9 妹
「ところで椎子さんはお兄ちゃんとどこまで行ったんですか?」
いきなり麻奈が爆弾発言を投げかける。
「こら、そういうこと聞くな!」
俺は慌てて制止するが、麻奈は悪びれもしない。
「別にいいじゃん。お兄ちゃんは絶対に言わないでしょ」
「どこまで……ですか?」
椎子がきょとんとした顔で首を傾げる。
「ちょっと遠くのカラオケには行きましたけど……それぐらいでしょうか。遠出はまだしてませんから」
──やっぱり意味が分かってないな。
「そうじゃなくて……じゃあ、キスとかしたんですか?」
「キ、キス!? してません! ……まだ」
「そっか、まだなんですね」
「はい……付き合いだしたばかりですし」
「え、そうなんですか。どれぐらいですか?」
「3日目です」
「あ、そうなんですね。じゃあ、手はつなぎました?」
「手は……はい。僭越ながら」
椎子の頬がみるみる赤くなる。
「手をつないだって言っただけでこの反応かあ。お兄ちゃん、これは本物かもね」
「だから言ったろ」
「本物?」
椎子が不思議そうに首をかしげる。
「麻奈のやつ、疑ってたんだよ。椎子が俺を騙してるんじゃないかって」
「騙す?」
「椎子さんは気にしないで。それにしてもお兄ちゃんが椎子さんみたいな美人と付き合えるなんて、こんな幸運、宝くじに当たるみたいなもんだね」
「まあ、そうだな」
ほんとうの意味で付き合ってるのとはちょっと違う感じだしな。
「そんな……私の方こそ、周平君と出会えて幸運です」
「椎子さん、お兄ちゃんをよろしくお願いします」
麻奈が言った。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。麻奈ちゃんも仲良くしましょう」
「はい! 連絡先、交換しましょう」
「是非!」
麻奈と椎子が仲良くなるのはいいことなんだろうけど、メッセージのやりとりでどんな内容を話すかは気になるところだ。
◇◇◇
翌朝、登校するとすぐに椎子からメッセージが来た。
椎子『おはようございます』
周平『おはよう、椎子』
椎子『昨日はありがとうございました。あれから麻奈ちゃんといろいろメッセージでやりとりさせてもらいました』
周平『え? そうなの?』
椎子『はい。なんだか、麻奈ちゃんから認めてもらえたみたいです』
周平『そうか。だったらよかった』
麻奈の疑いは完全に晴れたようだな。たくさん話せば、椎子がどんな子か分かるだろうしな。
椎子『今日もお昼に部室でお待ちしていますね』
周平『わかった』
そのときだった。
「櫻川さん、ずっとスマホ触ってるけど、誰かとメッセしてるの?」
川口優実だ。この間も椎子に塩対応されたのに懲りずに話しかけている。
「別にそういうわけではありません」
椎子はそっとスマホを隠した。
「なんだ。人嫌いの櫻川さんもメッセージをやりとりする相手がいるのかなあって思って」
「か、家族です」
「そっかあ。笑顔でスマホいじってたから、てっきり彼氏とやりとりしてるんじゃないかと」
「彼氏とかいませんから」
「そうだよねえ、アハハ、ごめんね」
椎子は俺との交際を別に隠さなくてもいいと言っていたから、あの嘘は俺のためについているのだ。椎子、ごめん。
◇◇◇
昼休み、俺はまた天文部の部室に向かった。
「周平君、いらっしゃい!」
ドアを開けると、椎子は教室では見せない満面の笑みで俺を出迎えた
「椎子、朝は迷惑かけたな」
「え? 何がですか?」
「川口さんから彼氏いるのかとか聞かれてたから」
「あー、それですね。もちろん、周平君のことは言いませんよ」
「ありがとう。でも、嘘をつかせてごめん」
「別に周平君のためだけじゃないです。私も朝から彼氏とメッセしていると思われるのも恥ずかしかったので」
「そ、そうか」
「はい。だから、気にしないでください。さあ、お昼にしましょう」
椎子は優しい子だ。俺のことを気遣ってそう言ってくれたのだろう。
「そう言えば、麻奈ちゃんからいろいろ聞きました」
「え? 何を?」
「周平君の好きな食べ物とか」
「は? 麻奈のやつ……」
「別にいいじゃないですか。周平君、ラーメンが好きなんですね。今度、一緒にラーメンを食べに行きましょう。どんなところに食べに行くんですか?」
「たまに家族で近所のラーメン屋とかフードコートとか行くぐらいだよ」
「そうですか、では、ちょうどいいですね! 楽しみです!」
「でも、椎子は帰りにラーメンなんて食べて、大丈夫なのか?」
マックでも食べきれないぐらい食が細いし。
「もちろん帰りに食べるのは無理ですね。だから休日に行きましょう」
「え? 休日?」
「はい、デートってやつですね」
椎子は照れくさそうに微笑む。
「椎子、デートなんてしたことあるのか?」
「あるわけないです。だから周平君とデートの初体験をしたいんです」
初体験、か。それは将来できる本物の彼氏とのデートに備えて、ということだろうか。なんて考えてしまう。でも、もう椎子が俺の彼女であることを手放したくなくなっている。椎子が本当の意味で俺のことを好きだと確信できればいいけど……今は椎子のために経験を積ませてあげるべきだろう。
「わかったよ。じゃあ、デートしよう。いつする?」
「明日は土曜日ですよ。明日でいかがでしょう?」
「明日、か」
早いな。
「何か予定があります?」
「いや、何も無い。ただ心の準備が……」
「デートに心の準備が必要ですか?」
「そりゃそうだよ。俺も初めてだし」
「でも私も初めてですから、お互い探り探りやりましょう。いつものように」
「そ、そうだな」
俺も経験を積ませてもらうか。




