44 夏休み
夏休みが始まって一週間。
俺は椎子の旅館でアルバイト中だ。仕事内容は主に清掃で、今は大浴場を掃除している最中だった。
そこへ、和服姿の椎子が現れた。若女将として修行中らしい。
「周平君、お昼にしましょうか」
「ありがとう」
一緒に旅館のバックヤードへ向かうと、従業員用の食事が並んでいた。
「お、来たな。若女将と若旦那候補」
「シゲさん、からかわないでください」
声をかけてきたのは古参の従業員、シゲさんだ。仕事には厳しいが、面倒見がよく、なぜか俺たちをよく冷やかしてくる。
「がはは、それにしても椎子ちゃんもやるなあ。こんな優良株捕まえてきて」
「優良株、ですか?」
いつも怒られている身からすればその評価に少し驚いた。
「もちろん! 最近の若いやつにしては骨があるなってみんな話してたぞ」
「そ、そうですか……」
そんなことを言われるのは初めてだ。
「当たり前です。周平君はいつも真剣になんでも取り組んでくれます」
「まあ、惚れた女の前だからな」
「な、なんてこと言うんですか」
椎子が少し赤くなる。
「ハハハ、椎子ちゃんもスギのこと、手放さないよう頑張って。でも周りはよく見ないとな。この間も仲居連中にイチャついてるところ見られてたぞ」
「!!」
「じゃあ、お先!」
そう言ってシゲさんは出て行った。
「……周平君、ごめんなさい。なんか見られていたようで」
「だ、大丈夫だよ」
(あの時か……)
少し羽目を外した日があったのを思い出す。
「気をつけないといけませんね」
「そうだな」
そう言いながら椎子はきょろきょろと辺りを見回す。
「椎子?」
「今は大丈夫です」
そう言って、目を閉じて顔を近づけてきた。軽くキスをすると――
「……もっと欲しいです」
椎子がさらに近づいてくる。
「わかったよ」
俺は椎子にさらに口づけをした。そうなると止まらなくなる。しばらくはその時間が続いてしまった。
「……周平君、これ以上は私もちょっと……」
「そ、そうだな」
「でも、私、我慢できそうにありません」
「椎子……」
「今夜……仕事が終わったら私の部屋に来てください」
まさか、今日がその時なのか。
「わかったよ」
鼓動が一気に速くなった。
◇◇◇
仕事が終わり、旅館から椎子の家に行く。
「お邪魔します」
椎子の家も勝手知ったるものになっていた。椎子の部屋に直行する。ノックをすると「はい」と声が聞こえた。扉を開けるとすぐに腕を引っ張られた。
「椎子? ……!!」
すぐに俺の唇は椎子の唇でふさがれた。俺は椎子に引き寄せられてそのままベッドに倒れ込んだ。
そのまま二人の時間が続く。やがて、俺たちは生まれたままの姿になっていた。
「椎子、いいのか?」
「はい、お願いします」
その夜、俺たちは一つになった。
◇◇◇
「……疲れましたね」
夢のような時間が終わり、気がつけば結構な時間が経っていた。
「そうだな」
「周平君、私、あんまり覚えてないんです。あまりにも……夢のようでした……」
「俺もだよ」
「そうですか……私、変じゃなかったですか?」
「変?」
「お見苦しい姿をお見せしたかと思って……嫌われないか心配です」
「そんなことはないよ。椎子は……すごく可愛かった」
「そ、そうですか」
絶対に他の人には見せない椎子の姿は俺にはあまりにも刺激的だった。
そして、その姿を見たことは俺の中に残っていた劣等感を消し去っていた。こんな椎子は俺しか知らないのだ。その圧倒的な優越感が俺の中にあった。
「周平君も、かっこよかったですよ」
「そうか?」
「はい……なんというか、あんなになるんですね、周平君も」
「そう言われると恥ずかしいけど……」
「ふふ。あんな周平君は私しか知らないって思うと、すごく嬉しいです」
椎子も同じようなことを思っていたのか。
「これで周平君は、私のものです」
「……じゃあ、椎子は俺のものだな」
「はい、そうですよ。もう二度と手放しちゃダメですからね」
「ああ……手放さないよ」
一度は俺はもう椎子に必要ないんじゃないか、なんて思ったけど、もう椎子を手放したくはなかった。
「周平君、明日もバイトですよね?」
「ああ」
「だったら……またここに来てください」
つまり……そういうことだ。
「そうだな」
夏休みは忙しくなりそうだ。
※次話で完結となります




