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悪役令嬢は子どもが嫌いだ

掲載日:2026/03/05

「どうしてこんな事になったのかしら?」


 ガタガタと揺れる酷い乗り心地の馬車に揺られながら、リーリア・シュナイダー公爵令嬢は呟いた。

 昨日までなら愛想笑いで頷いてくれる侍女がいた。しかし、実質的に勘当された身である今の彼女に相づちを打ってくれる相手はいない。

 寂しい辺境への片道道中に付き合ってくれる侍女はいなかった。


 もっとも独り言は前世からの癖だ。相づちを打ってくれる相手が居なくても、寂しいとは感じない。


「せめて断罪の前日に記憶が戻ってたら…でもこれが乙女ゲームの世界なのか、漫画の中なのかさえ分からないし……」


 独り言のとおり、リーリアには前世の記憶がある。

 毒親に育てらられ人間不信。入った会社はブラックで、所謂社畜生活が続き……恐らくは過労で死んだのだろう。

 思い出したのは昨夜、婚約破棄の場でのことだ。 

 タイミングも運も、何もかもが悪すぎた。


 ちなみにリーリアは、自分で言うのも何だがこの十六年間、「これぞ悪役令嬢」といった振る舞いをする令嬢として生きてきた。


 ドレスと宝石、そして噂話の大好きな高慢な令嬢。

 取り巻き達と共に、礼儀のなってない下位の令嬢を公衆の面前で叱ったり、メイドの淹れたお茶がぬるければ何度でも淹れ直しをさせた。などなど。


 公爵令嬢として当然では?と擁護してくれる友もいたが、こうして前世の記憶を取り戻して己の行動を振り返れば、「モラハラパワハラ全開で生きてきました!」と胸を張って言える。

 付け加えると、容姿も悪役令嬢らしい黒髪に紫の瞳。グラマラスな体躯だが、公爵令嬢だったので流石に羽目を外した遊びとは無縁だ。


 しかし現在の自分は、婚約者である王太子からパーティーの席で婚約破棄を突きつけられ、王命により辺境伯爵の元に嫁がされることとなった。

 婚約者だった王太子の言い分は、前世でよく読んでいた漫画で繰り返し出てくる文言なので、思い出す価値もない。

 新たな婚約者とやらも「ピンクブロンドの美少女」としか覚えていない。


「災難なのは、嫁ぎ先の方よねえ。こんな訳ありを、持参金もなしに押し付けられるなんて…」


 相手は確か二十歳ほど年上の、偏屈な男だと聞いている。

 一年前に妻を亡くし、幼い息子と共に暮らしているという。


 受け取った先方の情報はこれだけだ。

 せめて名前くらい教えてほしかったが、執務室で荒れ狂っている父に尋ねることもできず、最低限の身の回りの品だけをトランクに詰め馬車へと放り込まれてから、既に半日が経過している。

 話の分かる母がいたなら状況は違っていただろう。けれども腰を悪くした父に代わり、領地の視察に出ており帰ってくるのは早くても一月後。


「三食昼寝付きとまでは期待しないけど、最低限食事がもらえるならそれでいいわ」


 前世は毒親から逃げ出した先で、ブラック企業に遣い潰されて孤独死という最悪の人生だった。

 それに比べれば、辺境での暮らしなど大抵の事は乗り越えられる自信がある。


 ……のだが、一つだけ「絶対に自信ありません」と言えることがある。

 前世の自分は、子どもという生き物が大の苦手だったのだ。


***



「君を愛することはない。白い結婚にしよう」


 デジャヴである。


「悪役令嬢ものの台詞、フルコンプするのかしら?」

「?」

「いえ、なんでもございません」


 ヴォルフレッド辺境伯の屋敷に到着したのは、王都を発って半月後のことだった。

 領地は予想していたより活気に溢れていたが、やはり王都に比べれば人は少ない。

 しかしオスカー・ヴォルフレッド辺境伯の暮らす屋敷は実家の公爵家よりずっと立派だった。

 何より曰く付きで押し付けられた花嫁に対し、使用人達が礼儀正しことにリーリアは驚いた。


「三年も経てば、君の方から離縁を申し立てられる。その頃には王都でのほとぼりも冷めているだろう。君にとっても悪い話ではないはずだ」


 対面したヴォルフレッド辺境伯は、とてもまともな思考回路の持ち主……に見えた。


「私は亡き妻以外と床を共にする気はない。君は三年間、ここでしっかり反省するといい」


 訂正。

 この男も噂を鵜呑みにしている馬鹿だった。


 派手な容姿のせいでリーリアには「男遊びが激しい」などと、根も葉もない噂が絶えなかった。

 だが、婚約者のいる公爵令嬢が夜な夜な市井の酒場へ繰り出すなど、物理的に不可能なことくらいちょっと考えれば分かりそうなものだ。

 残念ながら、この辺境伯は王都の貴族たちが面白おかしく脚色した噂話を、真実だと信じ込んでいるらしい。

 不幸中の幸いは、彼が「暴力的な更生」という手段ではなく、彼なりの哀れみと慈悲を向けてくれている点だろう。


「畏まりました。では私はどのように過ごせばよろしいでしょうか? 三年の間、修道院に籠もれとおっしゃるならそのように致しますが」

「君の父上とは、若い頃に同じ騎士団で当時の王太子を護衛した仲だ。友の娘にそこまでの非礼を働くつもりはない」

(ああ、貴族の令息が箔を付けるために一年ほどお飾りでやる「騎士」ですね)


 補足しておくと、ヴォルフレッド辺境伯は今も魔獣退治の前線に赴く実力者であり、決してお飾りの騎士ではない。

 父の方は見栄えだけは良かったので、突っ立ってるだけの騎士だったはずだ。


「妃教育も完璧に終了し、素晴らしい成績だったとも聞いている。そこでだ、君にはこの屋敷の差配を任せたい」

「……よろしいのですか?」

「せっかく得た知識を腐らせるのは勿体ないだろう。執事の監視は付くが、この屋敷を動かすことで上に立つ者の責任を改めて学ぶといい」


 彼なりにリーリアの将来を思いやっているのは理解できた。

 同時に悪意が一切ないからこそ、自分の無実を訴えたところで彼が聞く耳を持たないことも確定した。


「畏まりました」


 従順に頭を下げると、辺境伯は満足げに頷き執務室へと戻っていった。


***


 さて、最大の難関は翌日にやってきた。


「新しい、おかあさまですね。はじめまして」


 目の前に立つ少年がリーリアに向かい、貴族らしく精一杯の礼儀を尽くして頭を下げた。


(こんな子どもに気を使わせるなんて。教育係は何をしてるのかしら?)


 リーリアは眉をひそめ、少年の目線に合わせて腰を落とした。


「誰に挨拶しなさいって言われたの?」

「……」

「怒らないから言ってごらん」

「マーサ、です」


 背後に控える乳母の名だ。気を利かせたつもりなのだろうが、リーリアに言わせれば余計なお世話でしかない。

 この子の実母は1年前に亡くなっているのだ。まだ心の傷も癒えていないだろう多感な子どもに「おかあさま」なんて言われたら罪悪感が半端ない。


 世の中には母性神話というのがまかり通っており、この世界もその手の話は信じられている。

 しかしだ、女だからって誰もが子どもに対して無限の愛を注げるわけじゃない。


 ましてや他人の子なら尚更だ。


「私はリーリア。リリーでいいわ」

「でも」

「君、名前は?」

「ごめんなさい」

「謝らなくていいから、名前教えて。知らないと呼べないでしょう?」

「セシル、九歳」

「セシル君ね。私は十六歳よ。よろしく」


 セシルは困惑したように口を噤む。


(あーやっちゃった。……)


 子どもとの距離が分からない。

 前世でも子どもと関わる事がなかったので、正直どうすればいいのか分からないのだ。


 そんなうるうるした目で見つめられると調子が狂う。

 公爵令嬢としての完璧な立ち振る舞いなど何処かへ飛んで行ってしまうほどに、リーリアは焦っていた。


「あのね、セシル君。今日からここで暮らす事になるけど私は貴方のママじゃないから」


 周囲の空気が氷点下まで冷え込むのが肌で伝わってきた。控えている使用人たちが息を呑む。

 しかし、これだけははっきりさせておかねばならない。


「だって君のママ……お母様は、お墓で眠っている方ただ一人でしょう。お父様もお母様の事を愛してるって仰ってたわ」


 なんとか言葉遣いを立て直すと、セシルがぱちくりと瞬きをした。


「おとうさまが?」

「そうよ。だから私の事を「おかあさま」なんて呼ばなくていい。同居人が増えたくらいに思って」


 リーリアは立ち上がり、困惑する乳母へ冷徹な視線を向けた。


「そちらの乳母の方、この通り私は母親の座に納まるつもりもなければ、その器もありません。辺境伯からは屋敷を取り仕切るよう指示を受けておりますので、職務は全ういたしますが」

「ですが奥様。幼い子には母親が必要でございます」


 食い下がるマーサの言葉に、リーリアの中で何かが切れた。


「あんた馬鹿かよ! 先の奥様が亡くなってまだ一年でしょ! 初めて会った女を「母親と呼べ」とか無茶振もいいとこだよ! セシルの気持ちをもっと考えてやりなよ」


 リーリアの鋭い声が響き渡る。


(まずい、完全に口調が前世に戻った)


 リーリアの剣幕に気圧されて、乳母が口をつぐむ。

 控えているメイド達も「公爵令嬢」としてあり得ないリーリアの姿に困惑した様子だ。


「私の事は悪女でも何とでも呼んでくれてかまわない。でもね、セシル君は無関係よ。それに悪女が母親なんて、それこそ彼が可哀想だと思わないの?」

「それは……」

(あ、やっぱり私が悪女ってのは否定しないのね。そこは認めちゃうんだ)


 一瞬心がチクリとしたが、今は気にしないでおく。


「セシル君の教育を放棄する訳じゃないわ。社交会デビューまでの教育計画、辺境伯に相応しい家庭教師の手配も私が責任を持って行う。でも私は彼の「お母さん」にはなれないし、なるつもりもない。これは全員が共有しておきなさい」


 毅然とした命令に、使用人たちは顔を見合わせ、ようやく「畏まりました」と深く頭を下げた。


「あの……一つだけ、お願いがあります」


 しんと静まり返った広間に、小さな声が響いた。

 リーリアが視線を落とすと、セシルが裾をぎゅっと握りしめて彼女を見上げていた。


「なに、セシル君」

「僕にマナーをおしえてください。お城に呼ばれたとき、はずかしくないように」


 その申し出に、リーリアはわずかに目を見開いた。

 辺境と王都では重んじられる作法も常識も微妙に異なる。その両方を知っていれば、将来彼が王都の社交界に足を踏み入れた際、何者にも侮られることはない。

 それを九歳にして理解しているのだとしたら。


(この子、恐ろしく頭がいいわね)


 少しばかり舌足らずなのが気になったが、おそらく母親を亡くしたショックと、乳母を筆頭に間違った愛情を注がれた弊害だろう。

 だが成人までに精神的な立て直しをするには十分に間に合う。


 そしてマナーの伝授。

 その点において、公爵令嬢として最高峰の教育を叩き込まれてきたリーリアは、これ以上ない適任者だった。


「いいわ。けれど私の授業は厳しいわよ」

「ありがとうございます、リーリア!」

「だから、リリーでいいってば」

「はい! リリー」


 ニコッと笑うとセシルは天使だ。が、リーリアは引きつった笑みを浮かべて視線を逸らす。


(やばい……もちもちのほっぺが可愛い。食べちゃいたい……いやいやそれは人として駄目でしょ。キュートアグレッションだっけ? ともかくそんなことしたら監獄送りだ。そもそも人としての倫理的にやばい)


 子どもは可愛い、が、可愛すぎてどうしていいのか分からない。

 それに前世でのトラウマもある。


 会社からの帰宅途中、目の前で子どもが幹線道路へ飛び出し車にはねられたのだ。

 幸い軽傷で済んだと聞いたが、見ていた自分が腰を抜かしてしまった。

 ぽん、とゴムボールのように宙を舞うその姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 貴族の子は突然走り出したりなんてしないだろうけど、もう「子ども」という存在が様々な意味で恐怖だと頭にすり込まれている。


 今世でのリーリアに関していえば、元々子どもが苦手だった訳ではない。

 というか、周囲に子どもがいなかったので嫌いになる理由がなかったのだ。家族は二歳年上の兄が一人、親戚にも「幼児」と呼ばれる年齢の子はいなかった。

 たまに母と共にお茶会へ行き、相手方の屋敷で幼子を見かけることはあっても、幼児連れで茶会を開く非常識な婦人などいるわけがない。

 順当に行けば自分が産むまで、子どもと関わる事はほぼ無いはずだった。

 そう、あの日までは。


 婚約者の母である王妃主催の茶会に呼ばれたリーリアは、授業が終わると学園内の私室でドレスに着替え公爵家の家紋の入った馬車に乗り込んだ。

 そこに何故か乗り込んできたのが、件の「ピンクブロンドの美少女」である。実はリーリア、取り巻きがいると強気だが一人だと押しの強い相手にはどうしていいのか分からなくなってしまう。  その日も「是非お話がしたくってー」と訳のわからん理屈で押し切られた上に、彼女を自宅へ送っていく羽目になったのだ。


 ピンク女は孤児院の出で、聖女の資質を見いだされて学園に入ったのだと聞いてもいない事をペラペラと喋り続けた。同席している次女が不愉快そうに眉を顰めるが、リーリアは軽く扇を揺らして窘める。

 この時はまさか、ピンクが婚約者を狙ってるなど考えもしなかったので、リーリアとしては「聖女のお喋りに付き合った」というだけの、特に咎めるほどでもない出来事だった。

 だがピンク聖女の実家、つまり「孤児院」に到着したとき、リーリアはカルチャーショックを受ける。


 母と一緒に領地内の孤児院へ視察に行くことはあったが、あくまで馬車の中からの視察だけだった。孤児院を運営する教会のシスター達も上位貴族が視察に来てくれただけで十分だと心得ており、交流は精々、孤児達が賛美歌を歌って歓迎するという微笑ましいもののみだ。

 孤児達は綺麗に洗濯された白い服を着て、リーリア達に笑顔を向けていた。それが彼らにできる精一杯の歓迎だと幼いリーリアも理解していたから、何も問題はなかったのだ。


 しかし……ピンク髪の聖女の実家は、下町の更に治安の悪い地区(これは後から知った)。

 管轄する子爵家は慈善事業に関心の無い人物で(これも後から知った)、シスターも孤児達も服はつぎあてのボロボロで、子ども達に到っては鼻水を垂らし泥だらけ。髪は伸ばしっぱなしで、馬車の中にいても不快な匂いが漂ってくる。

 そんな中に、ピンク髪は馬車から飛び降りると躊躇せず飛び込んだのだ。


「みんなー、支援してくれる貴族を連れてきたわよー。リーリア様もこちらにいらして!」

と、無責任な言葉まで吐いて。


 歓声を上げてピンク髪に群がる子ども達。泥と鼻水にまみれた手で、彼女にベタベタと触りまくる。何人かは馬車や従っている護衛に手を伸ばし、真っ青になったシスター達が慌てて引き剥がすという混乱に陥った。

 誰にでも寛容で明るい。というのは、親しみやすく良いことなのかもしれない。もしもこの時点で前世の記憶があったなら、対応は違っていただろう。

 しかしこの時のリーリアは、純粋な「公爵令嬢」だ。

 不潔な手で触られて病気にでもなれば、公爵家は何らかの罰をこの孤児院の管理者に下さなければならない。管理者の子爵にもだ。


 万が一にも扉を開けられ、ドレスに触れられでもしたら子どもでも容赦なく厳罰が下される。

 このドレスは平民のお針子達が何ヶ月もかけて作り上げたものだ。袖を飾るレース一つを取っても、年頃の娘が半年かけて作り上げる。

 彼女たちは美しいレースを仕上げる代償として、目と手を酷使する。支払われる給金は、全て家族を養う為に使われる。彼女たちにとって、レースやリボンドレスを飾る刺繍は生きる為の糧だ。


 必死に作り上げたレースや刺繍が他の貴族の目に留まれば、仕立ての仕事が増えて家族にささやかな贅沢をさせることだってできるのだ。

 だからリーリアは、ドレスを汚すなんて無責任な事は絶対にできないし、してはならないと母から言われていた。


 馬車のドアに子ども達の手が伸びてきたのを見て、リーリアは心から恐怖を覚えた。ピンク髪に煽られた子ども達は、シスターの制止を振り切りリーリアに触ろうと近づいてくる。


「早く、馬車を出して」

「かしこまりました! 馬車を出しなさい!」


 今にも気絶しそうなリーリアを抱き支えながら、侍女が御者に馬車を出すよう指示を出す。


 その後、なんとか無事茶会を終えて帰宅したリーリアは、まず母にこの出来事を伝え、管理する子爵家にも孤児院の劣悪な事情を書いた書簡を送る。その上で、急に押しかけた迷惑料として孤児院に一年分の小麦と清潔な布、医薬品の寄付を申し出た。


 金銭の寄付は商人や裕福な平民が行い、物資は貴族が送ると取り決めがある。これは格差や混乱を招かぬよう、王妃が決めたことだ。孤児院側も下手に大金を受け取れば、強盗に押し入られると知っている。それならば備蓄できる物資が最適だ。

 形式的な手紙の遣り取りを済ませ、孤児院に物資を届ける許可を出す書類が整ったところで、何故かリーリアが「子どもに冷たく寄付金を出し渋る冷徹な女」として噂が広まっていたのである。


 あとはまあ、お決まりの悪女伝説の尾ひれが付いたという展開だ。


 そんな訳で、リーリアは子どもが嫌いだった。

 セシルに対してもあくまで「同居人」という態度を崩さず、一線を置いた接し方を続けた。


***


 リーリアが辺境で暮らし始めて三月後。父から謝罪の手紙が届いた。

 領地視察から戻った母に「事情を調べもせず、何故言われるまま追い出した! 馬鹿なの?」と罵られ物理でボコられ……もとい、責められたこと、短慮だったと謝罪から始まり、辺境伯と離縁できるか王家と掛け合うと書かれていた。


 しかしリーリアは拒否をした。辺境伯とは白い結婚で合意していたし、今王都へ戻っても社交会に居場所はないので、しばらくこちらでお世話になると返事を書いた。

 内容は嘘ではないけれど、真実でもない。

 その頃には素直で愛らしい金髪の天使にすっかり魅了されていたからである。


 辺境伯の方もやっと王都で事情をリーリアの父経由で知ることができ、非礼を詫びられた。

 そして彼が本当に奥様一筋の方で、たとえリーリアで無くとも後妻をとるつもりは無かったと知る。


 誤解が解けると、リーリアは家政の仕事だけでなく、辺境伯の仕事も手伝うようになった。

 早速リーリアは王都を繋ぐ街道の整備を提案した。

 街道が整備されれば、王都との情報格差がなくなると考えたからだ。

 同時に隣国との街道も可能な限り整備し、魔獣から商人を守る自警団への出資も提案。

 次第に情報の伝達が早くなり、人の往来も増えて領地は潤う。

 辺境伯や周辺の貴族達からは非常に感謝され、辺境の社交会でも婦人達を纏める重要人物として地位を固めた。


 一方で王都では王太子は継承権を剥奪され、ピンク髪の美少女と一緒に幽閉されているらしい。

 何があったか詳しくは聞いていないけれど、典型的な「ざまあ」が行われたと考えるべきだろう。

 それ以上の詮索は、時間の無駄だ。



 悠々自適な生活に見える辺境での生活だが、問題もある。


 婚約破棄騒動から早八年

 可愛いセシルは今年で十七歳。


(立派に成長したなぁ……というか、成長しすぎじゃない?)


 次期辺境伯として騎士団を率い剣を振るっているお陰か、セシルは成人男性に引けを取らない立派な体躯をしている。巨大な魔獣にも怯まず剣を振るう勇敢な姿は、『黄金の獅司』と呼ばれ辺境では有名な騎士となっていた。

 でもリーリアからすれば、セシルはまだまだ子どもだ。


「リリー、先日お話しした件。考えて頂けましたか?」


 仕事が一段落して、のんびりとお茶を飲んでいたリーリアは、向かいに座るセシルからの突然問いに紅茶を噴き出しかけるがすんでの所で飲み込む。


「……義理とはいえ、我が子と結婚する気はありません」

「僕とリリーは、書類上でも義理の親子じゃないんです。本当に知らなかったんですか?」

「は?」

「白い結婚の証書を、父が教会に提出していたのはご存じでしたよね?」

「ええ」


 「白い結婚」は三年間、体の関係が無ければ認められる。

 これはリーリアが王都の社交会に戻った時、良くない噂が立たないようにと辺境伯が配慮し提案してくれたものだ。

 三年を過ぎてもなんだかんだで辺境の居心地が良く居座っているが、リーリアの立場はあくまで同居人の筈である。

 しかし一度結婚した事に変わりは無く、相手に子がいた場合は義理の親子という戸籍は残ってしまう。

 辺境伯が白い結婚の証明書と王太子から渡された書類を教会へ提出に行った際、婚姻に関する書類の一文が「妙だ」と指摘されたというのだ。


「ヴォルフレッド辺境伯にあなたを嫁がせる、としか書かれていなかったそうです」


 そこで辺境伯は、三年後の白い結婚を理由にした離婚の申し立てを見送った。


「私の名は書かれていない。つまり辺境伯を継ぐ我が息子に嫁がせるという事で問題ない。流石にあの歳で結婚は無理だが、セシルももう十七だ」

「オスカー様! い、いつの間にいらしたんですか!」

「なに、若い者が楽しく話しているところに入るのは無粋かと思って様子を見ていたのだよ」


 真っ白い顎髭を撫でながら入ってきたのは、セシルの父で現当主のオスカー。ヴォルフガング辺境伯である。

 いまでは辺境伯ともすっかり打ち解けて、今では互いに名で呼び合う仲である。


「けれど何故そんなことをお許しに……?」

「親としては子の恋心を応援するのは当然だろう?」

「父さんには感謝してもしたりないよ」


 唖然とするリーリアの前で、親子は談笑している。


「オスカー様は、九歳の子どもの言葉を信じたんですか?」

「僕は十七歳ですよ。お忘れですか?」

「そういうことじゃないわ! それに私とあなたじゃ、歳の差があるでしょ」

「七歳差など普通では? 何よりリリー、あなたが自身を「同居人」だと宣言してくれたお陰で、僕はあなたを家族として認識せず成長したのです」


 言い返されてぐっと言葉に詰まる。

 更に続いた言葉にリーリアは絶句した。


「私はあの瞬間から、リリーを妻にすると心に決めていました!」

(このガキ、天使なんかじゃなかった……とんでもない猛獣じゃない)

「実は私も妻と出会ったのは九歳の頃だった。年上という所も同じだ。――この子は私に似てるから、一途なのは私が約束する」


 やはり親子と言うべきか、女性の趣味は似ているらしい。

 親子揃って何言ってんだ? とリーリアは頭を抱える。


「僕はあの馬鹿王子のように浮気なんてしませんよ。生涯リリーに心を捧げると誓うから、安心して」


 無邪気で可愛かった天使が、今は肉食獣のような瞳でリーリアを見つめている。

 逃げ出せばこの美しく獰猛な『黄金の獅司』は何をするか分からない。


(やっぱり私は、子どもが大嫌いだ)


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― 新着の感想 ―
なんか記憶が甦らなかったらリーリア大分可哀想なことになってない? ピンク髪の図々しさを見るに王太子は一方の発言を鵜呑みにして、リーリアを追放にしたんだろうなぁ。その辺り廃嫡に繋がったのかな。リーリア…
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