第1部:降臨
## 第1部:降臨
### プロローグ:予兆
2027年4月15日、ハワイのマウナケア天文台。ソフィア・ヴァレンズエラは睡眠不足の目を擦りながら、モニターに映る不規則なデータパターンを凝視していた。三日間連続で観測されているこの異常、多くの同僚は単なる機器の不調だと片付けようとしていた。
「これは違う」彼女は小声で呟いた。「何かが近づいている」
同じ時刻、世界各地の天文学者たちが似たようなデータに首を傾げていた。人類の多くは春の日差しを楽しみ、日々の生活に忙しく、空の彼方から近づいてくる影に気づくはずもなかった。
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2027年4月28日、国連安全保障理事会緊急会合。
「我々の分析では、これらの天体は明らかに制御された動きをしています」NASA代表が厳しい表情で説明した。「自然現象では説明がつきません」
マイケル・ハーディング将軍は腕を組み、冷静に状況を分析していた。元米国統合参謀本部議長である彼は、この会議に軍事専門家として招かれていた。
「現時点での最悪のシナリオは?」フランスの代表が尋ねた。
「それを議論するには、この会議室の機密レベルを上げる必要があります」ハーディングは静かに答えた。
会議の数時間後、世界各国は静かに軍事的警戒態勢を強化し始めていた。
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2027年5月1日、午後11時30分(日本時間)、東京・自衛隊市ヶ谷基地。
タクミ・サトウ三佐は通信回線の安全性確認に没頭していた。先週からの奇妙な電磁ノイズが、再び強度を増していた。
「サトウさん、また例の妨害が」若い技術士が報告した。
「パターンに変化はあるか?」タクミは疲れを押しのけて尋ねた。
「はい。今回は明らかに指向性があります。まるで…」技術士は言葉を選びながら、「まるで何かが私たちを探っているみたいです」
タクミはモニターを見つめ、不安を感じながらも冷静さを保った。十年の軍歴の中で、彼は直感を信じることを学んでいた。そして今、その直感が警告を発していた。
「全通信システムのバックアップを即刻開始。物理的に隔離されたシステムで」彼は命令した。
そして数時間後、彼の予感は恐ろしい形で的中することになる。
### 第1章:ファースト・ライト
2027年5月2日 03:15 UTC
ロンドン上空を飛行中のブリティッシュ・エアウェイズ293便。エミリー・ニュートンは乗客たちが寝静まった機内で、窓の外の星空に視線を移していた。29歳のベテランパイロットにとって、こんな静かな夜間飛行は息抜きのようなものだった。
突然、計器が狂い始めた。
「管制塔、こちらBA293。全システムに異常が発生しています。応答願います」
無線からは静電気のような雑音だけが返ってきた。
「リチャード、見て」彼女は副操縦士に窓の外を指差した。
空が光り始めていた。朝日のような暖かい光ではなく、冷たく青白い閃光が、まるで空間そのものが裂けるように広がっていた。
「何なの…これ」
それは瞬く間に強烈な輝きとなり、空を覆いつくした。
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同時刻、東京。
タクミ・サトウは基地の屋上に出ていた。通信システムが完全に機能しなくなり、空に異常な明るさを感じたためだ。
彼の目に映ったのは、東京上空を覆いつくす青白い光の網だった。それは一瞬にして天空を埋め尽くし、次の瞬間、都市の各所から炎と煙が上がり始めた。
防衛省、米軍横田基地、重要通信施設—戦略的標的が次々と青白い光線で貫かれていく。
彼の耳に、基地内サイレンが鳴り響いた。訓練ではない。これは本物の警報だった。
「総員、対空防衛体制!」基地司令の声が響く。
しかし、対抗すべき相手は見えなかった。ただ空に広がる青白い光と、降り注ぐ破壊の光線だけがあった。
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チリ、アタカマ砂漠の天文台。
ソフィア・ヴァレンズエラは事態を理解しようと必死だった。望遠鏡を通して見える現象は、既知の天文現象のどれとも一致しない。
「これは攻撃よ」彼女は震える声で同僚に告げた。「地球は攻撃を受けている」
「誰に?」若い助手が問いかけた。
空に輝く光の中に、ソフィアは幾何学的なパターンを見いだしていた。自然にはあり得ない、明らかに人工的な構造物。
「彼らに」彼女は答えた。「私たちではない何かに」
通信が途絶える前、彼女は観測データを秘密のサーバーに転送した。人類が生き残ることがあれば、このデータが必要になるだろう。
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国連ジュネーブ本部、緊急対策室。
アミナ・カーンは震える手でタブレットを握りしめていた。元国連人道問題担当事務次長として、彼女は多くの危機を見てきた。しかし、目の前のライブフィードで展開されている光景は、想像を絶するものだった。
ニューヨーク、北京、モスクワ、ロンドン、東京—世界の主要都市が同時に攻撃を受けていた。
「衛星通信の80%が停止」スタッフの一人が報告した。
「米露中の軍事司令部への直接攻撃を確認」別のスタッフ。
「核戦力の状態は?」ジャン=ピエール・ルモンド元フランス大統領が尋ねた。
「不明。多くの発射施設が攻撃対象になっているようです」
アミナは深呼吸をした。彼女の役目は明確だった。生存者を救い、人類を守ること。しかし今、人類そのものが危機に瀕していた。
「地下シェルターへの避難指示を全世界に」彼女は命じた。「残っている通信手段を総動員して」
窓の外、ジュネーブの空にも青白い光が広がり始めていた。
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世界各地で、最初の24時間で10億人以上が命を落とした。攻撃は精密で容赦なく、人類の防衛・通信インフラを優先的に破壊した。軍事基地、発電所、交通のハブ、政府施設—現代文明の神経系が組織的に破壊されていった。
生き残った人々は混乱と恐怖の中で、理解しようとしていた。テレビ、ラジオ、インターネットの大部分が機能を停止する中、情報は断片的にしか伝わらなかった。
「宇宙人の侵略だ」
「神の怒りだ」
「秘密兵器の暴走だ」
様々な憶測が飛び交ったが、真実を知る者はほとんどいなかった。
ただ一つ明らかだったのは、人類が前例のない脅威に直面しているということ。そして、この「ファースト・ライト」と後に呼ばれることになる攻撃は、ほんの始まりに過ぎないということだった。
### 第2章:崩壊の縁
2027年5月10日、カナダ・バンクーバー近郊。
エミリー・ニュートンは森の中を静かに進んでいた。ロンドンから大西洋を越え、奇跡的に生き残ったBA293便は、カナダ東部の小さな空港に不時着していた。それから彼女は西へと移動し続けていた。
「どうして山に向かうの?」同行している少年が尋ねた。ロンドンからの便に乗っていた14歳のデイビッド。両親は着陸直後の混乱で行方不明になっていた。
「直感よ」エミリーは答えた。「山には隠れる場所がある。それに…」彼女は言葉を切った。
空には、今でも時々あの青白い光が見えた。そして光の下にある平地は、もはや安全ではなかった。
彼女のバックパックにはAM/FMラジオが入っていた。ほとんどの周波数は静かだったが、時々断片的な放送が聞こえてきた。政府残存勢力による避難指示、生存者グループからのメッセージ、そして噂—地球に来たのは「シルバースキン」と呼ばれる生命体だという。
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スイス・アルプス、地下施設。
「現在確認できている各国政府の状況を報告します」
国連暫定危機対応委員会の会議で、若いスタッフが震える声で説明していた。アミナ・カーンとジャン=ピエール・ルモンド、そして世界各地から脱出してきた数少ない指導者たちが耳を傾けていた。
「アメリカ合衆国:大統領行方不明、副大統領は死亡確認。残存閣僚による暫定政府がロッキー山脈内の施設で機能中」
「中華人民共和国:北京壊滅。中央政府は四川省の軍事施設に移動。沿岸部の主要都市は80%以上が機能停止」
「ロシア連邦:モスクワ、サンクトペテルブルク壊滅。シベリア内陸部に政府機能移転」
報告は続いた。インド、日本、ドイツ、フランス、イギリス…どの国も壊滅的な打撃を受けていた。
「我々は今、国家としてではなく、種としての人類の生存を考えるべき時です」アミナは静かに、しかし強い決意を込めて言った。
部屋の隅で、マイケル・ハーディング将軍は腕を組み、黙って聞いていた。彼の心の中には戦略が形作られつつあった。国家間の古い対立を超えた、人類としての戦略が。
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日本、箱根山中の自衛隊秘密基地。
タクミ・サトウは通信装置を慎重に調整していた。標準的な周波数帯は全て妨害されていたが、彼は特定のパターンを見つけていた—侵略者の通信妨害には「隙間」があるのだ。
「送信準備完了」彼は小声で言った。
基地内には百人ほどの隊員と、近隣から避難してきた民間人が身を寄せていた。東京は壊滅し、日本政府の行方も分からない。今や各自衛隊施設が独自に行動していた。
「こちら仮称・富士拠点。日本国内および海外の生存部隊へ。我々は健在です。座標38.5.2北、139.1.27東に秘密通信ハブを確立しました。この周波数とパターンでの通信は敵の探知を受けにくいと思われます。詳細な暗号化手順を添付します。日本国内の生存拠点、応答願います」
タクミのメッセージは、他にも生き残っている人々がいることを願いながら、夜の闇に放たれた。
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インド、ニューデリー郊外。
ンゴジ・オコンクウォは即席の医療テントで負傷者の手当てに追われていた。彼女は25歳のナイジェリア人医学生。観光でインドを訪れていた時に侵略が始まった。
「水を持ってきて!」彼女は助手の少女に指示した。
テントの外では、数千人の避難民が不安げに空を見上げていた。ニューデリーの中心部は最初の攻撃で破壊されたが、郊外には多くの生存者がいた。
突然、遠くで轟音が鳴り響いた。
「来るわ!」誰かが叫んだ。
人々は慌てて避難を始めた。しかしンゴジは動かなかった。
「このテントを動かせません。重傷者が五人います」彼女は冷静に言った。「行きたい人は行ってください」
彼女は瞬時に決断していた。例え命を失っても、患者を見捨てることはできない。それが医師としての誓いだった。
しかし、予想された攻撃は来なかった。代わりに空から降下してきたのは、奇妙な形状の物体だった。それは緩やかに着陸し、開いていく…
それが「彼ら」との最初の直接対面だった。細長い体躯、6本の肢体、青灰色の外皮。人間とはあまりにも異なる生命体。
ンゴジは恐怖で凍りついたまま、彼らが周囲を調査するのを見つめていた。彼らは人々に直接危害を加えるのではなく、地面や植物のサンプルを採取しているように見えた。
何のために彼らはここに来たのか。彼女の科学的好奇心が、恐怖の中でも静かに問いかけていた。
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世界中で同様のパターンが繰り返されていた。最初の破壊的な攻撃の後、侵略者たちは地上に降下し、基地を設立し始めた。彼らはアフリカ中部、南米アマゾン、オーストラリア内陸部など、特定の地域に集中していた。
明らかな共通点は、それらが資源豊富な地域だということだった。彼らは採掘活動を始め、地球の資源—鉱物だけでなく、生物サンプルも—を収集していた。
人類は混乱と恐怖の中で、徐々に抵抗の態勢を整えつつあった。地下シェルター、山岳地帯、離れた島々—彼らの直接的な活動範囲外の場所で、生存者たちは集まり始めていた。
そして断片的な通信網を通じて、情報が共有され始めていた。侵略者についての観察結果、彼らの技術、そして何より重要なこと—彼らにも弱点があるらしいということ。
人類の反撃は、まだ始まったばかりだった。
### 第3章:生き残りたちの結集
2027年6月11日、スイス・アルプス、地下施設。
「国連暫定危機対応委員会をここに地球防衛連合として再編することを提案します」
アミナ・カーンの声は、地下の会議室に響き渡った。世界各地から集まった生存指導者たちが、厳しい表情で彼女を見つめていた。
「我々はもはや国家の代表としてではなく、人類の代表として行動すべきです。このままでは種としての存続が危ぶまれます」
マイケル・ハーディング将軍が立ち上がった。「私は軍事的観点から同意します。現在わかっている敵の特性と戦力を考えると、分断された対応では勝機はありません」
「中国はこの提案を支持します」テレビモニターを通して参加している趙明玲将軍が頷いた。元中国人民解放軍宇宙軍司令官の彼女は、四川省の秘密施設から参加していた。「私たちの間には多くの相違点がありますが、今はそれを超える時です」
一人、また一人と指導者たちが賛意を示した。かつての敵同士でさえ、共通の脅威の前に立場を変えつつあった。
「地球防衛連合」(Earth Defense Federation: EDF)の結成は、侵略開始から約40日後のことだった。
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カナダ・ロッキー山脈、秘密基地。
「これがすべての通信記録です」
タクミ・サトウは緊張した面持ちで、EDF総司令部に集められた情報を提出した。彼の考案した特殊通信方式は、侵略者の探知を免れる数少ない手段として採用され、世界中の抵抗グループを結ぶ「レジスタンス・グリッド」の基盤となっていた。
エレナ・コバレンコ大佐が彼の資料に目を通していた。元ロシア特殊部隊司令官の彼女は、今やEDF特殊作戦部門の責任者だった。
「これによると、敵は特定の電磁周波数に対して異常な反応を示すと?」彼女は鋭く尋ねた。
「はい。430から450MHz帯で彼らの動きが鈍くなり、一部の個体は明らかな不快感を示します」タクミは答えた。「日本国内三カ所、韓国と台湾で各一カ所、計五カ所で同様の現象が観察されています」
その情報は即座にハーディング将軍に報告された。
「これが本当なら、初めての弱点かもしれない」ハーディングは静かに言った。
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ニュージーランド南島、グローバル・サイエンス・ハブ。
ソフィア・ヴァレンズエラとダニエル・チェンは、地下研究施設で捕獲されたネイラム生体サンプルを分析していた。
「生物学的には炭素ベースの生命体ね。でも細胞構造には明らかにシリコン化合物も取り込まれている」ソフィアは顕微鏡から顔を上げて言った。
「最も興味深いのは神経系ね」ダニエルが続けた。「個体間で何らかの生物学的ネットワークを形成できる可能性がある。まるで…生きたWi-Fiのような」
44歳のシンガポール系アメリカ人、元シリコンバレーAI起業家のダニエルは、今やEDF技術革新局長として働いていた。彼の技術的創造性は、未知の敵に対する新たな防衛手段を開発する上で不可欠だった。
「彼らが『ハイブマインド』と呼ばれる理由がわかるわ」ソフィアが頷いた。「でも完全な集合意識というよりは、階層的なネットワーク構造よね。個々の『ノード』が特定の機能を担当しているように見える」
彼らの研究は、敵を理解し、効果的に対抗するための基盤となるはずだった。
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インド、ニューデリー郊外。
「みんな、急いで!」
ンゴジ・オコンクウォは避難民キャンプの人々を誘導していた。数週間前、ネイラムの調査部隊との初めての遭遇以来、彼らは徐々に活動範囲を拡大していた。今や彼らはニューデリー郊外に小規模な前線基地を設立し、周辺地域からサンプル収集を続けていた。
住民たちはキャンプを移動させ、より安全な場所に避難しようとしていた。しかし突然、空からネイラムの小型機が現れた。
「隠れて!」ンゴジは叫んだ。
しかし逃げる時間はなかった。ネイラム機は彼らの位置を突き止め、着陸して調査を始めた。住民たちは恐怖で凍りついていた。
そのとき、キャンプの端から銃声が響いた。EDFから派遣された少数の特殊部隊だった。彼らの狙撃は正確だったが、ネイラムの装甲に対してはほとんど効果がなかった。
「水を!」ンゴジは突然、閃いたように叫んだ。近くにあった灌漑用のポンプシステムを指差して。「あれで彼らに水をかけて!」
彼女は偶然、ネイラムが水に浸された時、特に雨水のような低イオン状態の水に接触した時、一時的に機能が低下することを観察していたのだ。
特殊部隊は彼女の指示に従った。水流がネイラムを直撃すると、彼らの動きが明らかに鈍り、混乱した。その隙に、部隊は住民たちを安全な場所へと誘導した。
ンゴジの観察眼がキャンプの全員を救ったのだった。
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こうして、世界各地で小さな抵抗の火種が灯り始めていた。
EDFは軍事戦略の立案、科学者たちは敵の研究、そして一般市民による自発的なレジスタンス活動—それぞれが異なる形で人類の生存に貢献していた。
情報共有が進むにつれ、いくつかの重要な発見がなされた。
- ネイラムは特定の電磁周波数に脆弱性がある
- 彼らの生物学的システムは水、特に純水に一時的に混乱する
- 彼らの通信システムには「盲点」があり、特定のパターンで通信すれば探知されにくい
- 彼らは地球の極地環境や高山環境に適応しづらい様子がある
これらの発見はすべて、人類初の組織的反撃作戦の計画に活かされることになる。
世界は崩壊の縁にあったが、希望の光はまだ完全には消えていなかった。