1 告白
高校に入学して2ヶ月が経った朝。教室に入った俺は、誰とも言葉を交わさず席に着く。ぼっちの俺にとってはいつものことだ。カバンから取り出した小説を読み始めると周りがざわつき始めた。
「櫻川さん、今日も綺麗だなあ」
その声に思わず顔を上げる。教室の入り口に美少女がいた。
「櫻川さん、今日も女神すぎない?」
「ヤバい…あのオーラ、マジ天使」
「クール姫、付き合いたい!」
毎朝繰り返される騒ぎが始まった。「お前らが相手にされるかよ」と思いながら、自分もその一人に過ぎないのに視線は彼女を追ってしまう。
櫻川椎子―――彼女は俺たちのクラスで一番、いや学年で一番の美少女だろう。長く艶やかな黒髪にすらりと伸びた手足。完璧なスタイルに、学年トップの成績、運動も得意らしい。いつも表情を変えずクールな印象から、「クール姫」とも呼ばれている。しかし……。
「櫻川さん、今日の放課後、暇かな? もしよかったら――」
「行きません」
話しかけてきたのは女子だ。しかし櫻川さんは即答で断っていた。それを見た男子たちがまたひそひそと話し出す。
「ありゃ天使と言うよりは悪魔だよな」
「確かに。昨日も告白を秒で断ったらしい」
「男子も女子も全部お断りって……」
そう、櫻川椎子は孤高の女神様。女子の友達もいないようだ。クラスの交流会として開かれたカラオケにも参加していない。ぼっちの俺ですら参加したのに。彼女は誰からの誘いも「行きません」と断り続け、クラスでは孤立していた。
同じように孤立している俺は、秘かに櫻川椎子に親近感を感じていた。だが、俺は友達の作りかたが分からずに孤立しているだけ。櫻川椎子は誘いを断り、自分から孤独を選んでいる。似ているようで正反対だった。
だから「同じぼっち同士、仲良くしよう」なんてことはできそうもない。彼女は孤高の高嶺の花だ。そう思いながらも俺は櫻川椎子を目で追うことをやめられずにいた。
その理由は彼女が美しいから、というだけではない。あれほどすごい人が、俺と同じように孤立しているのが少し心配なのだ。本当に彼女は望んで孤立を選んでいるのか。何か理由があるのではないかと考えてしまう。だが、俺に何かできるわけもなかった。
そんなことを考えながら机に手を入れたとき違和感に気がつく……手紙だ。俺は周囲に気がつかれないようにそっと開いた。
『杉山周平様。お話があります。放課後、屋上で待っています』
なんだ、これ……。
まさかラブレター!? いや、ありえない。差出人は書かれていない。誰がこんなものを? 俺は思わず教室を見回した。すると、櫻川椎子と目が合ってしまう。すぐに彼女は目をそらしたけど……まさかな。いやいや、絶対にありえない……
それにしても、この手紙は一体何の用事なんだろう? クラスで浮いている俺に告白なんて考えられない。だとすれば……脅迫とかカツアゲ? 嘘告白という可能性もある。動画に撮られてネットに晒されるかもしれない。
どちらにしても愉快な話ではなさそうだ。無視してもいいが、それによって恨みを買うのも面倒だ。何の話なのか気になるし、行ってみるしかないか。
◇◇◇
屋上は鍵が閉まって入れない、という話だったのに、なぜか鍵が開いていた。おそるおそる扉を開ける。そこにいたのは、俺がよく見ていたあの美少女だった。
「さ、櫻川さん!?」
振り向いた櫻川さんは俺を見て微笑んだ。
「杉山君、来てくれてありがとうございます」
なかなか教室では見られない笑顔を見せる。それはまるで女神のようだった。
「……手紙を入れたのは櫻川さん?」
「はい、私が書きました」
脅迫やカツアゲではなさそうだ。だとすれば……罰ゲーム系の嘘告白か。一応、聞くだけ聞こう。俺はこれから起こるだろうことにうんざりしながら尋ねた。
「それで、何の用? もし告白するなら早く済ませてくれ」
「……話が早いですね。杉山君、私と付き合ってください」
はぁ……やっぱり予想通りか。隠れているやつらがいないかを探す。だが、見つけることはできなかった。カメラも見当たらない。ということは単純に罰ゲームということか。
「櫻川さんがそんなことをする子だとは思わなかったよ」
「そうですか?」
「うん。だって何かの罰ゲームだろ? 誰に脅されてるんだい?」
「罰ゲーム? 失礼ですね。真面目な告白です!」
櫻川椎子は少しむっとして答えた。
「残念だけど、そんな言葉には騙されないよ。だって、俺と櫻川さんには何の接点もないじゃないか。話したことさえない。それなのに告白っておかしいだろ」
「……確かにそうですね。失礼しました」
櫻川椎子が頭を下げる。
「やっぱり、嘘告白か。こういうことはもうしないようにね」
俺はその場を去ろうとした。
「待ってください! 驚かれたとは思いますが、嘘告白ではありません」
「はぁ? まだそれ続けるの?」
「信じてもらえないんですね。でも、私は本気です!」
「いや、おかしいだろ。だって、昨日も告白されたって噂になってたぞ。彼氏が欲しいなら、そいつと付き合えばいいんじゃないか?」
「嫌ですよ。あんな人……私は杉山君がいいんです」
「そんなこと、信じられるわけない。俺を選ぶ理由を教えてくれ」
「杉山君なら、私が恥をかかないで済むからです」
「……恥?」
櫻川さんが言ったことが理解できず、俺は聞き返した。
「はい……私、恥をかきたくないんです。でも、中学の頃から友達もいなくて、みんなで遊ぶこともなかったので、あまり世間のことは知りません」
「……それで?」
「ファーストフードとかカラオケとかにも行ったことがなくて、そういう店に行くと何も分からないから絶対恥をかきます。だからそういうこところには今まで行かないようにしてきました」
それで遊びの誘いも断ってたのか。
「彼氏だって同じです。もし彼氏が出来たとしても何も知らない私に対して絶対マウントを取ってきます。それが嫌なんです」
「そうなんだ……」
「でも……私だってこのままじゃいけないって分かってます。いつかはそういうことも学ばなきゃいけないって。だけど、誰かに馬鹿にされるのは嫌です。そう思っていたとき、杉山君を見つけました。杉山君はいつも一人だから、友達とそういうところに行ったことはないんじゃないかと思ったのです。違いますか?」
失礼な推測だな。だが、その推測は完全に当たっていた。
「まあそうだけど……」
「つまり、私と同じですよね。だったら二人とも初体験ですし、対等にそういうことを学んでいけると思ったんです」
そういうことか。つまり、同じ世間知らずとして一緒にお店やカラオケに付き合って欲しいと。
「私と初体験してもらえませんか?」
誤解されそうな言葉だけど、櫻川さんが言いたいことは分かった。
「なるほど。よくわかったよ。確かに俺もそういうことには詳しくないし、櫻川さんが勉強したいなら一緒に行ってもいいよ」
「ほんとですか!?」
櫻川さんの表情は目に見えて明るくなった。
「うん。だけど、それは別に恋人にならなくても出来るんじゃないか? 友達でもいいだろうし、別に付き合わなくても……」
「確かにそうですね。それももちろん考えました。でも、それは私のプライドが許さないという結論に達したのです」
「プライド?」
「はい。友達ならば、お願いして私についてきてもらうことになります。それはすごく申し訳ないです。でも恋人同士なら対等じゃないですか? デートなんですから」
「デート……」
「はい。それに、この件は私が一方的に頼んでいるだけですし、杉山君には何のメリットもありません。だから、恋人になろうと思ったんです。男子はみんな私と付き合いたいと言ってきますから。杉山君もそうじゃないんですか?」
「い、いや……俺は……」
「私と付き合いたくないですか?」




