第100話 ダンジョン最下層100階
4人分の足音が最後の階段に響く。
何度も繰り返しても、やっぱり最後の階層というのはなんだか感慨深いものがあるよな。
階段を降り続けるとやがて終着点、100階の入り口が見えてきた。
100階はこれまでとは違う。
階段を降りるともう目の前は広い空間になっていて、そこに一匹の黒い竜が鎮座している。
何千回と走っても、ここだけは毎回変わることがなかった。
余計な小細工はもう必要ない。己の力をダンジョンの主に示せ。ただそれだけということなんだろう。
ダンジョンの主は俺たちに気がつくと、ゆっくりとその体を起こした。
「「……──ッ!!」」
ここにいるのは誰もが歴戦の冒険者だ。
俺はともかく、残りの三人はただのドラゴン如きに遅れをとるような実力じゃない。
なのに、体を起こすというたったそれだけの動作で、みんなの足音が止まった。
その威容はこれまでに会ったどのモンスターよりも凄まじい。
邪神ゼウスですら、これほどのプレッシャーを感じなかった。
この黒竜こそが本物の神だと言われたら、疑うことなく信じるだろう。
それほどの迫力だ。
「……ワオ。すごいプレッシャーです。やはりケンジさんのダンジョンは一味違うのデスネ」
「へえ、ちょっとはやりそうなのが出てきたじゃねーか」
ミカエラが目を輝かせ、アイギスが好戦的な笑みを浮かべる。
しかし二人ともすぐに襲いかかるようなことはしなかった。
直感でわかったのだろう。
下手に踏み込めば自分達が死ぬことを。
【竜骸】を身に纏うアイギスも、無敵の【綺羅星】を持つミカエラでさえも、それは例外じゃない。
あらゆる法則を無視して死という結果だけを与える。
それこそがダンジョン最下層のボス、終焉竜カオスドラゴンだ。
死という概念そのものを形にした黒い顎が、静かに口を開く。
『わずか百年。よもや最初に「至る」存在が人間とはな。これも運命と呼ぶべきか』
>おお、これが100階のボスか
>なんかカッコいいこと言ってる
>画面越しでも体が震えるんだけど……
>なんだこれ……理由もわからないのに怖くてしょうがないんだけど……
>実際に目の前にしてるケンジくんたちは俺たちの比じゃないんだろうな……
コメントのみんなは気づいていないようだったけど、ラスボスのセリフがいつもと違う。
今までは毎回同じことしか言わなかったんだけどな。
もしかして新しいフラグでも立ったんだろうか。
『約定に基づき今こそ真実を伝えよう。このダンジョンに隠された真の秘密。それは──』
「100倍加速・ホワイトフレア」
『ぎゃあああああああああ!!!!』
ダンジョンボスが絶叫をあげた。
『待て、やめろ! 我の話を聞いたほうがいいぞ! このダンジョンはもう──』
「燃焼加速・100倍」
『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』
燃える速度をさらに100倍にした。
おかげで一瞬で燃え尽きて、灰すら残らなかった。
「はい、ラスボス攻略完了です」
>もう終わったw
>これがラスボス戦かあw
>親の顔より見た展開
なにやらいつもと違うフラグが立っていたっぽかったのですが、もう目の前がゴールですからね。
ラスボスを最速で倒すこと以上のショートカットもないので、倒させてもらいました。
>ラスボスさんかわいそうwww
>でもなにを言いたかったんだろう
>ダンジョン内であれだけ暴れれば文句の一つも言いたくなるだろ
>それもそうか
「ラスボスを倒したので、これで最後の難関もクリアです。あとはゲートに入って地上に帰るだけですね」
「まったく、ケンジさんはいつも早すぎマース」
「ちったあ歯ごたえがありそうだったんだがな……」
>まだ100階に来て1分と経ってないんですが
>最終回なのにもう終わりなの?
>ラスボス雑魚すぎ……ほんと使えないな……
>これがダンジョンRTA
>階段の目の前にボスがいてそのままゴールなんてRTAのためにあるようなものだろ
>ほんとそれ
ラスボスが消えた後には、二つのものが現れる。
ボスのドロップアイテムと、帰還用のゲートだ。
そこからダンジョンの入り口に戻り、ダンジョンクロックを止めたところでタイマーストップ。ダンジョン100階RTAの完走だ。
もちろんドロップアイテムは必要ない。もう目の前がゴールだからな。そんなのを拾うよりも0.1秒でも早くゴールする方が大切だ。
だから俺は足を進めようとした。
進めようとしたんだ。
しかし──
やはり油断してはいけなかった。
どうせいつもと同じだと俺は決めつけていた。
ラスボスのセリフが違うというこれ以上なく分かりやすいヒントがあったにも関わらず、最後の最後に気を緩めてしまった。
ああ、やっぱり俺はまだまだ初心者なんだな。
だからこんな初歩的なミスを犯してしまったんだ。
ラスボスはアイテムをドロップしなかった。
代わりに、今まで一度も見たこともないものを出現させた。
そのせいで俺は、ゴール直前という最後の詰めの段階で、足を止めるという最大のミスを犯してしまった。
そこには階段があった。
「え?」
>え?
>え?
>え?
地下101階につながる階段が現れたんだ。
「「「はあああああああああああああ!!!???」」」
シオリとアイギスとミカエラの叫び声が同時に響き渡った。
「地下101階だと!?」
「そんなの聞いたことありまセーン!!」
「嘘でしょ……こんなことがあるなんて……」
>おいおいおいおい!!!
>どういうことだよこれ!!!!
>100階の先があるってこと!?
>前代未聞だぞこれ!!
コメントも騒がしくなっている。
ああ、俺も驚いた。
まさかこんなことがあり得るなんて、まったく想定していなかった。
「さすがのケンジでもこれは初めてなのね」
「ああ、さすがに想定外だ……」
俺は震える声を抑えるようにつぶやいた。
「100階でゴールじゃなかったらダンジョンRTAのルールが変わってしまうもんな」
「そこじゃないわよ!!」
珍しくシオリが声を荒げてツッコミを入れた。
しかしこれは重要なことだ。
これまでダンジョンRTAはゴールするまでの時間を競うものだった。
けど地下100階がゴールじゃないとしたら、途中離脱になってしまったRTAも完走したことにならなくなってしまう。
ルールを変えないといけなくなるんだ。
「そんなことは先に進んでから考えればいいデショウ!」
ミカエラが今までで一番弾んだ声を上げる。
「それよりも! 早く先に進みましょう! これまでたくさんのダンジョンをクリアしてきましたが、100階の先が現れるなんて一度もありませんデシタ! 中級ダンジョンでも、上級ダンジョンでも、最後のボスを倒した後に新たに階段が現れたことは一度もなかったんデス!!
どんなダンジョンが待っているのか楽しみデース!!」
そういえばミカエラはダンジョンマニアだと言っていたっけ。
上級ダンジョンもクリアするくらいだし、相当ダンジョンが好きなんだろうな。
俺はミカエラに向けてうなずくと、階段に向かってまっすぐ歩き、その横を通り過ぎて帰還用ゲートに向かった。
「では帰りましょう」
「ホワアアアアアアアイ!!!???!?」
>ミカエラのあんな表情初めて見たwww
>めっちゃ驚いてるwww
>まあそうなるよなwww
「今後どうするかはこれから考えなければいけませんが、今回は「初級ダンジョン地下100階までのクリアタイムを競うRTA」ですので、そのレギュレーションに従ってここで帰還します」
「嘘デショウ!?」
「え、本当だけど……」
「皆さんはそれでいいのデスカ!!??」
ミカエラがシオリたちに向かって叫ぶ。
シオリとアイギスは顔を見合わせた。
「気にならないといえば嘘になるけど、正直もう疲れてるし、早く帰りたいわね」
「アタシもそこまでじゃねーな。ダンジョンにはあんま興味ねーし」
「配信カメラのバッテリーもそろそろやばいしな」
「ぐぐぐぐ……。信じられまセン……。世紀の大発見が目の前にあるというのニ……!」
「俺たちは先に帰るけど、ミカエラは進むか?」
「………………~~~~~~うううううぅぅぅぅぅ!!」
ミカエラは女の子が浮かべてはいけないような、ものすっごい表情を浮かべた。
「行きたい、ものすっごく行きたいデスガ……しかしケンジさんが見つけた発見なのにワタシだけが進むというのは、ダンジョンマニアとしてのプライドが……! しかし、いやシカシ……!!」
頭を抱えたまま苦悩するようにのけぞる。のけぞりすぎて天井を向いているくらいだった。
その体勢のまましばらく悩み抜くと、やがてふっと力を抜いた。
「……仕方ありまセン。ワタシも帰りマース」
「よかったのか? 俺は気にしないけど」
「あるとわかっただけで十分デス。次は自分で見つければいいのですカラ」
そう言って晴れやかな笑みを浮かべた。
確かにミカエラの言う通りだな。
今回しか現れないということもないだろうし、俺としても出現条件を調べて、新しいゴールまでのタイムを競うRTAを始めないといけない。
そう考えると、帰った後もやることは多そうだ。
そういうわけで、俺たちは改めて帰還用ゲートに向かって歩き始めた。
「それではこの配信はここまでになります。次回の配信内容は決まっていませんが、決まり次第また告知しますので、その時は見にきてくれると嬉しいです。
それではまたどこかのダンジョンで会いましょう!!」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
ちょうど100話で地下100階という切りのいいところで終わりを迎えられてよかったです。
それもここまで読んで応援してくれた、いつもコメントをしてくれたみなさんのおかげです。お付き合いいただきありがとうございました!!
ダンジョンRTAは一旦ここまでになりますが、また続きを書きたくなるか、書かなければいけない状況になったら、その時はまた再開したいと思います。
それではまたどこかのダンジョンでお会いしましょう!




