10 デート
椎子との初めてのデート。その場所選びは難しい問題だった。
バスセンターなら俺も椎子も行き慣れている。でも、学校から近すぎて知り合いに見られるリスクが高い。かといって、街のアーケードも人通りが多いし……。
結局、駅ビルに決めた。ここなら建物の中で完結するし、デート初心者でも動きやすいだろう。
というわけで、土曜日の午前10時。俺はすでに駅ビルの噴水前に立っていた。
待ち合わせは11時。だが、ネットで調べると彼氏は早めに来ておくのがセオリーらしい。30分前が普通と書いてあったので、さらにその30分前の10時に来ていた。
「さすがに早すぎたか」
噴水前には当然、椎子は来ていない。スマホでも見ながら椎子を待つか。そう思ったとき、声が聞こえた。
「周平君?」
聞き慣れた声がして顔を上げると、そこには椎子がいた。
「椎子? なんでこんな早いの?」
「周平君の方が早いじゃないですか」
「ネットで調べたら彼氏は早く来るべきだってあったから」
「そうなんですか。私は初めて来る場所なので、迷ったら大変だと思って、早めに家を出ちゃいました」
「そ、そうか」
少し落ち着いたので、改めて椎子の服装に目が行く。初めて見る椎子の私服姿。チェックのワンピースにカーディガン。いつもの制服の凜とした雰囲気と違い、ちょっと幼くも見える。
「どうしました? そんなに私を見て」
「いや……似合ってるなって思って」
「それなら良かったです。少し子供っぽいかと思ったのですが、あんまりフォーマルな格好もどうかと思いまして……でも、周平君のその姿を見ると多少フォーマルでも良かったかも知れませんね」
俺はいつもは着ないジャケットにスラックス姿だ。これは麻奈が「これならデートでも恥ずかしくない」と言って、父親のクローゼットから引っ張り出してきたものだった。
「ちょっと変だったかな」
「そんなことないです。か……かっこいいです……」
椎子の声がどんどん小さくなっていって、最後は聞き取れないほどだった。だけど、褒めてくれているのは分かる。何しろ椎子の顔が赤い。
「あ、ありがとう……じゃあ、行こうか」
「そうですね」
◇◇◇
駅ビルに入ると、二人でエスカレーターを登る。
「上の階にラーメン屋があるんですか?」
「うん。フードコートがあって、そこにいろんなお店があるんだ」
「フードコート……私、行ったこと無いです」
「そうなんだ。俺も親と一緒に行ったことがあるだけだけどね。でも、多少は分かるよ」
「そうですか。なんだか今日は周平君が頼もしくみえます」
「たぶん、服のせいじゃない?」
「ふふ、そうかもしれません……」
椎子が前を見たので、つられて視線を向ける。前にいたのは俺たちと同じ年頃ぐらいのカップル。腕を組んで密着している。俺たちも一応カップルだけど、真似出来そうにない距離だ。
「……凄く近いですね」
前のカップルを見た椎子が俺に小さい声で言う。
「確かに」
「あの距離はまだ恥ずかしいです」
「別に真似しなくても良いよ」
「はい。だけど、腕は組んでみたいです」
「え?」
「練習させてください。いいですか?」
俺が答えるまもなく、椎子は俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「!!」
「……なんだか安心します」
椎子がそう言いながら少し頭を俺の肩に寄せた。おいおい、これじゃさっきのカップルと同じぐらいの距離感じゃないか。
「あ、すみません」
椎子は照れくさそうに頭を離す。
「い、いや……」
「つい、頼りたくなってしまって……これがデートの効果ですかね」
「そうかもね」
俺も椎子も少し雰囲気に飲まれていた。
◇◇◇
フードコートの階に到着すると、まだお昼前なのに少し混雑していた。
「着いたけど……お昼には早いな」
「そうですね。だったらお店を見て回りたいです」
「そうか。じゃあ、適当に見よう」
フードコートを抜けると、可愛い雑貨を売る店が見えた。
椎子はその店に引き寄せられるように近づいた。
「ここ、入ってみたいです」
「いいよ、見よう」
店の中に入ると、椎子はキティちゃんのコーナーをじっと見つめる。
「椎子、キティちゃんが好きなんだ」
「あ……失敗しました。子供っぽいのがバレてしまいました……」
「そんなことないよ。大人でも好きな人は多いし」
「そうですか。私、この無表情な感じが好きで……家にはたくさんグッズを持っています」
「そういうのは学校には持ってきてないの?」
「持ってこないですね。少し恥ずかしくて」
「でも、そういうところから話が弾むと思うよ」
「そうかもしれませんけど。でも……私のイメージと違いませんか?」
確かにそうかもしれない。椎子は背も高め。髪も手も足も長く、クラスの中では大人っぽい女子だ。しかも友達もおらずクールな女子というイメージ。そんな椎子さんがキティちゃんのグッズを持っていたら、いじられるかもしれない。それが嫌なんだろう。
「学校の椎子とは違うかもね」
「ですよね。前に言われたんです。私がキティちゃんのグッズを出したらみんなが『ギャップ萌え』とか言って騒ぎ出してしまって……嫌になって、それから持ってこなくなりました」
「でも……今の椎子にはすごく似合ってると思う」
お嬢様的なファッションが椎子をいつもより子供っぽく見せていた。だから、キティちゃんもよく似合う。
「そうですか。だったら、何か買おうと思います」
椎子はキティちゃんのハンカチを取った。
「えっと……」
「どうしたの?」
「レジに付いてきてくれませんか?」
「椎子、買い物もあまりしない感じ?」
「失礼ですね。買い物はします。でも、自分で払うことがあまりないので」
なるほど。いつもは親とかに払ってもらっているのだろう。
「そうか。だったら一緒に行こう」
「はい、ありがとうございます」
レジで椎子がハンカチを差し出すと、店員が訊いた。
「袋は必要ですか?」
「袋?」
椎子が戸惑った顔をする。俺は慌てて口を挟んだ。
「あ、いりません」
「はい、550円です」
椎子がお金を払い、俺は商品を受け取って渡した。
「ありがとうございました」
店を出ると、椎子が尋ねた。
「周平君、袋って?」
「商品を入れる袋のこと。普通は有料だからね」
「なるほど。でも、袋はもらいませんでしたね」
「これぐらいなら椎子のバッグに入るんじゃないかな」
「はい、入ります。だったらいらないですね」
椎子は大事そうにハンカチを鞄に入れた。




