#01 沈む
俺・一条家房は、最凶と謳われる謀略家だ。
幕府と朝廷の双方に権力を持ち、数多くの荘園と武士団を支配して巨大な富を得た権力者。
そんな俺の最期は、呆気ないものだった。
「まさか、お前がこのように愚かな男だったとはな。・・・家房」
目の前に立っているのは、近衛平嗣。
五摂家の筆頭にして、藤原北家の血を引く男だ。
「・・・貴様っ!」
そんな彼は、自分の娘をその腕に抱えていた。
自分にはもはやたった一つだけの、『捨てられないモノ』を。
「娘を人質にされた程度でよく素直に頭を下げに来たものだ。」
「貴様に・・・何が分かる!」
「おや、私の前でそのようなことを言っていいのか?」
そう言って、平嗣は短刀を娘の首に当てた。
「やめろッ!!!」
「ふん、騒ぐでない。貴様が素直に罪を認めれば、この小娘だけは許してやる」
『罪』を認める。
それが、俺に出された娘を生かす唯一の条件だ。
その『罪』は、『帝の毒殺を試みた』というものだ。
しかし、今の帝は俺に近しく、毒を盛るなどありえない。
だが、こうなった以上はその罪を認めざるを得ない。
「娘を嫁がせて味方を増やす。今や誰もが行っている貴族の常道を、お前はやっていなかったのだよ。・・・本当に娘のことを想うのなら、疑われぬためにその程度のことはやっておくべきだったな」
「・・・っ」
「さあ、帝の暗殺を試みたという自白書を書くがいい。今夜は、実に気分の良い夜になりそうだ」
それから、三日後。
俺は、朝廷からの命により斬首された。
◆◆◆
『捨てられないモノ』を持ったのが、間違いだったのか?
全てを捨ててでも、富と権力を求め続けるべきだったのか?
親を騙し斬り、兄に冤罪をかけ、先の帝に毒を盛った。
たった一人の妻ですら、娘のために犠牲にした。
それでも、たった一つ残った『捨てられないモノ』を守ることはできなかった。
そう考えていた時、ふと頬に何かを感じた。
「・・・××□〇〇〇」
意識を外に向けると、知らない言葉が聞こえる。
目を開くと、知らない女と男が俺の顔を覗き込んでいるのが見えた。
そもそも、なんで俺は目が見えているんだ?
俺は首を斬られた。
当然ながら生き残れるはずはない。
陰陽師に伝わる反魂の秘術を以ってしても、首を元に戻すことはできない。
そこで、俺に一つの考えが浮かぶ。
_輪廻転生。
人を含む全ての生類は生まれ変わるという考えだ。
まさかとは思うが、そうとしか考えられない根拠がある。
まず、明らかに体が小さい。
手はよく動かせないが、感覚として赤子ほどの大きさに感じられる。
そして、目の前で喋っている女の言葉が分からない。
輪廻転生では、全ての生類に生まれ変わる可能性があるという。
ならば、異国の者に生まれ変わっても不思議ではない。
「・・・〇××〇□〇□」
恐らく、この女性が母なのだろう。
母を斬った俺にとって、その存在は貴重で懐かしいものだった。
◆◆◆
転生してから、一年が経った。
そのおかげで、言葉も分かり、この世界について分かって来ていた。
ここは、レイア帝国という国だそうだ。
皇帝が国のトップで、貴族が権力を握る帝国。
日本とそう変わらないものだ。
そして、重要なことが分かった。
この世界には、魔法と呼ばれる術がある。
前世には陰陽術というものがあったが、それとは少し違うようだ。
まず、陰陽術では扱えない雷や風を操る術が使える。
さらに、物を浮かせる魔法など、種類が多い。
代わりに、呪詛や占術に適した魔法は少ないようだ。
それでも、魔法がこの世界で重要であることに違いはない。
魔法使いをいかに勢力に取り込むか。
それを考えるために、俺は赤子の体で耳を澄ませ続けた。
◆◆◆
転生から三年が経った。
「昼食よ、ヴォル」
「はい、母上」
言葉も憶え、ようやくこの世界の情勢が分かって来ていた。
このレイア帝国は列強の一角に数えられる強国で、大陸の北側に位置する国だそうだ。
そして、この世界には『魔王軍』という軍隊がある。
『魔王』は1000年前に大陸を襲った魔物で、『勇者』によって討伐されたという。
その残党が『魔王軍』で、現在も帝国と激闘を続けているようだ。
そんな帝国に生まれた俺の名前は、ヴォル・タル・パ・ラカーザ。
日本よりも仮名が一つ多いようだ。
ラカーザ家は魔法に優れた一族で、公爵家という貴族の頂点に立つ地位にあるようだ。
昼食の会場へ行くと、兄たちが既に座っていた。
長男のヴィオレ、次男のマジアだ。
「おい、遅ぇぞヴォル」
「ヴィオレ、そういうことを言うのはやめなさい」
母・ティラにそう言われ、ヴィオレは口をつぐんだ。
ヴィオレはときどき俺に何癖をつけ、母はそれを注意する。
マジアは終始黙って食事を続けていた。
食事をしながら、俺は考える。
俺は、この世界で何をすべきなのだろうか、と。
日本に戻れるのなら戻りたいが、戻ったところで俺はもう別人だ。
あの娘は強い。
きっと俺なしでも生きていけるだろう。
「そうだ、ヴィオレ。俺はこの間、鑑定で魔力量Aランクをとったんだぜ! お前には到底届かねぇ量だ」
「ヴィオレ、自慢はほどほどにしなさい」
この世界では、7歳で鑑定を受ける。
それ以前に受けないのは、成長中のため魔力量が曖昧なためだ。
鑑定の内容は数値化した魔力や筋力などで、鑑定魔法を使える者が行うという。
魔力量で当主が決まることすらある世界。
魔力量は重要だ。
来るその時まで、俺は待つとしよう。
◆◆◆
7歳になり、ついに鑑定の日が来た。
鑑定は鑑定の儀式で行われ、一流の鑑定師が来るのだそうだ。
「ふん、お前なんか魔力量で俺を超えられるわけねぇよ。」
ヴィオレは、そう言って俺を罵倒した。
2年前、次男のマジアの鑑定があった。
その結果は『S』。
7歳時点で、一流の魔法使いを超える魔力量を持っていたのだ。
Aランクの結果だったヴィオレは腹を立て、俺に八つ当たりをしてきているというわけだ。
「そうか」
俺はそうとだけ言って、席に座る。
そして、鑑定士が式場に現れた。
白髪をなびかせるその男は、風格を感じさせている。
「では、鑑定の儀式を始めます」
厳かな声でそう言われ、俺は前に出る。
「こちらへ」
そう言われ、俺は鑑定を受けた。
しばらく目を瞑ったあと、鑑定師が口を開く。
「あなたの魔力は・・・0です」
「・・・は?」
一瞬の間の後、笑い声が式場に響いた。
「ハハハハハ! 魔力が0だって? 雑魚じゃねぇか!」
「式中は静粛にしてください」
そう言われ声を出して笑うのは止めたものの、ニヤニヤしたまま俺を見ている。
「・・・これで式を終わります」
ふらふらと、俺は式場を後にした。
◆◆◆
宮廷魔導士という地位を持った父・ギヴィアは式場に来ていなかった。
だが、息子が魔力なしと父に知られれば、当主になるどころか追放すらされかねない。
こうなったなら、平民として生きるのも悪くはないかもしれない。
そう思いながら、俺は式場から屋敷への短い帰路を歩んでいた。
その時、目の前に見知らぬ少女が現れた。
美しい銀髪に、つぶらな瞳が宝石のように青く輝いている。
「・・・誰だ?」
「・・・あなたは・・・?」
同じような言葉がぽろりと出る。
一瞬の沈黙の後、俺は言った。
「ラカーザ公爵家の三男、ヴォルだ」
「私は・・・ヒナといいます」
泣きそうな、掠れた声でヒナは言った。
「どうしてここに?」
「・・・わかりません」
その声がとても誰かに似ていて、俺は思わず言ってしまった。
「何か事情があるのか? 話してみろ」
少し戸惑ったあと、ヒナは言った。
「私は・・・呪いを抱えているのです・・・。今は害がありませんが・・・いつか、取り返しのつかないことになる。」
「呪い、か」
呪詛は、日本にも存在した。
優秀な陰陽師からの教えを受けた俺には、少しはその知識がある。
しかし、陰陽師としての実力がないため、呪いを解くのは難しい。
それに、この世界の呪いが向こうと同じとも限らない。
そう考え、俺は言った。
「今すぐに害がないなら、家に来るか? 魔法に関する本も多い。使用人として雇ってもらうよう言っておこう」
「そんな・・・そこまで」
そう言われ、俺ははっとする。
なぜ、俺は見ず知らずの者にここまで。
だが、それを今更やめることもできない。
こうして、俺とヒナは出会った。
運命の歯車が、回り出す。