#04 騒ぎ
《ヴォルの父視点》
夜。
息子が倒したという魔物の姿を見て、俺は驚愕していた。
宮廷魔導士の俺は忙しい。
息子の鑑定の儀式に出られないほどに。
しかし、鑑定の儀式で魔力が『0』と言い渡された息子がAランクの魔物を倒したとなれば、帰らずにはいられなかった。
「本当にヴォルが倒したのか?」
「・・・はい。何人もの使用人が見ております。」
Aランクの魔物は強力だ。
俺が7歳の時に討伐するなど、到底不可能だった。
最高の才を持つ次男のマジアでも、まだ厳しいだろう。
それを、剣一つで倒してしまった。
何か裏があるように思えてしまう。
身体強化魔法なら・・・いや、ありえない。
魔力なしの子どもをAランク魔物を討つまでに強化するのは、俺でも難しいからだ。
ならば、息子に剣士の才があると考えた方がまだ可能性がある。
確かに、帝国軍元帥・バスト公爵は、6歳でAランク魔物を討伐したそうだ。
だが、魔法使いの家系に剣士が生まれることなど、ほとんどない。
そもそもが、バスト公爵の父は剣士なのだ。
それも、歴史に名を残すほどの。
_【大将軍】エストリア。
歴史上で三人しかいない、【大将軍】の一人だ。
大将軍の血筋と比べるには、我が血に戦士の力が宿っていない。
「この目で確かめるのがよいか」
「当主様、それは・・・。」
「明日の朝、何も知らせずにヴォルを庭へ呼べ。俺と戦わせる」
◆◆◆
朝。
使用人の一人の声で、俺は目覚めた。
「ヴォル様、庭へお越しください。外で朝食とのことです」
「そうか。すぐ行く」
しかし、その狙いは分かり切っている。
魔力なしの俺が剣一本でAランク魔物を討ったとなれば、忙しい父も帰ってくるはず。
そもそも、屋敷が襲撃されただけでも帰ってくるのが普通だ。
そして父が帰ってくれば、その目で俺の強さを確かめようとするだろう。
母はわざわざ、ヴィオレと会う可能性のある庭へ俺を呼ぼうとはしない。
なら、父の指図でほぼ間違いないだろう。
「ヒナ、そういうわけだ。身体強化魔法を頼んでいいか?」
「もちろんです。お気を付けて」
そう言って、ヒナは魔法の詠唱を始める。
ヒナを守るために、ヒナの力を借りる。
これほど格好の悪い守り方はないだろう。
そもそも、ヒナに俺の力はいるのだろうか。
ヒナほどの魔法の才があれば自分でも・・・。
いや、ヒナは貴族の血を引いていない。
平民が魔法の才だけで成り上がろうとすれば、必ず消そうとする者が現れる。
どれだけ強い魔法使いでも、数の力には抗えない。
俺は前世で、ある陰陽師を謀殺した。
俺が教えを受けた、強大な陰陽師だった。
彼は、俺が着せた濡れ衣によって万の兵に囲まれ、討たれた。
それがヒナでも、同じことだろう。
「悪い。いつも力を借りて」
「いえ。私のために、動いてくれているのですから」
◆◆◆
「よく来た、ヴォルよ」
「帰っておられたのですね、父上」
そこに立っていたのは、父ソルセ・ルリー・パ・ラカーザ。
現公爵にして、宮廷魔導士の地位を持っている。
もちろん朝食をする雰囲気は全くなく、使用人たちが不安そうに見つめている。
「ああ。お前は、Aランクの魔物を倒したそうだな。」
「はい。」
「まさか息子に剣士の才があるとは驚いたよ。そこで、お前が今どれほどの力があるのか、見定めておきたい」
そう言って、父は魔法杖を召喚し、いきなり俺に向けた。
「っ!」
凄まじい速度で凝縮する魔力が、俺に放たれる。
無詠唱での射撃魔法だ。
なるほどな、と俺は思う。
身体強化魔法と剣士の才を見分ける最も簡単な方法だ。
身体強化魔法では、動体視力は上がらない。
だが、ヒナは身体強化魔法とともに、恐らく動体視力を上げる魔法を重ねて使っている。
全く、とんでもない奴だ。
「ふっ!」
俺は、その一撃を軽く回避する。
「・・・ほう、避けたか」
「父上、武器も持たない者に不意打ちは卑怯では?」
「ふん。戦場に卑怯などという言葉はない。だが、武器を持たせた方が実力は分かるだろう。」
そう言って、父は短く詠唱する。
すると、父の目の前に木剣が召喚された。
ヒナが近くにいて霞んでいるが、父も大概化け物だ。
あれだけの速さで木剣を召喚しているのだから。
「取れ」
父が投げた木剣を俺は受け取る。
「来い。」
魔法の才のない俺にもその圧倒的な魔力量は感じられる。
昨日の魔物の比ではない。
「〝我が魔力よ、敵を撃ち抜き給え〟」
かなり長い詠唱の後、膨大な魔力が凝縮し始めた。
放たれるのは、凄まじい速度と威力の射撃魔法。
だが、長い詠唱の分避けるのは容易だ。
しかし、そんなことは父も分かっているはず。
ならば、これは本命の攻撃ではない。
父は恐らく、回避した後に無詠唱の魔法で追撃するつもりだ。
だが、戦闘の駆け引きでなら誰にも負けない。
詠唱は長かったが、恐らくあの魔法は全力ではない。
俺は、木剣で射撃魔法を弾き返した。
手が痺れ、剣も反動で弾け飛ぶ。
「なっ!?」
父から驚きの声が漏れる。
その隙に、俺は父の方面へ駆け出した。
しかし。
父は、すぐに無詠唱の防御魔法を展開する。
今度は、全力の防御魔法だ。
それを俺は殴りつけるが、流石に破れない。
無詠唱でこれほどの硬度を持っているのだ。
防御魔法で守った隙に、父は詠唱をする。
「全てを焼き尽くす炎よ、世の悪を裁き給え」
炎魔法の詠唱。
それも、かなりの威力だ。
詠唱が長い分避けやすい。
だが、狙いは恐らく距離を取ることだろう。
とはいえ、このままでは巻き込まれる。
移動して木剣を取る。
そして、次の瞬間、魔法は放たれた。
凄まじい炎が、庭で爆ぜる。
そして、その炎は、俺に向かって凝縮し、射撃魔法のように放たれた。
だが、それも想定内。
重要なのは、次の一手。
恐らく、これを回避すれば前回のように魔法で追撃するつもりだろう。
だが、木剣では跳ね返すことはできない。
なら、対処すべきなのは追撃の方。
追撃が何の魔法かによって、打つ手は変わる。
最も可能性が高いのは風魔法。
風魔法の斬撃は無詠唱で発動できる上、回避も防御も難しい。
そこまで分かれば、後は簡単だ。
木剣で風を放ち、相殺すればよい。
炎が接近した瞬間、俺は横へ回避する。
追撃はやはり、風魔法の斬撃。
それを俺は、木剣を振ることで風を起こし、相殺した。
「・・・これを防ぐか」
「続けますか? 父上」
そう言うと、父は首を振った。
「いや、いい。・・・実力は十分に分かった。お前がAランクの魔物を倒したと、認めよう」
「ありがとうございます」
こうして、俺がAランク魔物を倒したという情報が公開されることになった。