追放刑を甘くみた悪役令嬢の末路
とある作品とほぼ同じ世界に転生したっぽい。
ヒロインとして。
ひぇっ、自分にそんな大役が務まるはずがない……!
そう思いはしたけれど、しかしじゃあ原作から逃れるようなルートを選ぶぜ!
ともいかなかった。
ヒロインはある日光魔法が使えるようになって、光魔法を使える人っていうのは基本的に神殿で働く事が決まっている。聖人や聖女というのはその中のリーダー的な立場だ。
そして今聖女をしている人がそろそろ引退するって話が出ているので、次の聖女や聖人を選ぶ事となった。
ヒロインは、つまりそんな聖女候補の一人として努力をし、友人たちと試練を乗り越え、最終的に聖女を目指すわけだ。
舞台は神殿国家。そしてヒーローは神殿国家の王子様。といっても彼は将来国王になるわけではない。あくまでも神殿を統括する立場だ。
その下に、聖女や聖人がいて、そうして神殿は人々を救済すべく日夜奮闘するのである。
聖女になったからって、別に結婚できないわけじゃない。
だからこそ原作では最終的に王子様と結ばれる事となった。
ちなみに悪役令嬢的な相手もいるけれど、別に王子様の婚約者とかではない。
ただ、ヒロインと違って身分があって、王子様に恋をしているって点でいかにもそれっぽくはあるけれど。
正直ヒロインを辞退したい気持ちはあっても、光魔法が使えるようになっちゃった以上神殿からとんずらするわけにもいかない。
そんな事をすれば、野良光魔法使いとしてどっかの悪い組織に捕まって使い潰される可能性がとても高いからだ。
魔法って魔力を行使するわけなんだけど、魔力って目に見えないから使えない人からすると、無限に使える力って勘違いしてるのもいるの。
んなわけねーだろって言いたい。
気合と根性でどうにかなると思ってるみたいな駄目な方向で脳筋連中は、魔力を消耗したから休ませろと言っても気合でなんとかしろって言い張るからね。
そうして疲れ果てて倒れたら使えねーって文句言うの。
……脳天勝ち割りたくなるよね☆
肉体を酷使するのと同じくらい魔力酷使は疲れるからね。運動して疲れてるってのは目に見えてわかりやすいけど、魔法は動かなくても使えるとはいえ、思い切り消耗した後だとマジで動けないからね。指一本動かすのもやっととかあるからね。
それなら普通に神殿にいる方が人権も保障されてるし、バカみたいな酷使をされる心配もない。お給料も出るし。
野良でやってくとなると、相当上手く立ち回れるタイプじゃないと無理じゃないかな。荒稼ぎするにしても、相応の立ち回りとかが要求される。
個人で活動した方が儲け総取り! って夢見てソロ活動すると大体どっかの裏組織で飼い殺しになるって噂よ。たかが噂でしょって言えないのが怖いわー。
まぁ、最悪ヒロインになれなくても、神殿勤めの巫女としてやっていければ生活はある程度なんとか……って思ってたんだけどね?
どうやら悪役令嬢も転生者だった。
そしてヒーローでもある王子様に恋をしていた。
や、いいんじゃないかな?
それならそれで好きにすれば。
って私は思ってたのに。
なんでか私彼女に目の敵にされはじめたの!
おかしくない!?
私自分から王子に近づいたりしてないんだよ!?
まぁ、修練とか聖女候補としての成績を見ると好成績だから確かに王子様の目に留まってるらしいけど、でもあくまでもそれだけで恋人とかになったわけじゃないんですよ!?
争いを回避するために、聖女としての成績を若干落としておいて、私は貴方にとって取るに足らない存在ですよアピールをしようか、とも考えたんだけど。
それは自分にとってマイナスにしかならないから考えるだけで終わった。
だぁって!
ここでの成績とか最終的な評価になって、その後の神殿での立ち位置とか決まるんだもん!
まぁ、その後でも出世の道がないわけじゃないけど、でもあまりに能力が低いとみなされたらほぼ下っ端!
それによくよく考えて悪役令嬢が聖女になったとして、その時点で私へのあたりの強さが収まるんならいいよ!?
でもそうならなかったら、世間一般での権力にプラスして神殿内での権力も行使されて私甚振られる可能性がとても高くなるのよ!?
その時に自分の立場が低かったら、無能を矯正しようと思いまして、とかそういう意味合いでの言葉で言い逃れされる可能性すらあるわけで。
それならいっそ、ある程度神殿内だけでも力を得ておかねば我が身が危険すぎるので。
だから私はせっせと修練をこなし、他の聖女候補たちとの仲も良好に保って、できる限りの努力をしました。
権力がないやつにとって頼れる力はコミュ力ってわけ……ハードモードが過ぎるんよ……
どうして悪役令嬢が転生者であるか、という事に気付いたかっていうととても簡単。
あまりにも私に対する態度の酷さから、そのような態度や行いは聖女として相応しくないし、あまりにも度が過ぎれば上からの処罰も有り得ますよ、と忠告をね? されたんですよ。
けれども彼女はそんな事すら問題ありませんわ、と言い切ったのである。
処罰といっても、精々国外追放ですもの。
確かに、そう言ったのです。
ちなみに原作のラストで悪役令嬢はヒロインに対する嫌がらせその他諸々を王子様に暴かれて聖女として相応しくないと断じられ、確かに処罰として国外追放を命じられたから、彼女の言葉は嘘ではないんだけど。
でも、普通自分が受けるかもしれない処罰を最初から知ってるって事、ある……?
一応私もね、確認してみたのよ。
司祭様とかに。王子に相談はいきなり初っ端から最終兵器使うみたいな気持ちだったから、とりあえず自分たちの一つ上の立場くらいの人たちに確認してみたの。
でも、そういう場合の処罰って明確に決まってるわけじゃないから、彼女がどうして国外追放って言い切ったのか、司祭様たちも首を傾げてたわ。
もしかしてお貴族様の中でも上の立場とかだと知ってる情報とかなのかしら……?
って思ったので、王子様ともお話しする機会があった時に確認してみたの。
「彼女が本当にそう言ったのか? ふむ……妙だな……?」
そしてこれが私が相談した時の王子様のリアクションです。
探偵作品だとここで彼女への疑いが一気に増すような――それこそアリバイがあって疑いから逃れたものの、しかし不用意な一言によって探偵に犯人である事の確信が強まってしまった――そんな、雰囲気でした。
王子は少しだけ時間が欲しいと言いました。
裏でそれとなく調べたりしてくれるんですかね。悪役令嬢の言う国外追放に関しては、必ずしもそうと決められているわけではない、というのが王子の答えでしたから。私からすると、彼女も転生者で原作を知っているからそういう発言をしているんだな、で納得できるけれど、それ以外の人にしてみれば不可解だと思うのも当然でしょう。
その後、王子は何度か聖女や聖人候補たちと普段通りの交流をしていました。そこには勿論あの悪役令嬢になってしまった彼女も含まれます。
王子の態度は今までと変わらないのに、それでも勝手に彼女は何を勘違いしているのか、私と王子が恋仲になりつつある、と思い込んでいるようでした。
……原作ならそうかもしれませんが、しかし今は違います。
私はあくまでも彼女の態度によって修練や勉強といったものに集中できなくなってきているので、普通に困った結果相談しただけです。
前世だって、会社で困った事があればとりあえず上司に相談するでしょう?
それと同じです。このままでは業務に差し支えるとなれば報告と相談するのは当たり前の事だと思うのですが。余程のブラックでもなければ話に耳を貸すくらい、上司だってするわけですし。
悪役令嬢として実際ヒロインである私を排除しようという動きをし始めたせいで、後ろ暗いんだろうなぁ、とは思うの。
疚しい事がないのなら、王子と会話をするにしてもなんともないはずだけど、実際私を排除しようとして悪役令嬢ムーブかましちゃってるから、王子との会話でももしかして裏を探られてるのでは……? って疑ってるっぽいのよね。
そうして話が特に盛り上がるでもなく、自分の事をアピールしようにも不発に終わったりした結果、私にやってくる八つ当たりよ。
確かに原作では私と王子がくっついたけど、今の私は別にそこまで王子と結ばれたい、とか思ってない。
恋をしようと思えばできるかもしれないけれど、そんな事より現状神殿での生活の安寧を選びたいってのが本音だ。
ちなみに聖女候補も聖人候補も一定期間神殿で生活するから、ある程度身分が高かろうとも一日の終わりに自分の屋敷に帰る、とかではない。屋敷から通いで来てくれれば物理的に距離を取れる時間があるというのに……この国独特のあれやこれやが結果として私を危機に陥らせてるのよね……おのれ。
まぁ、移動だけでも結構な時間がかかるところもあるから、そうなると修練に費やす時間がそれぞれ異なってくるっていうのもあるんだろうけどね。
私は今現在王子に対しては普通に上司という認識でしかない。
甘酸っぱいやり取りなんて一切してない。
なのに向こうの悪役令嬢が勝手に原作展開と同じように私と王子がいい仲になってると思い込んでいるのだ。
違う、と言ったところで聞く耳を持っちゃくれない。恋に落ちて、嫉妬に狂ってると言えばその通りなんだけど、こっちからしたらいい迷惑である。
ましてや向こうは原作知識があるから、どれだけ嫌がらせをしたところで万一最後に自分が失敗して断罪されても国外追放で済むって認識だから、嫌がらせとかがかなり陰湿かつえぐくなってきている。
原作でそこまでやってねぇよ、って言いたくなるような勢いでやらかしているのだ。
まぁ、こっちも一人にならないようにしてるから、本当にこれ以上はアウトでしょ、ってなる前に止めに入ってくれる人がいるのでどうにかなってるけど。
これ私下手に一人になったらその時点で殺されるんちゃうやろか……?
あわよくば死んでくれたら邪魔者がいなくなるし、そうなれば自分が王子と結ばれる可能性もある、って思ってるのかなぁ……?
パワハラかモラハラか微妙なとこだけど、私貴方に嫌がらせされてるんです、って報告してるしそれが事実であるという裏付けも取れてるから、仮に私がいなくなったとしても王子様の貴方への印象、大分最低ですよ……?
これが普通に貴族社会での社交界でのあれこれだったら、それくらい図太く相手の足を引っ張れる方が頼もしいって評価になったかもしれない。性格最悪だけど。
でも、ここあくまでも神殿で、私たちは聖女候補として切磋琢磨しているわけであって。
彼女の行いってそうなると、聖女として不適切すぎるんだよね。
原作知識があるが故に、私と王子が結ばれると思い込んでいて、それでも王子様に恋をしてしまったからその未来を変えようとした、ってところまでは理解できるけれど、だからって原作よりも過激に私に嫌がらせをしていい理由にはならないし、ましてや最終的に王子と結ばれなくても国外追放で済むなら異国の地で第二の人生を始めればいい、っていう考えがさぁ……どうなんだろうね?
そうして案の定と言うべきかなんというか。
最終選抜試験を受けた後で、彼女は原作通りに断罪される事となってしまった。
これで成績が原作以上に優れていた、とかであれば聖女になっていたのは彼女だったかもしれないけれど。
嫌がらせに精を出しすぎた結果、座学はともかく実践での癒しの魔法とか、もしかしなくても原作より成績下がってませんか……? ってなったのはきっと気のせいではない。
なんで原作知識があって自分の未来をよりよく変えようって気持ちがあるのに原作展開に沿っちゃうのかな……? その結果私への嫌がらせとか問題視されて日頃の行いも聖女や神殿の人間として不適切、みたいな判定下されて神殿に所属もできなくなってるし。
何事もなく家に帰れば令嬢として社交界でどうにかなったかもしれないけれど、彼女のやらかしは家にも通達されてしまった。それも王子様直々に。
王族からそんな事を伝えられた彼女の両親は、彼女の事は家の恥としてしまったし、結果として聖女を害した存在となってしまったわけだ。
えぇそうです。聖女、私になっちゃった。
原作以上にえげつない嫌がらせもされたけど、それで自分の成績落としたら相手の思うツボだなって思って必死でしたよこっちは。ぜってぇ成績で負けねぇって気持ちで奮起しました。唸れ拙僧の不屈の精神。
周囲も彼女の私への嫌がらせの一部を目の当たりにしていたから、それにも負けない私に対する評判が上がったよね。
ただ、まぁ、原作と異なるのは、私と王子は恋仲ではなかったので。
原作と違って悪役令嬢を断罪した後、王子が私に対して告白するような事にはならなかったのである。
まぁ、実際恋も芽生えてないのに告白されたら私だって戸惑う。なのでそこは全然構わない。
そして、原作展開を少しでも変える事ができた、と思ったであろう彼女は。
恋愛フラグが折れてざまぁ! みたいな顔をしていた。
いや貴方、国外追放されるんですけど……?
そんな余裕かまして大丈夫?
断罪される日が近づくにつれて、彼女の方もあぁこれ国外追放は免れないわ、って覚悟決めたのかもしれないけれどもさ。
この国追い出されたらどこの国へ行こうかしら、とか計画立ててたのかもしれないけれどもさ。
でも、追放される場所は決まってるのよね……
私が王子様に相談して、その後必死に努力して聖女として相応しくなろうとしていたのを見ていた王子様は、割と早い段階で悪役令嬢である彼女を見限っていた。
私に致命的な被害が出ないよう、聖女候補や聖人候補たちの中に自分の側近を紛れさせて、それとなく私を守るように手配もしてくれていた。まぁ側近の人たちもほら、神殿関係者だからさ。普段私たちが顔を見る事のない相手だったら、紛れても気付かないっていうね……
努力して高みを目指す私と、足を引っ張る事に全力を出す相手とじゃ、どっち応援するかってなると……ねぇ?
努力しても能力値的に平凡だったらまた違ったかもしれないけど、私は結果も出してきた。
それもあって、大分手厚く保護されたと思っている。
王子様は他の聖女候補や聖人候補たちと話をする事もあるから、その流れで私との会話をする時に、彼女が追放される国についても教えてもらう事ができた。
そもそもの話、国外追放しますってなった時ってさ、別に国境の関所みたいなところからドンと押し出されて二度とこの国に入ってくんじゃねぇぞ、とかじゃないんだわ。
国境に存在してそうな深い森――獰猛な獣がいるとかいう噂があればなお良し――に放置とかでもないんだわ。
いや、一応それに近い事をする場合もあるんだけど、その場合って身動き取れないようにして放置して獣の餌にするっていう……まぁ、ぶっちゃけて言うと鳥葬ならぬ獣葬、つまりは死ぬことが確定してる状態なわけで。
仮に拘束が解かれたとして、逃げ出して……みたいな事にもならないように、足の腱切って逃げられないようにした状態でやるらしいよ。
首ちょんぱ式の処刑の方が一瞬で済みそう。生きたまま獣の餌になる処刑って、それどんだけの事をやらかしたらそうなるの……? って感じだもの。
獣のみならず下手したら雑食性の昆虫の餌にもなりかねない。うわ想像しただけで最悪。
いやそりゃあね?
よく中世ヨーロッパ風のファンタジーワールドだけどそこそこ現代風の何かがあるご都合主義世界観とかだと、追放刑って他国へ放逐って感じでそっから成り上がったりする話もあるけれども。
もう読者が散々突っ込んだ事だから今更だけど、犯罪者を押し付けられる他国の気持ち考えたら、そんな追放あるかよって話なのよね。
だって、下手したら凶悪犯を自分たちの国に放逐されるわけでしょ?
それで自分たちが暮らしていた平和な町や村にある日ふらりとよそ者が流れ着いてきて、そいつが実は犯罪者で、ってどう考えても厄介ごとの気配しかしないわけで。
事件が起きて解決に乗りだしたら実はそいつ他国から押し付けられた犯罪者でした~、って判明した時点でその国との関係悪化するよね常識的に考えて。
犯罪者がその国に居られなくなって他国にとんずらかましてきました、っていうのはさ、もう仕方ないわけよ。
でも、国の方から押し付けられたってなったらさ、何してんのそちらの国ぃ!? ってなるのよ。
スケールを一般市民に分かりやすい感じにして例えるのならば……
そうだなぁ。単に流れてきて国が関係してないバージョンを例えると、きっとこう。
自分が住んでるマンションとかアパートの隣の部屋が空いていて、そこにある日引っ越してきた人がいました。
ひょんな事からその人が前科持ちである事を知ってしまいました。
で、国が関係してる場合は、自分の知り合いとか家族があんたが住んでる隣の部屋空いてるから紹介したのよ、っていう感じだろうか。
親元離れて一人暮らししてたところに、隣の空き部屋を犯罪者に紹介する身内とか、想像しただけで縁切り一択では?
まぁあくまでも例え話だけども。
でも、事前にそういう情報もなしにやられてみたらさ、今までの信頼とか信用とか大分消えると思うの。
なのでこの国で言われる追放刑は、そういうのではない事だけは確か。
ではどこに連れていかれるのかと言うと――
――こんなはずじゃなかった。
とある作品の世界に悪役令嬢として転生した女は今更のように後悔していた。
知っている作品。原作知識というアドバンテージでもって、自分にとって有利な展開に持っていけるのではないか、なんて思いもした。
聖女候補として努力を重ねるも、しかし聖女に選ばれず、それどころかヒロインに嫌がらせをしていた事で断罪されて国外追放されるヒロインの引き立て役。
そんな惨めな展開を回避したくて、最初の頃は勿論きちんと努力していた。
聖女に選ばれるように、魔力を高める修行も座学も何から何まで!
学ぶ内容は多岐に渡って、下手をすれば王妃に並ぶほどではないかと思ったけれど、生まれた家が高貴なる身分であったが故に、幼い頃から様々な事を学ばされてきたから自分にはそういったアドバンテージもあると信じていた。
神殿を統括する立場の殿下も、王太子ではないとはいえ激務である事にかわりはない。
けれども彼は弱音を吐く事もなければ、身分で人を差別などする事もなくて。
好きになった切っ掛けは憶えていないけれど、でも、知っている作品の登場人物としてなんかじゃなくて、本当に好きになっていたから。
ヒロインと結ばれる未来を変えたくて、できれば自分を選んでほしくて。
どうにか選ばれようと頑張ったのだけれど。
でも、駄目だった。
どれだけ頑張っても聖女としての資質というか才能というかはヒロインに勝てなかったし、原作知識をもってしても敵わなかった。誰にでも分け隔てなく優しく振舞っているヒロインだけど、原作を見ていた時は好きだった彼女の事が、どうしても好きになれなかった。
原作で描かれる事のなかった日常で、ふとした瞬間どうしようもなくヒロインの事が嫌いになった。
にこにこと微笑んでいるその顔が、とても気に食わなかった。
殿下は神殿で共に切磋琢磨している聖女候補や聖人候補たちとのコミュニケーションも欠かさなかった。誰かを贔屓するような事もなかった。
それでも、原作ではヒロインと結ばれる事を知っている身としては、何気ない会話しかしていなくても、いつヒロインに対して好意を持ち始めるのか、気が気じゃなくて、だから楽しそうに笑っているヒロインがどうしようもなく憎かった。
堂々と殿下と恋仲になりました、なんて言わないのはわかっているけれど、でも、もしかしたら既に……? と思えば思うだけ、そして彼女が聖女として相応しいと言われる程に頭角を現してきたのもあって、焦りもあった。
私は努力をしても、そこまでの成果が出せなかったから。
このままだと、聖女の座も、殿下の隣も何一つとして手に入らない。
原作のようにヒロインに嫌がらせをするのは避けたかったけれど、でも、幸せそうなヒロインがどうしようもなく許せなくなって。
嫌がらせでちょっとでも心が傷つけば、もしかしたら私の気が晴れるのではないか、と思って。
最初は、ちょっとした、本当に些細な嫌がらせだったのだけれど、気付いたら止められなくなっていた。
彼女が嫌な気持ちになっている、と思うだけで、自分の心が高揚するのだ。
仮に聖女となったとしても、ふとした瞬間過去の事を思い出した時、辛い事もあったけれど、素敵な思い出ばかりだったわ、なんて言えないような人生になればいいと思った。
そんなはずはない、と思っていても、それでも私は思ってしまった。
私の幸せは彼女の不幸の上に成り立つのだと。
そう考えたら、いっそ原作のように断罪されたって構わないと思えるようになってしまった。
だってどうせ、死ぬわけじゃないのだ。
絞首刑だとか斬首刑だとか、はたまた火炙りなんていう恐ろしい死に方をするわけでもなく、戒律の厳しい修道院に生涯押し込められるわけでもなく、国外追放。
国外追放というのも相当だけれど、でも、どうせもう殿下が私を見てくれる事はないのなら、失恋した気持ちを新たな恋を見つけて癒す事も考えるべきだ。
この国じゃない別の国でなら、もしかしたら幸せになれるかもしれない。
そうだ、国を出てしまえば、ヒロインと殿下が結ばれる光景を見る事もない。幸せな二人を遠くから眺めて惨めな気持ちになる必要だってないのだ。
そうよ、そう。
それならいっそ原作通りに悪役令嬢としてヒロインをとことんまで虐めぬいてあげれば二人が結ばれる手助けをした事にもなるんじゃないかしら?
そう、悪役令嬢の最後は決まっている。国外追放。
だったら、どれだけ嫌がらせをしたところで何も問題はない。
そうよ、私は二人を結び付けるためにやっているの。
だったら、これは正当な行為。正しい行いだわ。私は嫌がらせをしているんじゃない、二人のために徳を積んでいるの。ふふっ。
そうして二人が結ばれたなら、私はこの国にいられないけれど。
でも、ここ以外の国に行ける。
そこで、私も幸せになるの!
どの国に行こうかしら?
北は寒いからあまり行きたくないわね。
冬になったら雪が深く積もるところは嫌。
南の方はどうかしら?
あまり暑すぎるのもイヤね。
程々に過ごしやすいところがいいわ。
となると……あの国かしら。交易が盛んだって話も聞くし、物が豊富で豊かなところなら、欲しい物があったらすぐに入手できるだろうし。
そうね、一応追放される時のために、私物で換金できそうな物を小分けにして隠し持っておかなくちゃ。
そんな風に考えて、女は追放後の――原作が終了したその後の未来に思いを馳せてすらいたのである。
一生懸命頑張っても結局ヒロインに勝てなかったし、王子に見向きもされなかったのは原作補正だとか、物語の修正力とか強制力のせいに違いない。だったら、原作が終わった後ならきっと自分も幸せになれるはずだと。
そう信じて疑わなかった。
だからこそ、自身の断罪が始まった後、王子がヒロインに告白しなかった事に関しては、内心で戸惑いつつも同時に歓喜さえした。
国外追放を言い渡されたのはもう決まった未来であったけれど。
だがしかし、ヒロインは王子と結ばれていない。
それはつまり……自分は、完全とはいかなくても、原作に勝利したのではあるまいか。
完全勝利はできなくても、それでも運命に反逆できるのだと思えた。何をしたところで運命を変える事ができないわけではなかった。決して、無力なまま運命に翻弄されるだけではないのだ。
そう思うと、追放後の未来にも希望が持てた。
だからこそ、女は意気揚々と国外追放を言い渡されて、予め目星をつけてあった国へ旅立つべく意気揚々と――はならなかった。
女は用意してあった荷を持って自分の足で移動するつもりだった。原作知識で家からも追い出される事はわかっていたから、町の乗合馬車なりを使って国を出るつもりだった。
けれども女の行動を阻むように王子が指示を出せば、彼の側近たちが速やかに女を拘束した。
ここで、女の目論見は外れた。
抵抗できないように腕を縛られ、魔法を使えないよう魔封じの首輪をつけられる。
そうしてそのまま――彼女が密かに用意してあった荷を持つ事すらできないまま、彼女は事前に用意されていた馬車に乗せられ運ばれて――
予定していた国ではない、彼女が候補にすら上げなかった国に連れていかれたのである。
国境を過ぎた後馬車からその場にポイ捨てされればまだどうにかできる可能性はあったかもしれない。
馬車の中で彼女は監視に選ばれた王子の側近である神官と巫女によって食事を口に運ばれ、トイレなどの世話までされて、逃げ出すチャンスもないままで。
たどり着いたと思った場所で、今度は背中に奴隷刻印を刻まれたのである。
焼けつくような痛みに絶叫しても、誰も助けてくれなかった。
その後は足に枷のつもりなのか、装飾の入ったアンクレットをつけられて。
これが枷になるとは思えないけれど……と思ったのは一瞬だった。
アンクレットから徐々に自分の中の魔力が奪われていく感覚。
背中の奴隷刻印によって、逃げ出そうにも逃げ出せなかった。彼女の自由意思は完全に奪われてしまったのだ。
例えばこれが、隷属の首輪などであったなら、首輪を外してしまえば自由にもなれただろう。けれども、刻印は魔法処置もされている代物だ。背中の皮膚をはがしたとしても、魔法の効果は続く。
更には魔力まで奪われてしまえば、本当の意味で抵抗などできるわけがなかった。
すべての処置を終えた事を確認すると、女をここまで運んできた者たちは帰っていった。
助けを求めたところで、振り返る事すらなかった。一瞥すら与えられない。
残された女に、主と名乗る者が彼女の今後について説明をする。
黒ずくめで顔もほとんど隠しているし、声も中性的で性別すらわからないが、逆らえば奴隷刻印から罰が与えられるため、女はただひたすらに黙ってご主人様の話を聞く事となった。
女がいた国と、こうして今いる国とは友好関係にあたる。
あちらの国は豊かで、この国はそうではない。故に、支援が必要であった。
国土はこちらの国の方が広いのだが、いかんせん開拓がされていない未開の地がほとんどだ。
だからこそ、この国は人手を必要としていた。
開拓だけではない。他の分野に関しても圧倒的に人手が足りない。
故に、この国は人手を必要としていた。
といっても、優秀な人間を他国が簡単に寄こしてくれるはずもない。
かといって、無能ばかり寄こされても困る。
選り好みできるような状況でもないのだが、それを解決する方法が――
犯罪者の受け入れである。
魔法を使える者に関しては、魔封じの処置をして。
更には魔力を奪い取る道具で抵抗手段を奪っておく。
そうでなくとも、奴隷刻印さえつけてしまえば逆らえない――が、中にはそれでも一度だけでもと気合と根性で一撃くらわそうとする者も出る。
故に、魔法を使える者に関しては一度だけの反撃でもそれなりに面倒な事になるので、魔封じと魔力を奪うのは必須であった。
奪った魔力は魔石を使用した魔法道具を動かすのに使う。
いずれ精神が摩耗して自我がほとんど失われるような状況になれば、魔封じの首輪を外した上で命令して魔法を使わせる事も可能だ。
自我があるうちは刺し違えてでも……なんて気持ちで反抗されて魔法を使われると大惨事になりかねないので、決して魔封じの首輪を外す事はないのだと告げられる。
魔法が使えない力自慢の荒くれ者などは、離れた場所から命令をすればいいだけなので、魔法を使える者よりも扱いやすい。
この国の労働者のほとんどは同盟国から送られてきた奴隷である。
国から追い出したいくらいの厄介者を本来なら他国が喜んで受け入れる事はないが、しかしこの国は人手は多ければ多い程良いという状態なので。
死体であっても利用価値があるのだ。この国では。
他国の犯罪者を労働力として受け入れる事で、この国の開拓を進めていく。
そうして得た資源などを還元していく契約で同盟は成っていた。
いずれ資源が枯渇するかもしれないが、それも遠い未来の話。
そうなる前に、新たな他国との友好関係を築き維持するための物を開発しなければならないけれど。
この国の本来の住人たちは人間ですらないので……まぁ、どうにでもなるだろう。
自身の置かれた状況を丁寧に教えられた女が気付いた時には、完全に手遅れであった。
今更こんなはずでは、と嘆いたところで現状が変わる事はない。
原作のラストで悪役令嬢は追放されるだけ、と甘く考えた結果、逃げ出す事もできず死ぬまで奴隷として働く事が決まってしまったのだ。しかも下手をすれば死んだ後も労働する可能性まである。
だって見てしまった。
死霊術師によって酷使されている、スケルトンたちを。
死んだ後すら安らかな眠りを許されない程の罪を犯したつもりはなかった。
ただ、追放刑だからと甘く見て、そうして原作以上にヒロインを虐め倒しただけ。
だが今更そんな事を言ったところで。
誰も彼女を助けてはくれないのである。
原作聖女 王道的ヒロイン
転生聖女 仕事はきちんとやるけど私生活はだらけがち
原作悪役令嬢 とことんまで性格が悪い
転生悪役令嬢 驚愕のよわよわメンタル
そこら辺の差異で原作との結末が変化しました。
原作悪役令嬢は性格が悪くてもメンタルもとっても図太いので、引き際を見誤ったりはしませんでした。ヒロインを虐めてもある程度の線引きはしていた。転生悪役令嬢はその線引きが原作よりもできないままやらかしたので、立ち回りを完全に失敗した結果一番ヤバイところに送られてった。
原作の追放先はこことは別。
次回短編予告
魔王の脅威でこの世界はもう終わりだァ……
そうだ異世界から勇者様を召喚しよう!
次回 勇者召喚トラップ
その勇者召喚、本当に大丈夫ですか……?