第92話 感染拡大
邪神化したマーマンを倒し、93階の海底洞窟を駆け抜ける。
サーチで94階への階段がある部屋わかっているので、その部屋に入ると、予想通りボスが待ち構えていた。
通常のマーマンよりも2倍近く大きいキングマーマンだ。
手にした槍も黄金色のトライデントになっている。
ボスの周囲にはオーラのような禍々しい気配が満ちあふれ、そして、藻類のような濃い緑色の肌には、修正液のような白い液体がまとわりついていた。
>ボスまでやられてたか
>ってか周り!
コメントにもあった通り、白い液体にまみれているのはボスだけじゃなかった。
部屋中が【白き腐敗】に満たされている。
邪神化したキングマーマンがこちらを見る。
と同時に、一切の予備動作もなく、その体から修正液のような白い液体を噴射してきた。
常に魔力の結界を展開してるためそれは防いだが、【白き腐敗】は周囲に飛び散り、あっという間に俺たちを取り囲んでしまった。
もはやボスを倒してどうこうという事態を超えている。
>この量やばくない?
>しかもボスが邪神化って
>通常のマーマンでもあんなに強かったのに……
「とりあえずボスは倒しましたが、この後はどうしましょうか」
>えっ?
>えっ?
>そういえばボスがいなくなってる……
>マジかよ……
>いつ倒したのかさえわからなかった……
小規模超新星爆発はショートカットに登録したから、選択するだけでいつでも発動できる。
発動する瞬間が見えないのはそのおかげだろう。
問題は【白き腐敗】の方だ。
魔力の結界で侵食は防いでいるが、少しずつ侵食されているのを感じる。
「なんでも食べる、と言うのは本当みたいですね。俺の魔力も食われているのを感じます」
>【白き腐敗】って食べたものを自分の力にできるんじゃなかったっけ?
>ケンジくんの魔力食わせて大丈夫かな……?
>多分絶対ヤバイだろ……
>【白き腐敗】は侵食速度が遅いことだけが唯一の救いだからな
>なんでも食うけど、ゆっくり味わって食べてるというか……
>グルメなのかな
部屋中が【白き腐敗】に満たされているため、消し飛ばそうと思ったらダンジョンごと吹き飛ばすしかなくなってしまう。
さすがにそれは避けたい。
とりあえず時間を止めて動きを止めようとしてみたが、効果はないようだった。
>さらっと凄いことしないでw
>時間魔法も効かないの?
効かないというよりは、そもそも時間が流れてないようです。
もしかしたら【白き腐敗】がいる世界には時間がないのかもしれないですね。
>なんだよそれ……
>さすがにここまで来るとケンジくんでも無理か……
>それってもう世界の終わり……
>本当に無理なの!?
はい。さすがに無理です。
この量を消し飛ばすとダンジョンまで消し飛んでしまうので。
そうするとRTAも中断することになるんですよね。
だからできないんです。
>知 っ て た
>世界の危機よりRTA
>消すことはできるのかw
>ダンジョンの狭さが枷になるとは
「なので別の方法を考えないといけないです」
「ちょっとケンジ。そんな時間もなさそうよ」
シオリの言葉に部屋の隅へと目を向ける。
【白き腐敗】による侵食はダンジョンにまで及び、浸食された床に大穴が空いていた。
そこから下を見ると2、3階下まで到達しているようだ。
その先はもう白い液体のプールになっている。
大量の修正液がなみなみと注がれたような、一種異様な光景が広がっていた。
ついでに邪神化したモンスターの姿がいくつも確認できる。
キラーシャークやシーサーペントらしきものも見えた。
ほとんど海のように【白き腐敗】の中を泳いでいるようだ。
>なんだよこの量……
>えぐ……
>ありえねえ……
>ガチで世界終わった……
調べようとしてもサーチの魔力まで食われるので、どこまで侵食されてるか不明ですね。
本気でダンジョンが壊れる前に、なんとかする必要がありそうです。
……はい。今対策をしました。魔力に侵食耐性を施したのでもう食われません。
なるほど、96階まで侵食されてるようです。
これをすべて破壊するとなると流石に少し時間がかかりそうですね。
「シオリ、頼みたいことがあるんだがいいか」
「……仕方ないわね。わがまま言ってる状況じゃないし」
さすが幼馴染。
何も言わなくても俺のお願いを理解してくれたらしい。
>シオリちゃん?
>どういうこと……?
──ガゴン。
シオリが冥界の扉が開く。
そしてそこから、長い黒髪を持つ巫女装束の女性が現れた。
>え、天羽黄泉!?
>【黄泉返り】じゃねーか!
>黄泉ちゃんがどうしてここに!?
>まさか世界の危機に駆けつけてくれたのか?
シオリは冥界へ通じる扉を開けられる。
それは、シオリの分身である天羽黄泉も同じだ。
二人が冥界の扉を開くことで、冥界を通じてお互いの場所に行き来できるんだよな。
シオリの分身と会うのは久しぶりだ。
シオリが表に出ないために、普段は分身を【黄泉返り】として代わりに行かせているからな。
そして黄泉と一緒に小柄な女の子も現れた。
「よう、きてやったぜ。なんか面白いことやってるらしいな」
>はあ!? 【竜骸】のアイギス!?
>七大災厄が二人も!
>【白き腐敗】も合わせたら3人だぞ……
>かつて一度でもそんなことあったか……?
>シオリちゃんが呼んだってこと?
>一度わからせられて犬になってたからな……命令すればいつでも呼べそうだけど……
>【RTA走者】を含めたら、八大災厄のうち半分が揃ったことになるな
>やっぱりこのカップルやばすぎる……
【白き腐敗】は俺がなんとかするけど、さすがに少し時間がかかりそうだった。
その間に【白き腐敗】にダンジョンを壊されるのは困るからな。
シオリたちにはそれまでダンジョンを守って欲しかったんだ。
アイギスは周囲の状況を見て顔をしかめた。
「チッ、面白い奴と戦えると聞いてきたのに【白き腐敗】かよ。こいつ戦っても面白くねーんだよな」
悪態をつくアイギスに、黄泉が微動だにしない人形のような表情を向ける。
黄泉の人格はシオリとは独立しているけど、そのぶん人間らしさは少ないんだ。
「世界が滅んだら貴女の遊び場もなくなります」
「わーってるよ。やればいいんだろやれば。相変わらずイケすかねえ女だ」
吐き捨てるように言って、黄泉に視線を送る。
「で? どうすんだ?」
「【白き腐敗】はケンジさんがなんとかします。私たちはそれまでの時間稼ぎ。私も本気を出します」
そう告げると、黄泉の姿が忽然とかき消えた。
>え?
>消えた?
>黄泉ちゃんの本気って、どういうこと?
黄泉はシオリの力を二つに分けて作られた分身だ。
それはつまり、普段のシオリは実力の半分しか出していないということ。
分身の力を自分に戻すことで、シオリは100%の力を出すことができる。
シオリの手に漆黒の禍々しい鍵が現れる。
それを何もない空間に突き刺した。
「封印開錠。開け冥府の扉」
──ごぉぉ……ん。
重い鉄を叩くような、弔鐘のような音が鳴り響く。
冥府へとつなぐ石の扉が、白によって侵食されたダンジョンの床に開かれた。
ちょうど落とし穴のようになったそこに、白い液体が滝のように勢い良く流れ込んでいく。
それは流れ落ちる途中で分解されては消えていった。
冥界に入った瞬間に、冥界の女王による「生殺自在」の力で片っ端から消滅させているようだ。
とは言え処理速度には限界があるらしい。
扉を超えて流れ落ちる白い液体の量は少しずつ増えていた。
やがては冥界の大地にも届くだろう。そうなれば侵食が始まり、冥界は【白き腐敗】に食われてしまう。
「あと何秒もつ?」
「30秒かしら」
「ならアタシが1分にしてやるよ」
アイギスが右腕を階下に向けて伸ばす。
「竜骸骨格・火砲」
階下に向けて伸ばしたアイギスの腕が、瞬く間に竜の外殻に包まれた。
その先端は、開かれた竜の顎になっている。
その口が大きく開いた。
「消し飛びな! ドラゴンロアー!!」
爆炎が次々に放たれ、階下の白い液体を次々に吹き飛ばす。
それで破壊できる液体はわずかだったが、吹き飛ばした分だけ冥界に流れ込む量は減っていた。
「おい、長くはもたねえぞ!」
「大丈夫。もう終わった」
プールのように溜まっていた【白き腐敗】が、蒸発するように次々とその量を減らしはじめた。
「いったい何が……」
「【白き腐敗】は、要するになんでも侵食する強い毒みたいなものだ。毒なら消毒すればいいだけだろ。だから専用の消毒液を作った」
「は? 作ったって……」
回復魔法と水魔法を応用すれば、そう難しいことじゃない。
【白き腐敗】を解析し、専用に調整するのに少し時間がかかっただけだ。
アイギスは驚いているみたいだが、シオリは特に驚いてる様子もなかった。
「ケンジにしては時間かかったわね」
「悪い。物質生成は時間がかかるからRTAでも使わなくてさ。苦手なんだよ」
そのせいで余計なタイムを浪費することになってしまった。
何がRTAの役に立つかわからない。
選り好みせずにちゃんとなんでも練習しておくべきだな。
今回もいい学びになった。
生成した消毒液を霧状にして、ダンジョン内に散布していく。
風魔法を使って運べばあっというまに拡散されていった。
ダンジョン内に並々と注がれた【白き腐敗】が、どんどん消毒されて消えていく。
「マジかよ……あのバケモンを、こんな簡単に……」
確かにアイギスは火力に特化してるからな。
こういう攻略方法は得意じゃないんだろう。
「なんでも利用するのがダンジョンRTAだからな」
「……ハハッ。全然理解できねーけど、ちょっと興味はわいてきたな」
「………………」
「な、なんだよ。興味が出ただけだって。シオリの邪魔はしねーよ」
「ならいいわ」
それから数分としないうちに、ダンジョン内に存在する【白き腐敗】は消え去った。
サーチを使っても、ほんの一滴も存在を確認できない。
ダンジョン内の【白き腐敗】は完全に消滅した。
>人類史上最悪の【災厄】が消えた……?
>こんな簡単に……?
色々ありましたが、結果的にはちょうどいいショートカットになりそうですね。
これで96階まで一気に行くことができそうです。
100階も見えてきましたし、先を急ぎましょう!




