第89話 神のドロップアイテム
消し飛ばされた床を飛び越えて玉座の前に着地する。
そのとき、ゼウスが消えた場所に光るものが落ちているのが目に入った。
「どうやらボスのドロップ品があるみたいですね」
ここのボスは倒しても死なないので、いずれ復活する。
その前にさっさと次に進みたいところだが、たまにいいアイテムを落とすことがあるんだよな。
「レアアイテムがあるかもしれません。少し見ていきましょう」
>さすがのケンジくんでもこれは見るよな
>そこは俺たちと同じ感覚で良かった
>神のドロップアイテムだからな
>タイムが縮まないから捨てましょうとか平気で言いそう
>そういえば中級ダンジョンでも神話級アイテムがあったっけ
>あの時は何拾ったんだっけ
>指輪だよ
>あっ
>あっ
>あれは……悲しい事件だったね
>シオリ:忘れなさい
>はい
>はい
>はい
>えっと、いったいなにがどろっぷするのかなー(ぼう
>実際、上級ダンジョンの、しかも神が落としたアイテムだろ
>絶対ヤバイよな
>いったいどんなものが……
「狙っているものがあるので、それだといいんですが……」
宙に浮かぶ光に手を伸ばす。
手で触れると強い光を放ち、一振りの剣に変わった。
「どうやら聖剣エクスカリバーのようですね」
>マジかあああああああああ!!
>伝説の剣じゃん!!
>実在したのかよ……
>これってめっちゃレアだよね!?
そうですね。
俺も見るのは2回目なので、かなりレアだと思います。
ではいらないので捨てて先に進みましょう。
>マジかあああああああああ!?
>なんでやねーーーん!!
>絶対いるだろ!!
>嫌な予感はしてたんだよ!!
>やっぱりタイムが縮まないからですか!?涙
そうですね。
運が良ければ光の速度で動けるようになる装備が落ちるのですが、今回は手に入りませんでしたね。
ですが剣はタイムを縮める役には立たないので、RTAでは不要です。
>エクスカリバー捨てる人初めて見た……
>まずエクスカリバーを見たのが初めてだけどな
>伝説の武器が不要って……
とはいえ、使い方によってはタイム短縮になる可能性もあるので、拾っていくのも一つの手ではあります。
中にはそういうルートを取る人もいるかもしれませんね。
>むしろ拾う一択な件について
>捨てるという択があることが信じられない
>ルートも何もダンジョンRTAなんてケンジくんしかしてないけどな
>さすがにエクスカリバーともなると、ケンジくんレベルでもタイムを短縮できる可能性があるのか
>逆にどんだけ強いのか見てみたい
>確かに。どれだけの威力なんだろう
>聖剣を使ったタイム短縮の方法を見てみたい
なるほど。エクスカリバーを使ったタイム短縮の方法か。それは確かにそうかもしれない。
毎回拾えるものでもないし、使い方の説明のために今回は拾っていくのはありかもしれないな。
やっぱりみんなにコメントしてもらえると参考になる。
俺は黄金色の剣を手に取った。
ずしりとした手ごたえが手のひらに伝わる。
本物の剣を持つなんていつ以来だろうか。
>ケンジくんがついに武器を拾った……!
>わざわざ拾うってことは、ケンジくんが殴るよりも強いってことでしょ
>そんな武器がこの世に存在するのかよ
>さすが神の遺剣
>いったいどんなぶっ壊れ武器なんだ……
エクスカリバーを回収すると、俺は壊れかけの玉座の裏に回った。
床を調べると、隠し階段が現れる。
ちなみに部屋はほとんど壊され、床の下を見ても暗黒の宇宙が無限に広がるだけ。
なのに階段は下に向かって普通に続いていた。
不思議な現象だけど、それがダンジョンだからな。
「これで海底神殿はクリアですね。途中無駄足を踏んでしまいましたが、タイムとしてはまあまあといったところでしょうか」
>ようやくクリアか……
>今まで以上に濃い時間だったな……
>一生分は驚いたぞ
>そう思ってた時期が俺達にもあったよ
>まだこれ以上があるというのか……?
>ケンジくんの配信だからなあ
>海底神殿を抜けたらどこに出るんだ?
階段を降りていき、その先にある扉を開く。
そこは洞窟のような場所だった。
ごつごつした岩肌の道が真っすぐに続いている。
湿気の強い空気が流れ込み、潮の匂いが鼻を突いた。
さっきまで清められた清浄な空気の中にいたから、強烈な潮の香りを吸うと、人間の世界に帰ってきたという感じがするな。
「この感じだと、地下92階あたりでしょうか。まあまあショートカットできましたね」
85階から移動したので、7階分ショートカットできたことになる。
しかしなにより大きいのは、海底洞窟にやってこれたことだ。
海底神殿を抜けた先は、必ず海底洞窟になる。これがこのショートカットの一番の恩恵だ。
海の上をひたすら走るというあの理不尽なマップをもうやらなくていいと思うだけで、だいぶ気が楽になるんだよな。
>100階まであと8階か……
>ドキドキしてきたな……
>もうすぐ終わりかと思うと寂しくもなるけど
>次は中級ダンジョンのRTAでもいいんだよ
>その前にスキルの解説動画だろ
>そうだった
>それも早く見たい
海底洞窟を進んでいると、道の先にモンスターの気配を感じた。
狭い道を駆け抜けて角を曲がると、正面にそいつが見える。
両生類のような湿った肌に、藻類のような緑色の体。両目は魚のようにぎょろりとしている。
腕や足には、ひれのようなものもついていた。
「半魚人のマーマンですね」
手には三又の槍、トライデントを持っている。
こんな見た目だが実は結構強い。
特に海中で出会うと高速で動き回るので、倒すのに時間がかかる面倒な相手だ。
しかしここは洞窟だ。
狭い洞窟で槍を持ってるとなると、まず高確率で突き攻撃をしてくる。
広い場所だと槍を回したり、薙ぎ払い攻撃をしてきたりするので難易度が上がるが、洞窟なら簡単だ。
マーマンがこちらに気が付くと、予想通りトライデントを構えてこちらに突き出してきた。
前に進みながら槍の攻撃をかわす。
そして、マーマンがそのまま倒れた。
「槍を掴むと同時に電撃の魔法を流して感電させました。これで簡単に倒せます」
突きという最速でこっちに近付いてきてくれる攻撃なのも、タイムが短縮できていいですね。
好きなモンスターの部類です。一番は戦わないことですが。
>そこだけ聞けば博愛精神に富んでるんだけどなあw
>神を倒したケンジくんじゃもはやこの程度はな
その後もたまにすれ違う半魚人を黒焦げにしながら先に進む。
やがてとある部屋の前に辿り着いた。
扉を開くと、広い部屋の中に10匹近いマーマンが集まっていた。
「半魚人は単独で斥候をすることもありますが、基本的にはこのように集団で存在しています。全部と戦っていては当然ながらタイムをロスしてしまいます。
そこでエクスカリバーの出番です」
>おお、ついに!
>ここで使うのか!
俺は黄金色の剣を構え、無造作に横に振るう。
黄金色に輝く光の刃が飛び出し、10匹の半魚人たちをまとめて切り裂いた。
「こんな感じですね」
>さすが神の武器
>深層のモンスターもまとめてひと薙ぎか
>確かに強いな
>けど、ケンジくんのパンチの方が強そう
「確かにこれくらいの数のモンスターなら自分で倒した方が早いです」
>それもどうかと思うけどw
「けど、エクスカリバーの真価は別にあります」
俺はダンジョンの壁に近付く。
そこには、光の刃で真っすぐに切り裂かれたダンジョンの壁があった。
扉を抜けて外に出ても、斬撃のあとが廊下の先にまで続いている。
>え、外にも……?
>廊下の先にまで続いてるけど
>この斬撃、どこまで続いてるんだ……?
「これがエクスカリバーです。一振りするだけでダンジョン全体を切り裂いてしまうんですよね」
聖剣エクスカリバーは強い。
けど、強すぎる。
とんでもない切れ味と、溢れ出す神気によって、一振りするだけでダンジョン全体を切り裂いてしまうんだ。
一撃でモンスターを全滅させられるけど、ダンジョンも壊してしまう。
ダンジョンを破壊するのは俺の流儀に反するため、使わないようにしていたんだ。
とはいえ、状況によっては有用なのも確かだからな。使いたい人もいるだろう。
俺としては実演も終わったのでここに捨ててもよかったんだけど、ふと視線を感じて振り返る。
シオリがじっとこちらを見ていた。
「シオリが使ってみるか?」
「せっかく拾ったんだし、捨てるのももったいないでしょ」
>それはそうw
>シオリちゃんが庶民派で安心する
>この配信の唯一の良心
受け取ったシオリが軽く振ってみたが、ダンジョンの壁を少し切り裂いただけだった。
「振ると同時に切っ先を伸ばすようなイメージだな」
「扱い方にもコツがいるのね……」
何度か振るうちに、光の刃が長く伸びるようになってきた。
この分なら使いこなすまでそうかからないだろう。
俺には使い道がなかったけど、シオリの護身用にはちょうどいいかもな。
>聖剣を護身用扱い……
>どう考えてもメインウェポンだろ……
>神話級とかじゃなくて、ガチの神武器だからな
>シオリちゃんも聖剣より強い攻撃手段を持ってるってこと……?
>もう人類じゃこのカップルには勝てないのでは
これでこの階のモンスターはほぼ一掃しました。
後はこの海底洞窟が100階まで続くだけなので、トラブルがなければすぐに辿り着けるはずです。
ではどんどん先に進みましょう!