41 カラオケ
結局、椎子とは何も話せないままファミレスでの集まりも解散となった。
店を出ると、椎子は女子たち、そして大塚や倉原たち男子と楽しげに話している。
笑顔はまだぎこちないけれど、それでも彼女なりに頑張っているのがわかる。
(……もう椎子はクラスに馴染めたな)
その成長が嬉しいはずなのに、胸の奥にぽっかりと空洞が広がった気がした。
これまで椎子は、俺にだけ心を開いていた――それも、人目を避けて。
でも今は違う。いろんな体験を積んで、誰とでも自然に話せるようになってきている。
(俺の役目も、もう終わりか……)
あとは川口さんやクラスメイトと過ごしていける。
そのとき、俺はどうしたらいいんだろうか。
第一、本当に、俺が椎子の彼氏でいていいのだろうか。
そんな考えが頭から離れなかった。
「次はカラオケ行きまーす!」
川口さんの声が響くと、みんなが笑顔のまま移動し始める。
椎子は川口さん、岡崎さんと並び、その周りには大塚や倉原、他の男子たちも集まっている。
このまま一緒に行けば、椎子がみんなと楽しそうにしている姿を見ることになるだろう。
それは嬉しいことのはずだが、今の俺はそれを見たくなかった。
気がつけば、俺はその集団からそっと離れ、路面電車の停留所へと歩き出していた。
スマホで川口さんにメッセージを送る。
周平『俺は帰るから椎子をよろしく』
しばらくして返信が来た。
優実『どうかしたの?』
周平『別に何もないよ』
電車を待っていると椎子からもメッセージが来た。
椎子『周平君、何かありましたか?』
周平『何もないよ。でも、俺は帰るから椎子は楽しんで』
椎子『周平君がいないのに楽しめません。私も帰ります』
椎子のその言葉が嬉しかった。でも――
周平『ダメだよ。せっかくみんなと仲良く出来るチャンスなんだから。椎子は楽しんで来て』
返信が来るにはしばらく時間がかかった。
椎子『わかりました。周平君がそういうのなら残ります』
(……これでいい)
俺はそう自分に言い聞かせ、電車に乗り込んだ。
◇◇◇
家に帰ると、どっと疲れが押し寄せ、ベッドに倒れ込む。
スマホは鳴らない。椎子からも、誰からもメッセージは来なかった。
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「お兄ちゃん! 夕飯!」
妹の麻奈が呼ぶ声がして、渋々リビングへ向かう。
食卓に並ぶ料理を口に運ぶが、何を食べたのか味は覚えていない。
テレビの音や麻奈の声が耳に入っているはずなのに、何も頭に残らなかった。
夕食を終え、部屋に戻るとノックの音がした。
「お兄ちゃん、入っていい?」
「……ああ」
ドアを開けた麻奈が、遠慮なくベッドに腰掛ける。
「椎子さんと何かあった?」
「いや……なんでそんなこと聞くんだよ」
「だって、お兄ちゃんがおかしくなるのっていつも椎子さん絡みだし」
「別におかしくなんて……」
「ふーん……椎子さんにメッセ送ったけど返信ないんだよねえ」
「カラオケに行ってるから気がついてないんだろう」
「カラオケ? なんでお兄ちゃんは行かないの?」
「クラスの連中と行ってるんだよ。俺は楽しくもないから帰ってきた」
「なるほどねえ」
麻奈がニヤニヤしながら俺を見てくる。
「なんだよ」
「要するに椎子さんがクラスメイトと仲良くしているのに嫉妬したんだ」
「嫉妬なんて……」
そうなんだろうか。確かにそうかも知れない。椎子は今まで俺としか仲良くしてこなかったのに、今日はみんなと仲良くしている。それを目指して頑張ってきたはずなのに嫉妬するなんて……
「でも、椎子さんは寂しいだろうなあ。お兄ちゃんが帰ちゃって」
「そんなこと、あるわけ……」
「あるに決まってるでしょ。椎子さん、お兄ちゃんのこと大事に思ってるんだよ。お兄ちゃんをほっといて椎子さんがカラオケ楽しめるとは思えないけどなあ」
「……」
言葉が出なかった。もしそうなら――今も、椎子は寂しがっているかもしれない。
気がつけば、立ち上がっていた。
「お兄ちゃん、椎子さんに謝んなきゃだめだよ」
「わかってる」
俺は着替えて部屋を飛び出した。
◇◇◇
私、櫻川椎子はクラスメイトと来たカラオケで初めて歌を披露しました。周平君と練習した曲。緊張したけれど、最後まで歌い切りました。
「すげー! うまっ!」
「さすが櫻川さん!」
「ヒュー!」
クラスメイトが褒めてくれます。良かったです。これで周平君への恩返しができたと思います。私はお辞儀をして座りました。
「椎子、さすがだね」
横に座る優実が話しかけてきました。
「ありがとうございます。周平君と練習したおかげです」
「へー、杉山君と」
「はい……でも、ここにいないから寂しいです」
「ほんとだよね。なんで帰っちゃったんだろ」
優実は不思議がっていますが、私はなんとなく分かっています。周平君はもともとこういうことに参加するのは好きではないのです。今日は私のために参加してくれたのでしょう。でも、私が大丈夫そうだと思って、帰ってしまったのです。
確かにもうクラスメイトとも話せるようになったと思います。でも、それは周平君のおかげです。この場に周平君が居ないのは本当に寂しいです。クラスメイトは次々に私の知らない曲を歌っていますが、私は聞き流していました。
「……椎子、楽しんでる?」
「はい……」
優実に心配を掛けないように嘘をついてしまいました。
カラオケが終わり、店の外に出ると男子たちが集まってきました。
「櫻川さん、送っていくよ」
「いや俺が!」
「俺も!」
私が困っていると優実が助けてくれました。
「だめだめ! 椎子はこの後、女子会に参加だから! 男子禁制!」
「「えー!」」
「はい、じゃあ、解散!」
優実が無理矢理私を引っ張ってくれます。彩花や他の女子達と一緒に私たちは歩き出しました。




