白猫を、腕から下ろさせようとしたせいだ。後ろに控える侍従(じじゅう)が目を伏せる。私の世話ぶりを気に入り、息子の相手に選んだ猫好きの王妃様は、今は離宮においでだ。


「……考えろ!」


「考えました。猫です」


「貴様ぁ……。もう一度聞く。猫と俺と、どちらが大事だ」


「猫です。次のご質問は?」


 殿下だけが息を切らし、さらに声を張ろうと胸を膨らませる。腕の中で、白猫の耳がぺたりと伏せられる。私はその温かな体を抱き直し、声を低くする。


「猫の前で、大きな声を出さないでください!」


「猫くさい女を妃にはできん」


 殿下が上着の毛を払う。白い毛は布から離れ、今度は払った指に絡みつく。


「婚約は破棄だ」


「かしこまりました。では、猫を連れて辺境へ参ります」


「猫など何匹でも買える」


 侍従が一歩進み出る。私が口を開くより早く、整えた声が間に入る。


「今朝の菓子は、殿下のお好きなものだそうです」


 殿下の指には、まだ白い毛が絡んでいる。菓子の話で緩んだ口元が、指先を見たとたんに引き結ばれる。なかなか忙しい。


「猫ごと連れていけ」


 朝食へ向かう背中を見送る。石畳を打つ靴音が遠ざかるのを聞きながら、私は侍従に告げる。


「殿下は爪を研ぐ場所を間違える猫です」


「……ロミナ様、お口が過ぎます」


「猫番の見立てです。爪を研ぐのは柱で、婚約者の袖ではありません」


 侍従は返事の代わりに深く頭を下げる。その顔が上がりきる前に、足はもう殿下のほうへ向いている。


 王宮の穀物庫で五年、猫番をしてきた。十二匹の名前と好みは全部言える。殿下の好みは知らない。


 私、ロミナは二十四歳、男爵家の娘。十九歳から続けた仕事で、人の好みを聞く時間は、猫の皿を洗ううちに過ぎていた。洗い上げた皿を並べるほうが、私にはずっと分かりやすい。


 猫番を求めるカドルからの文は、王宮の穀物庫で読んだものだ。麦の荷を運ぶ人に託された一枚に、鼠に困っている、猫番を貸してほしい、と大きな字で書いてある。末尾の名はロデリク。三十三歳になるが猫の世話は知らぬ、と正直な一行が添えてあった。


 カドルへ戻る麦の荷車に、餌の桶を持って乗る。声はかけない。桶を鳴らすと、王家の猫十二匹が塀の上から、木の陰から、次々に荷台へ乗り込んでくる。荷板に爪の音が重なる。御者は数え、数え直し、口を開けたまま手綱を取る。


 一日で着く道を進み、夕方には館の門のすぐ内側にある倉へ。傾いた日が、荷台の猫の毛を縁取っている。迎える男性は見回りの途中だ。文の主の辺境伯(へんきょうはく)様は日に焼けて、猫の列を麦の袋でも数えるように、端から順に見ている。


「犬派だ」


「猫番は、お入り用ですか?」


「貴女に、倉を頼みたい」


「はい! まず、入口を空けてください」


 彼がすぐに脇へ寄る。大きな肩が退いて、戸口が空く。私の言葉でこんなにすんなり人が動くと、少し拍子抜けする。


「文には、猫番を一人と書いたはずだが」


「猫番は一人です。猫まで数には入れておりません」


 倉の戸口に立つと、麦の匂いに、かじられた袋からこぼれる粉っぽさが混じる。奥の空気は、夕日の残る外よりひんやりしている。私の寝床は館の空き部屋、まだ倉へ入れない猫は倉番の小屋へ。桶を持って歩く私の後ろに、猫たちの列が続く。


「ここで見ていてもいいか?」


「ええ。見ていてくださるなら、嬉しいです」


「……見ていると、猫は働かないと聞いたが」


「働くのは猫ではなく、私です。猫が倉で暮らせば、鼠のほうが出ていきます」


 私は一匹目、いちばん大きな灰色のボスのゴマを皿で導く。戸口の内側に広い皿を置き、餌を薄く広げる。ゴマは鼻を近づけ、私の顔を一度見上げる。それから、夕日の届かない倉の奥へ。灰色の背中が、ゆっくり暗がりに溶けていく。


 辺境伯様の穀物倉は、鼠に麦を三割食われていた。一日目、いちばん大きな灰色のボスを倉に放す。その夜から、鼠の音が止む。


 入口にはゴマが一匹、座っている。夜になると、辺境伯様も戸口の腰掛けで耳を澄ます。麦の匂いを含んだ冷たい空気の中に、長い沈黙が落ちる。


「……本当に、静かだな」


「ゴマが倉を回っています。それだけです」


 小屋から出てきた老人が、倉の壁に手を当てる。節の太い指が、木の表面に沿って開く。


「倉番のゴルドじゃ。六十八歳になるが、これほど静かな倉は初めてでな……」


 老人は壁から耳を離し、またぴたりと当て直す。数える指が開きかけて、そのまま戻る。耳を当て直すほど、こちらにも静けさが伝わってくる。


「今夜は鼠の音、ゼロ」


「聞き直しても、同じでしたか?」


「同じじゃ。ゼロはゼロ。……あんた、明日の餌も頼めるかの?」


「明日の餌も、私にお任せください」


       ◇


 二日目、二匹目。白いミネアが、ゴマの横から倉へ入る。


 入口に二匹が並ぶ。ゴマは戸口の真ん中、ミネアはその陰から白い顔をのぞかせる。見回りに来た辺境伯様へ、私は浅い皿を差し出す。


「……犬派だが」


「もう、皿をお持ちですよ」


「ここに置いていいか?」


「待って! 白い子の皿は、こちらへ」


 まずゴマの広い皿へ餌を。ミネアの皿は、そこから三歩離して置くよう指す。彼は皿を持ったまま、私の指先から床へ、確かめるように目を動かす。


「近いと、どうなる?」


「ゴマが両方食べます。ミネアは待って、待って、待ちくたびれて小屋へ帰ります」


 彼は皿を持ち直し、三歩を自分の足で測る。大きな靴が、慎重に床を踏んでいく。私はその足元から、なかなか目を離せない。


「分かった。貴女の順に従おう」


「……明日も、お願いできますか?」


「来る。教えてくれるなら」


「では明日は、三毛の皿からお願いします!」


 ゴルドさんが小屋から出てきて、私の手元をのぞく。つられて目を落とすと、皿の餌がこんもりしている。


「盛りすぎじゃ。ほれ、皿の縁を見ろ」


「あっ、そちらの分も直します!」


 辺境伯様の皿にも指を伸ばし、縁より高くなった餌をよけて減らす。


「私の皿までか?」


「はい。お世話は、順番です」


「順番なら、私は何番だ?」


「猫の後です」


 辺境伯様の目が皿から自分の靴へ移る。そこを眺めても、順番は変わらない。ゴルドさんが喉の奥で笑う。


 三日目は三毛、四日目は黒いのを、小屋から倉へ慣らす。入口に四匹が並ぶ夕方、王都から朝発った侍従が門をくぐってくる。磨かれていたはずの靴は、すっかり土埃の色だ。


「三日目、王宮の厨房に鼠が出たそうです」


「それで、猫をお求めですか?」


「食卓のパンにも、歯形が付いたそうです」


「厨房だけのお話では、ないんですね?」


「お発ちになってから数えて、だそうですが……」


 私は首をかしげる。侍従の目は私を通り越し、倉の入口に並ぶ四匹の間を行ったり来たりしている。


「四日目、殿下の寝台の上にも鼠が出たそうです!」


「殿下の寝台まで、賑やかですね」


「厨房のときは、お笑いでした。寝台のときは、その……」


「猫を連れ戻せ、と?」


「急いで、と!」


 そこまで言って、侍従は額の汗を拭う。夕方の風に、湿った前髪が揺れる。


「せめて一匹だけでも、お連れするようにと……」


「どうぞ。抱けたら」


 侍従がミネアを抱き上げる。白い体はするりと腕を抜け、餌の桶を持つ私の足元へ。何事もなかったように座ると、尾を体に添える。侍従はもう一度手を伸ばしかけ、ゴマと目が合う。その手が、そっと引っ込む。


「……お手放しになったのは、殿下ご自身ですから……」


「はい。私も、その場で聞きました」


「……私めも、その場におりました」


「では、お早くお戻りください。鼠より、夜道のほうが怖いですから」


 侍従は夜道を帰る。門の外へ靴音が遠ざかると、倉の静けさがまた耳に戻る。ゴルドさんは壁に耳を当て、今度は指を折らずに数える。


「今夜は鼠の音、ゼロ」


「こちらは、静かですね」


       ◇


 五日目、五匹目。ゴマの餌を先に出し、白黒のヨアンには皿を低く差し出して倉へ導く。入口に五匹。新入りの皿はゴマから離して置く。皿の底が床に触れる軽い音が、倉の中へ響いていく。


 残りの餌皿を持って腰掛けで待つ辺境伯様の膝へ、ゴマが音もなく座り込む。彼は皿を脇の石の上へ置く。それきり両手の置き場を失い、灰色の体を挟んで固まってしまう。


「猫は、暖かい人を選びます」


「……犬派だ」


「猫は聞いていません」


「私が言っている」


 声だけはきっぱりしているのに、両手はまだ宙に浮いている。私は彼の膝を指す。


「膝は聞いていますよ」


「私の膝なのに、私の言うことを聞かない」


 立とうと腰が浮きかけ、灰色の重みとともに腰掛けへ戻る。ゴマは目を閉じ、彼の袖に前足を掛ける。すっかり収まりがいい。


「……立てない」


「動かさずに、待ってくださるんですね」


「まだ見回りが残っている」


「膝の上の見回りが先です。ゴマは、動く人の膝には乗りません」


 眉を寄せたまま、彼はゴマを支える。日に焼けた大きな手が、灰色の背中に沿って少し丸くなる。袖に掛かった前足も、そのままだ。その手の形を、もう少し見ていたくなる。


「ふふ、膝を取られましたね」


「猫も悪くない」


「私も、ここが好きです」


 言ってから、ここ、が膝なのか倉なのか、自分でも分からなくなる。倉です、と直せばいい。それだけのことなのに、口が動かない。彼も聞き返さないまま、耳の先だけ赤くなる。夕日のせいにするには、そこだけが赤い。


 夕方、同じ侍従が来る。朝、王都へ着くなり、また猫を連れ帰るよう命じられたという。初日の朝に菓子を勧めた声と、同じ人の声とは思えない。今日は語尾が、足元へ落ちていくようだ。


「殿下のお好きな菓子にも、歯形が付いたそうです」


「あの、お好きな菓子にですか?」


「……お好きな、菓子です」


「殿下は、召し上がりましたか?」


「歯形のほうを先に、お目に留められました」


 侍従は口を閉じる。そこで話を終えられないらしく、間を置いて用件へ戻る。


「猫を連れ帰れ、との仰せです」


「見てください。膝がふさがっています」


 膝のゴマへ手も出さず、侍従は夜の帰路へ。辺境伯様は、まだ立てずにいる。遠ざかる靴音の中、ゴルドさんは倉へ耳を向ける前から口元を緩める。


「伯様、その猫、朝まで乗せとく気か?」


「……降りない」


「降ろす気も、ないようですね」


「今夜は鼠の音、ゼロ」


「数える前から、もう笑っていましたね」


       ◇


 十日目、十匹目の短い尾を、列の端の皿へ導いて倉に入れる。入口に十匹が並び、戸口の空いたところがまた狭くなる。


 あれからも、一日一匹ずつ倉へ慣らし、餌の順を変えずに世話を続ける。


 辺境伯様は、毎日来る。見回りの帰りに来て、そのまま帰らず餌の皿を持つ。私の手から皿を引き受ける手が、今日もここにある。短い尾が彼の足元へ寄り、靴に頬をこすりつける。


「この猫は私のだ」


「では、この子の餌の順は?」


「覚えている。次も私に任せてくれ」


「猫のお好みは、よくご存じですね」


 彼は皿を持ったまま、入口の列を端から順に見ていく。私が指すのを待つ様子はない。


「短い尾は列の端。ヨアンは皿を低く。ミネアは浅い皿で、ゴマは広い皿だ」


「……全部、合っています!」


 思ったより高い声が出る。猫の皿の並びを、私以外の口から聞くのは初めてだ。聞き慣れた猫の名が、彼の声だと少し違って響く。胸の奥に、温かいものが残る。


「五年かけたと言っていたな。私は十日だ」


「十日で覚えてくださった方は、初めてです。殿下は五年たっても、ゴマの名を覚えませんでした」


 皿を彼に渡す。空いた手が、少し手持ち無沙汰になる。彼は増えた分の皿を置き、私のほうを向く。そこへ、夕便の侍従が割って入る。


「猫は、もう……いえ」


「いえ、の先をどうぞ」


「買えば済む、と仰せになった、その後のことでして」


 侍従は胸の前で両手を組む。ほどいて、また組む。言葉が出てくるまで、指ばかりが忙しい。


「殿下はご自分で猫を買って、引っかかれたそうです」


「ご自分で、お世話を?」


「抱き上げようとなさって……その」


「猫は、抱かれたい人にしか抱かれません」


「今朝の、王都でのことだそうです」


 侍従は目を伏せ、声を落として付け足す。


「買った猫は、辺境へ向いて座っているそうです」


「お世話をする場所は、そちらなのに」


「……その猫の餌は、誰が?」


「殿下が買われたのですから、殿下です。皿は広いものを」


 とうとう猫を求めず、侍従は夜道を帰る。門の外で振り返り、倉の入口の十匹を数える。その目が列の端まで行ってから、ようやく背中が遠ざかる。


 私たちは腰掛けに並ぶ。倉の中はもう静かで、麦の袋がこすれる音さえしない。隣との距離が、さっきより近く感じられる。彼が夕方の話を持ち出す。


「私の好みも、聞いてくれるか?」


「……人の好みは、聞いてこなかったんです」


「今、聞けばいい」


「……何がお好きですか?」


 彼の目が、うつむいた私に向けられている。顔を上げるまでの短い間を、急かさずに待っていてくれる。膝へ落ちていた目を上げると、その視線にまっすぐ迎えられる。


「貴女の声だ。倉で笑うときの」


「辺境伯様は、構ってほしいのを隠す猫ですね」


「隠せているか?」


「いいえ。尻尾が出ています」


 彼は自分の背中へ手をやりかけ、途中で止める。その手の行き先を見てしまうと、口元を引き締めているのが難しい。


「……猫にたとえられるのは、褒められているのか?」


「今のは、褒めています」


 彼の目が私から離れない。笑いかけた口元をどう戻せばいいのか、分からなくなる。ゴルドさんが小屋の戸口から、倉を指す。


「耳を倉へ、伯様」


「聞いていた。……別の声を」


 老人は倉を確かめるまでもなく、開いた指をすんなり畳む。


「今夜は鼠の音、ゼロ」


「今夜は、隣で聞く人がいます。……嬉しいです」


       ◇


 十一日目に白い尾を倉へ慣らし、十二日目、十二匹目。白い前足の子には皿を置いて待つ。その足が自分から戸口を越えると、入口に十二匹が並ぶ。毛の色の順ではなく、来た順に。夕暮れの光が、並ぶ耳の縁を透かしている。ゴルドさんが私たちに頷く。


「今夜は鼠の音、ゼロ」


「みんな、すっかりここに慣れましたね」


「慣れたのは、猫だけじゃないぞ」


 老人は伯様の顔を見て、それから私を見る。何か続くのかと待っていると、にやりとして口を閉じる。


 隣の領から、鼠が出たので猫を一匹、と手紙が来る。


「猫は貸さん」


「返事は、相談してからです」


「誰に?」


「猫にです。貸される側ですから」


 辺境伯様から文を受け取る。老人はまだ喉を鳴らして笑いながら、小屋へ戻っていく。腰掛けに座る彼の膝には、いつの間にかゴマが収まっている。


「猫ごと、貴女を」


「……猫の、お話ですか?」


「私と結婚してほしい。貴女が猫の世話をする隣に、これからもいたい」


「私が、猫番のままでも?」


 彼は姿勢を正そうとして、膝を押さえる。ゴマは降りない。むしろ、膝のくぼみに沿って丸くなる。彼の背筋だけが、少し伸びる。


「その貴女に頼んでいる」


「……少しだけ、待ってください」


「待つ。猫を下ろすより、貴女の返事が大事だ」


「そんなふうに言われると……」


 言葉が続かない。猫の好みなら十二匹ぶん即答できるのに、自分の返事は喉のところで止まっている。胸の中には、もう答えがある。それを声にすれば、明日からもこの人の隣にいられる。その近さを思うだけで、息の出し方まで分からなくなる。


 その時門から私を呼ぶ、聞き覚えのありすぎる声――――。


 殿下だ。門の内側には、倉の入口に並んだ十一匹と、膝の上の一匹の目がある。その目が並ぶ前で、殿下の足は門の外に止まっている。私だけが門の内側へ向かう。膝をふさがれた彼は、倉の入口に残る。


「殿下は、猫の世話をなさったことがありますか?」


「聞いているのは俺だ!」


 殿下は顎を上げる。そのまま、袖口を手の甲までぐいと引き下ろす。


「猫と俺と、どちらが大事だ? 今度こそ答えろ」


「猫です。次のご質問は?」


「猫だけ返せ」


「猫に聞いてください」


 門の外から響く殿下の声が、途中で裏返る。


「猫は答えん!」


「では、殿下と同じですね」


 返事はない。殿下の口が開く。言葉の出ないまま、また閉じる。


「猫は、世話をした人について行きます」


 殿下が門の外から、倉の入口へ向けて声を張る。


「灰色、来い」


 その声に、膝は空かない。ゴマは彼の膝に丸く収まったまま、尻尾の先だけ一度振る。それでおしまいだ。


「ゴマ、という名です。殿下が五年、一度もお尋ねにならなかった名です」


「……猫の名など。もういい!」


 同行の侍従が、今朝お発ちになる前も、と控えめに口を開く。


「王宮には今朝も、鼠が出たそうです」


「道中、どうぞお気をつけて」


「……ロミナ様も、どうかお達者で」


 殿下と侍従が門外から帰る。馬車の音が遠くなるまで、十二匹は誰も動かない。やがて聞こえるのは、腰掛けへ戻る私の靴音だけになる。彼が顔を上げ、私を見上げる。


「……返事を、もらえるか?」


「……隣に座っても、よろしいですか?」


 彼が猫を乗せたまま身を寄せ、隣を空ける。私が腰を下ろすと、袖のすぐそばに彼の袖がある。膝の猫へ目を落としてから、彼は少し声を低くする。


「猫と私と、どちらが大事だ?」


 ゴマが私の膝へ移る。重い。暖かい。毛並みの下で息づく体を、腕で受け止める。彼は空いた膝にも目をやらず、私の返事を待っている。私はこの温かさを抱えたまま、隣の人に返事ができる。猫の好みは全部言える。この人の好みも、今日から言える。喉につかえていた言葉が、今度はちゃんと声になる。


「……両方です。ロデリク様と、猫ごと一緒に暮らしたいです」



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― 新着の感想 ―
このご令嬢もネコですね。側に入る相手を自分で選んでいる(笑) ネズミ対策にネコを導入する場所は色々あるそうですね。「国の機密文書保管庫」とか「お寺の経典の収納庫」とか「船の荷物部屋」とか♪
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