38 望遠鏡
翌週の水曜日、放課後。今日は天文部の望遠鏡チェックの日だ。
夜遅くまで学校に残ることになる。
俺と椎子、それに坂本部長の三人で部室から望遠鏡を二台抱えて屋上へ向かった。
部長の指示で設置作業を始めると、空は次第に暗くなっていった。
坂本部長は三脚の高さを何度も調整し、小さな丸い器具を覗き込みながら水平を取っている。
「何を観測するんですか?」
「まずは土星。輪が見えて分かりやすいからね」
「なるほど」
椎子はもう一台の望遠鏡で、手際よく同じように調整していた。
「椎子、大丈夫か?」
「はい。うちにも望遠鏡がありますので慣れています」
「そうなんだ」
そういえば、椎子は自分の意思で天文部に入ったんだった。
もともと星を見るのが好きなのだろう。
「椎子ちゃんの方はアンタレス狙いだけど大丈夫?」
坂本部長が声を掛けた。
「はい、赤い星がよく見えますよ」
「やるねえ。どれどれ?」
部長が椎子の調整した望遠鏡を覗きこむ。
「おー! ばっちりだ」
「良かったです」
「彼氏君、こっちの望遠鏡覗いてみてよ」
「はい」
俺は坂本部長が調整した望遠鏡を覗き込むと、そこにはくっきりと土星が浮かんでいた。
「輪も見えますね」
「でしょ? 何度見ても感動するよ」
正直、星にそこまで興味はなかったが、これは思わず見入ってしまう。
椎子も覗き込み、小さくつぶやいた。
「きれい……」
「だよね。よし、調整はこれで完了だ」
「はい」
俺たちは望遠鏡を片付け始めた。
◇◇◇
今日は帰りが遅くなったので俺が椎子を家まで送ることになっている。
二人でバスに乗り、50分ほどかけて最寄りのバス停に到着した。
「ここで大丈夫です」
そこは以前に犬の庄一さんを連れてきてもらったときに待ち合わせた場所だ。
「……でも今日はもう暗いし、家の前まで送らせてくれないか」
「そうですか……では、お願いします」
俺は初めて椎子の家に向かった。
「ここです」
バス停から5分ほど歩くと、広い庭付きの立派な一軒家が見えてきた。大きい家だろうとは思っていたが、これは想像以上だな。
「今日はありがとうございました」
椎子が深々と頭を下げる。
「……じゃあ、また明日」
「はい、また明日」
俺が帰ろうとした、その時だった。
「椎子? その人は誰なの?」
その声に俺も足を止める。家から大人の女性が出てきていた。
「お母さん……来なくていいから」
「でも誰かに送ってもらったの?」
「はい。もう帰りますから」
――椎子のお母さんか。挨拶しておいた方がいいだろう。
「はじめまして、椎子さんとお付き合いさせてもらっている杉山周平です」
「あら、ご丁寧にどうも。椎子の母です……ん? お付き合い?」
あれ? 知らなかったのだろうか。そう言えば椎子が親に言ったかどうかは聞いていなかった。
「椎子! 本当なの!?」
「はい……」
「なんで言わなかったの!」
「だって、言うとお母さんが大騒ぎするでしょうから」
「当たり前です! 杉山君、でしたね。椎子がお世話になっております」
「いえ、こちらこそ」
「ところであなた長男? 家業を継ぐ予定などありまして?」
「お、お母さん!」
「……長男ですけど、家業は特に継ぐ予定はありません」
「あらそう。じゃあ、将来の夢は?」
「すみません……具体的なものはなくて……」
「うんうん、いいことねえ」
いいこと? 将来が決められないでいるのに……
「お母さん! もういいから!」
椎子はお母さんの腕を引っ張る。
「今日はもう遅いしうちも何も準備できてないから、今度遊びにいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
「お母さん!」
「それじゃあ、椎子をよろしくね」
「はい、こちらこそ。では、失礼します」
椎子はお母さんを家に引き入れながら、俺に小さく手を振った。
俺も振り返し、帰路についた。
◇◇◇
夜、自室でスマホをいじっていると、椎子からメッセージが届いた。
椎子『今日は母がご迷惑掛けてすみませんでした』
周平『全然迷惑なんて思ってないよ』
椎子『でしたらいいのですが』
周平『でも家族に秘密にしてたのに俺が言っちゃってごめん』
椎子『いえ、いずれは言おうと思ってましたから』
周平『ならいいけど』
椎子『でも母が『周平君を家に連れてこい』とうるさく言ってきまして。断れそうにありません』
周平『俺は大丈夫だよ』
椎子『明日でも大丈夫でしょうか?』
明日か……ちょっと早い気もするが、予定は空いている。
周平『大丈夫だよ』
椎子『すみません。では明日よろしくお願いします』
こうして俺は椎子の家に挨拶に行くことになった。




