3 マック
「椎子、もしかしてマック行ったことないの?」
「はい。無いです」
「マジか……」
「周平君は行ったことがあるのですか?」
「かなり前に家族と行ったことはあるけど、最近は全然。自分でお金を払って注文したことも無いし……」
「やっぱり……」
「悪かったな」
「悪くないですよ。むしろ嬉しいです。一緒にマックを初体験しましょう」
「……そうだな」
バスセンターのマックは地下にあった。
店に近づくと入り口に大きなタッチパネルが立っている。
「たぶん、あれで注文するんだと思います」
「そうみたいだな。じゃあ、並ぼう」
タッチパネルの列に並ぶ。そんなに長くない列だったのですぐに俺たちはタッチパネルの前まで進んだ。。
「えーっと、まずは……」
「周平君、これ見てください。“キャッシュレス専用”って書いてあります」
「え!?」
「これってペイペイとか、そういうので支払うんですよね。持ってます?」
「いや……椎子は?」
「あるわけないです」
「……だめだ。一時撤退しよう」
俺たちはそそくさとタッチパネルから離れ、後ろの人に場所を譲った。
「どうしましょう……」
「……カウンターに行くしかない、か」
「ですね。でも、店員さんと話すのはちょっと恐いです」
「俺も同じだよ。でも行くしかない」
一人ならあきらめていたに違いない。だけど、隣には椎子が居る。かっこ悪いところは見せたくなかった。
「い、行こう」
「はい……あの……」
椎子がもじもじしながら言った。
「椎子?」
「……ちょっと不安で……周平君さえ良ければ手をつないでもいいですか?」
そんなにカウンターに行くのが恐いのか。
「わかったよ」
俺は椎子の手を握った。椎子の手、こんなに柔らかいのか……
俺たちはカウンターの列に並んだ。すぐそばにはメニューが置かれている。
「先に何を注文するか決めておこう」
「ですね。どれにします?」
「うーん……セットがいいと思うけど……」
なんでこんなにセットの数が多いんだ。どれにしたらいいか分からない。
「普通、どれなんでしょう?」
「わからん……でも上の方にあるセットがきっとお店のおすすめだよ」
「なるほど。でも、結構高いですね」
確かに800円超えはちょっと高校生にはきつい。
「じゃあ、一番安いやつにするか」
「それも何か恥ずかしくないですか?」
「そう言われると……」
「中ぐらいにしておきます?」
「そうだな。じゃあ、ベーコンレタスバーガーセットか」
「私はてりやきバーガーセットにします。てりやきバーガーってよく聞くような気がしますので」
俺たちがメニューを決めたところでちょうど前の人の注文が終わった。俺たちはカウンターに進む。
「ご注文はお決まりですか?」
店員が言った。
「えっと……ベーコンレタスバーガーセットで」
「ベーコンレタスバーガーセットですね。お飲み物は何になされますか?」
「お飲み物!?」
しまった。決めていなかった。焦った様子の俺を見て店員さんが「こちらから選べます」と言ってくれる。
「じゃ、じゃあ……コーラで」
「コーラですね。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「690円です」
俺がお金を支払うとレシートをくれた。
「あちらでお待ちください。次の方どうぞ」
俺がその場を離れようとすると、椎子が俺の服の袖をぎゅっとつかんだ。
「椎子?」
「私の注文が終わるまではそばにいてください。彼氏でしょ?」
「わ、わかった」
椎子のやつ、こういうときに「彼氏でしょ」と言うために付き合おうって言ったんじゃないだろうか。確かに友達だと強制はしにくい。彼氏なら椎子の言うことを聞くしかないって感じするよな。まあ、いいけど。
「ご注文はお決まりですか?」
「……てりやきバーガーセットで飲み物はアールグレイアイスティーのストレート……」
「かしこまりました」
椎子は俺の注文方法を見ていたせいか、意外にスムーズに注文していた。
レシートを受け取り、にっこりと笑う。
「こっちで待つんだそうですよ」
まるで、自分はよく知っているみたいに椎子は言った。
隣のカウンター前で待っていると、俺の番号がディスプレイに表示された。
「301番の方」
俺は慌てて前に出て商品を受け取る。だが、椎子はまだ受け取っていないので隣で待つことにした。
「302番の方」
「はい!」
椎子は少し緊張気味に商品を受け取った。
「行こうか」
「はい」
俺たちは店の隅へ移動し、向かい合って座った。
「ふう……」
「なんとかなりましたね。私、疲れました」
「俺もだよ……」
「でも……周平君と一緒だから頑張れました」
「え?」
「一緒に考えてくれて、すごく心強かったです」
「……そうかな?」
高校生なら当たり前に使うマックなのに、俺は注文の仕方もよく分からず、バタバタしてしまった。普通なら幻滅されるところだけど……
「他の人だったらきっと『こんなことも知らないの?』って馬鹿にされていたと思います」
「……まあ、そうかもな」
相手からしたら軽いイジリかもしれないが、言われる方は結構傷つくこともある。椎子はそういうことを言われるのが嫌なようだ。
「それに、私が待っているとき、そばにいてくれて安心しました」
「まあ、それは……」
「だから……周平君と付き合って良かったです」
椎子は少し照れたように笑った。
その笑顔を見て、俺もなんだか胸が温かくなる。
「……俺も椎子と付き合って良かったよ」
「ありがとうございます。同じ世間知らず同士、これからもよろしくお願いしますね。じゃあ、食べましょう」
「そうだな」
俺たちはポテトから食べ始めた。
「うん、うまい!」
「はい、おいしいです! 止まらなくなりそうです」
「だな。でも、ハンバーガーも食べないと」
俺はベーコンレタスバーガーを食べる。
「これも美味いな!」
「私のテリヤキも美味しいですよ。周平君も食べてみます?」
椎子が食べかけのてりやきバーガーを差し出してきた。
「い、いや……そういうのはまだ早いかな。付き合いだしたばかりだし」
「そういうの?」
「だから、その……間接キスになるだろ」
「あ! ……ごめんなさい」
椎子は顔が真っ赤になった。
「いや……そのうちな」
「はい……」
椎子は再び自分の照り焼きバーガーを食べ出した。
「ほんとに美味しいです」
笑顔で椎子が言うが口の周りにはソースが付いている。それも可愛いが全く気がついてないようだし言った方がいいだろう。
「椎子、顔にソース付いてるぞ」
「え? どこですか? 拭いてください」
「……いいのか?」
「もちろん。彼氏なんですから」
「わ、わかった」
俺は椎子の口の周りを拭いた。
「なんか……嬉しいけど恥ずかしいですね」
「そ、そうだな」
俺も照れてしまった。
「周平君、ありがとうございます」
「い、いや……」
椎子はテリヤキバーガーを食べ終えたが、そこで手が止まってしまった。まだたくさんある自分のポテトに手を付けていない。
「椎子、もう食べないのか?」
「はい……もうお腹いっぱいで……なので、周平君、残りを食べてもらえます?」
「わかった。じゃあ、あとはいただくよ」
「大丈夫ですか? 入ります?」
「男子高校生を舐めるなよ」
俺はポテトをあっという間に食べてしまった。
「さすがです。見てて気持ちいいですね」
「そうか? ただ食べただけだけどな」
「やっぱり周平君と付き合って正解でした」
椎子は笑顔を見せた。




