第91話 邪神の眷属
階段を降りて93階にやってきた。
相変わらず、変わることなく海底洞窟が続いている。
いつも通りなら、海底神殿を抜けたあとは100階まで洞窟が続くはずだが、何が起こるかわからないのがダンジョンだし、RTAだからな。
ゴール直前こそ一番気が緩みがちにもなる。
どんなトラブルが起きてもいいように気を引き締めていかないとな。
さっそくサーチを使って階段の位置を調べる。
その途中で不思議なものを感知した。
「エクスカリバーで一掃したはずでしたが、どうやらマーマンが生き残っているようです。だけど感じたことのない気配ですね……。新しい変異種でしょうか」
マーマンとは何度も戦ったことがあるし、変異種とも何度か遭遇したことはある。
けど、今までに感じたどの気配とも違っていた。
新しい個体だろうか。
「気になりますね。もしかしたら新しいショートカットのフラグになるかもしれません。さっそく倒しに行きましょう」
>言ってることがバーサーカーなんだよなw
>なるべく戦闘しない方がいいと言ったばかりなのに
>珍しい個体ほど積極的に狙うしな
>密猟者かな
>しかしケンジくんでも会ったことないとは
>変異種というより新種なのでは
>またこの配信で新たな歴史が刻まれるのか……
次の階段への最短ルートからは外れるが、新しい気配を感じる場所に向けて洞窟を進んでいく。
やがて細い通路に入ったところでそれを発見した。
ぱっと見は普通のマーマンだ。
だけど様子がおかしい。
俺が近づいても気が付く気配はないし、敵意のようなものも感じない。
藻類のような深い緑の体表には、修正液のように真っ白な液体が付着していた。
「見たことない変異種ですね。襲ってこないようなので、もう少し観察してみましょうか」
>は……?
>修正液のような、白い液体……?
>【白き腐敗】じゃねーか!!
>何でこんなところにいるんだよ!?
>インド北部に封じたはずだろ!!
>国連は何やってるんだよ! こういう時のための組織だろうが!!
>やばいやばいやばい……
>天使や竜骸などとはレベルが違うんだぞ!!
なんだかコメントがいつもと違いますね。
みんなはこの変異種が何か知ってるんですか?
「【白き腐敗】は七大災厄の一人よ……」
尋ねる俺に、シオリが教えてくれた。
「こいつに関しては、一人という言い方が正しいかもわからないけど。
災厄にもいろいろなタイプがいるけど、こいつは最も危険だと言われてる。天界の天使は人類を滅ぼそうとはしたけど、世界を壊そうとはしなかった。【竜骸】のアイギスもね。
だけどこいつは違う。世界を食べ尽くすことしか頭にない」
>ガチのマジで世界の敵なんだよ
>【白き腐敗】が一滴でも現れたら、そこから無限に侵食して広がっていく
>人間もモンスターも砂も土も、何もかも食いまくる
>それでインドは北半分が喰われたからな
>だから2度と浸食しないように隔離して、監視してるはずなのに……
「けど恐ろしいのはそれだけじゃないわ。【白き腐敗】に浸食された生物は、人間でもモンスターでも……」
その時、何に反応したのか、白いマーマンがこちらを向いた。
その動きは壊れた人形のようにぎこちないのに、異常なまでに俊敏だった。
まるでマーマンの中に別の誰かが入っていて、中で強引に動かしたみたいだ。
そう思った次の瞬間。
「……おっと」
高速でこちらに踏み込んできたマーマンが槍を突き出してきた。
その動きは今までの比じゃない。
普通のマーマンの10倍は早く、そして力も増していた。
とっさに体をかわし、つかんだ槍に電撃を流す。
マーマンは悲鳴を上げる事もなく真っ黒こげになって倒れた。
>え、今攻撃されたのか……?
>まったく見えなかった……
>それをあっさりとカウンターで倒すケンジくんもすごすぎ
「今の攻撃は普通のマーマンの変異種よりも早かったな。これがその白い何とかに浸食された影響なのか?」
「【白き腐敗】は他の生命とは全く違う存在なの。
モンスターや天使でさえ、私達とはどこか共通点があるのに、これにはもう生命と呼べる要素はひとつもない。ただの白い液状の何か。
それはこの宇宙とは違うルーツを持つから──つまり、外なる宇宙からやって来たからではと言われてるのよ」
「外なる宇宙?」
>邪神ってやつだな
>見るだけで狂っちゃう
>SAN値チェックしなきゃ
>実際【白き腐敗】を見てると、なんか妙に不安になってくる
>わかる。なんか白いのに白すぎて、気持ち悪いんだよな……
>白いわけじゃなくて、この世界には存在しない色だから、俺達には認識できないだけとも言われてる
>それで妙に気持ち悪いのか……
「【白き腐敗】に乗っ取られた生物は同じ存在に作り替えられ、邪神化するのよ。だからすべてのステータスが大幅に上がるの」
「ああ、なるほど。それでさっきのマーマンはあんなに強くなっていたのか」
今まで出会ったどのマーマンよりも強化されていた。
それもその【白き腐敗】によって邪神化していたからなんだろう。
「てことは、俺も邪神化したらさらに早くなれるってことか?」
それならあえて邪神化するのもワンチャン……と思ったけど、シオリが思いっきりドン引きした目で俺を見ていた。
これは幼馴染じゃなくても分かる。
そんなバカなことを思い付くアンタの気が知れないわ、と思っている目だ。
「邪神化した生物は自我を失うわ。そして最終的にはドロドロに溶けて、あの白い液体の一部になる。それでもいいの?」
たしかにあのマーマンは動きこそ早かったけど、動作はぎこちなかった。
あんなふうになったらRTAどころじゃないか。
>【白き腐敗】に乗っ取られた生物は邪神化し、見境なく襲ってくる
>邪神化した生物にやられると、そこからさらに【白き腐敗】に喰われ、感染が広がるんだよな
>ゾンビみたいなものだな
そのとき、真っ黒こげになったマーマンが起き上がった。
とっさにサーチを使って調べたけど、間違いなく生命活動は停止している。
それでもそいつは槍を構え、こちらに向かって再び突撃してきた。
素早くかわし、槍を通じて電流を流す。
黒焦げのマーマンは再び倒れたけど、たぶんこれではまた起き上がるだろうな。
シオリのため息のような声も聞こえた。
「……邪神化した生物は普通の生物じゃなくなる。こっちの常識はなにも通じないわ」
「そうみたいだな」
全身が黒焦げで、心臓も止まっている。
筋繊維だってズタズタで、槍どころか砂粒一つだってつかめないだろうに、予想通り平然と起き上がってきた。
「火や熱で蒸発するわけでもないし、剣で攻撃したらそのまま取り込まれる。核ミサイルで蒸発させても、その爆発エネルギーを食べて結局は再生してしまった。
倒す方法がないのよ。だから隔離するしかないんだけど……」
>核が効かなかったら人類に倒す方法はないだろ……
>生命力がやばすぎる……
>しかも【白き腐敗】が一滴でも残ってる限り永遠に再生して増え続けるからな
>殺しきれないのか
>あれ……そんなのがここにいるって、もしかしてヤバイ?
>もちろんヤバイよ
>ダンジョンから外に出たらガチで日本が終わる
>日本だけで済めばいいけどな
>一滴でも海に混じったら、海を蒸発させる以外に倒す方法がない
>ここで駆除しないと……!
確かに何度も蘇ってくるのは厄介ですね。
倒すのに時間がかかっていたら、タイムも伸びてしまいます。
なるべく一撃で倒したいところですが。
>ケンジくんからしたら不死の化け物もただの遅延行為でしかないのかw
>さすがRTA脳
「無駄かもしれないですが、それも含めて検証しましょう」
俺は魔力の剣を生み出し、その場で何度か切り裂いた。
黒焦げのマーマンが粉々に切り裂かれて、その場に崩れ落ちる。
しかし、断面から白い液体が滲み出してバラバラの体をつなぐと、何事もなかったかのように立ち上がった。
>マジかよ
>これでも死なないのか
>さすが邪神……
>さすがにケンジくんでも不死は倒せないか
>この世界とは別のルールで生きてるからな。倒すにはルールごと壊すしかなさそう
「やっぱり剣の攻撃は効かないみたいですね。ならやはり消滅させるしかないようです」
俺を電流を生み出し手のひらに集めた。
一度見ただけだが、解析したため原理は分かっている。
威力を調整し、手のひらに極小の恒星を発生させた。
>は?
>え?
>それって……
「消し飛ばせ。ケラウノス」
威力を調整した超新星爆発が、黒焦げのマーマンを呑みこむ。
一瞬の閃光の後、そこには何も残されていなかった。
「よし、これでとりあえずは倒せるみたいですね」
「うそ……でしょ……。私たちが邪神化したモンスターを倒した時は、あんなに苦労したのに……」
シオリも驚いているようだった。
どうやらシオリもかつては戦ったことがあったみたいだな。
俺もゼウスの魔法を見たことがなかったら苦戦したかもしれない。
運が良かったな。
>神の魔法を一度見ただけで……
>こんな簡単に真似できるものだったか……?
>やっぱりケンジ様は神……
「どうやら邪神化したマーマン一体なら、超新星爆発を起こせば簡単に倒せるみたいですね。
発動に時間がかかるのがネックですが、その点はショートカットに入れれば解決するので問題ありません。
倒し方もわかったことですし、先に進みましょうか」
>【白き腐敗】は超新星爆発を起こせば簡単に倒せる、と
>かん、たん……?
>そいつは素晴らしいアイディアだぜ。不可能って点に目をつむればよぉーッ
>この世にまた一つ無駄な知識が増えてしまったか……




