第86話 怒りの大天使降臨
閲覧室の扉を抜けると、大きなホール状の部屋にやってきた。
一般の図書館でいったらイベント会場みたいな場所になるんだろうか。中央にピアノとかが置いてあったらだいぶ絵になりそうな場所だ。
もちろんここのホールにはピアノなんてなく、俺たちを待ち構えるように数十体の天使が並んでいた。
>完全に待ち伏せされてるw
>あんだけ暴れれば多少はね
>あれほど図書館では静かにっていったのに
>というか、ケンジくん相手に待ちの構えって……
>攻撃しろって言ってるようなものじゃん
>何もわかってないな
>天使といってもしょせんは尖兵か……
>せめて3翼の大天使クラスでないとな
「確かに天使を一瞬で倒すのは簡単です。
けど、天使がああやって構えを取っているのは、ある理由のためです」
>あえてつっこむけど数十体の天使を一瞬で倒すのは簡単ではないからね?
>そうだった。全然違和感なかった
>で、こいつらがどうなるん?
「より強力な個体になるんです。そうすると倒すのにも一手間かかるようになるので、そうなる前に倒すことをオススメします。
今回は解説のためにあえて待つことにしましょう」
解説する間に、天使達が剣を天に向けて掲げた。
切っ先が太陽のように輝いたかと思うと、部屋全体を埋め尽くすような純白の光を放つ。
>うおっ、まぶし
>真っ白で何も見えん
>いったいなにが
やがて光が収まると、数十体の天使は一人残らず消えていた。
代わりに一体の天使がホールの中央に鎮座している。
アークエンジェルの倍はありそうな身長に、純白の布のようなローブを身に巻き付けていた。
背中に広がる6枚の翼が、ダイヤモンドのように白く輝いている。
>え
>あああ……
>終わった……
>セラフが顕現した……
>もう終わりだ……東京は浄化されるんだ……
「現れましたね。アークエンジェルが集まると、こうやって大天使を召喚するようです」
代わりに天使たちは一人もいなくなるけど。
自分たちを生贄に召喚してるとか、そういうことなんだろうか。
まあその辺は詳しくないが、この状態になると普通の攻撃は効かなくなる。
天使だからか、周囲が光の魔力で覆われていて、人間には触れる事が出来なくなるんだ。
他では見たことない魔力なので、俺はそれを「神性」と名付けている。
大天使に攻撃するためには、こちらもその神性を獲得する必要があるというわけだ。
>天使が持つ不可侵領域だな
>そんなのどうすれば……
>人間には絶対勝てないってこと?
>神性を獲得って、どうやるんだ
「やり方は簡単です。まず自分の中に神を宿してください」
>は?
>は?
>は?
>ケンジくんは元から神だが?
「そうすると宿した神から魔力を引き出せるようになりますので、それを拳に宿しましょう。これで準備は完了です」
俺は神性を宿した拳を構え、大天使に狙いを定めた。
そのまま拳を正面に突き出す。
拳に宿した神性が弾丸のように飛び、大天使の身体を貫通した。
光子がほどけていくように大天使の身体が崩壊し、細かい光の粒子となって空気の中に溶け消えていく。
「このように神性を得れば他のモンスターと変わりありません。パンチで倒せます」
>パンチですらなかったけどww
>大天使すら瞬殺、か
>てか神性って何だよ……
天使が大天使になったところで、羽の数が増えたくらいで、大差はありません。
ゴブリンとホブゴブリンくらいの違いでしょうか。
むしろ鎧がない分、全身が弱点ともいえるのでサクッと倒せますね。
多くの天使を倒すのが苦手な人は、大天使になるのを待った方がタイムを短縮できるかもしれません。
>そんなわけないだろwww
>そいつ一体で世界が滅ぶところだったんだぞwww
>セラフをホブゴブリン扱いできるのなんてケンジくんしかいないよ
>神聖魔法の加護を破れるのは神聖魔法だけだぞ
>てことはケンジくんの言う神性って、神聖魔法のこと?
「え、これが神聖魔法だったんですか?」
>だからなんで本人が知らないのw
>神聖魔法は人間には解析不能で、初歩の原理すら分からなかったのに
>まーた人類の歴史を変えちゃったよ
そのとき、コメントに目立つ文字が現れた。
>【500000円】そんな方法があるなんて、参考になりマシタ
>【500000円】上級ダンジョンに行ってくれる冒険者がいないので助かりマース
え、50万円?
ど、どういうこと。
いまこの2回で100万円も入ったってこと……? え、え……?
>ケンジくんがめっちゃ動揺してるww
>というか上限10万じゃなかったっけ
>そもそもスパチャはシオリちゃんに禁止されたよな
>いつ解禁したっけ
>俺は送れないぞ
>シオリ:禁止のままのはず。どういうこと?
>ワタシなら特権で送れるのデース
>特権?
>そんなのあるのか?
>いや聞いたことあるぞ、運営が一部の冒険者に特権を付与したって
>特権持ちの冒険者って確か……
>そういえばこの特徴的な話し方……聞いたことが……
>ミカエラ:ハーイ、その通りミカエラデース
その瞬間、コメント欄が一気に沸き上がった。
>え!?!?
>ミカエラ!?!?
>ウッソだろ!?!?
>七大災厄の一人、【綺羅星】のミカエラじゃねーか!!!!
>ミカエラ:ワーオ、ニッポンにもファンがいて嬉しいデース
>日本人でミカエラを知らないのは一人しかいないよ
ミカエラ? 有名人なのか?
>ほらな
>ですよねー
>走らない冒険者に興味ないからな
>マジで興味ない事には興味ないのがケンジくん
>ミカエラ:質問してもいいデスカ
もちろんだ、何でも聞いてくれ。
そのための配信だからな。
>ミカエラ:上級ダンジョンは神聖魔法の光で満たされてマス
>ミカエラ:なのにアナタは普通に歩いてマース
>ミカエラ:どうして聖別されないのデスカ?
ああ、そのことか。
聖別ってのは分からないけど、天使の光の即死効果のことですよね。
それなら単純に魔力で防いでいるからです。
配信用のカメラも含めて、周囲を魔力の膜で包んでいるので、天使の光を無効化できているんです。
>ミカエラ:神聖魔法を防げるのは神聖魔法だけデス
>ミカエラ:ですが神聖魔法は人間には使えない。このワタシでも無理デース
>ミカエラ:ですがアナタは使えるようデス
>ミカエラ:コツを教えてもらってもいいデスカ
コツと言われてもな……。
さっきも言ったように、自分の中に神を宿して、そこから取り出すだけなんですが。
神が分かりにくいなら、神性を生み出している魔力の源とでもいいましょうか。
>ミカエラ:天使の核デスカ?
ああ、確かにそうかもしれないですね。
天使の中にも同じものを感じるので、それかもです。
意識したことはなかったですが。
>ミカエラ:ですが天使はそもそも生命じゃないデース
>ミカエラ:なので天使の核を人間が取りこむことは不可能のハズ
>ミカエラ:どうやるのデスカ?
うーん。そうですね。
そもそも天使の核を直接取り出しているわけじゃないので、厳密には違うと思いますが……。
核を自分の魔力で包み、自分の中に馴染ませる感じでしょうか。
そうすることで自然と取り込めるようになります。
>ミカエラ:天使の核を魔力で包んで馴染ませる? 拒否反応をなくすというコト……?
>ミカエラ:まさか……
>ミカエラ:………………ハハハッ!
>ミカエラ:つまり人と神の境界線を曖昧にして天使と融合するんですね! クレイジーデース!!
よくわからないけど、伝わったみたいで何よりだ。
>質問のレベルが高すぎる……
>一体何の話をしてるんだ……
>ガチの上級者じゃねーか……
>上級ダンジョンに単独で入れる数少ない存在だからな
>そんな人間、地球上でこの二人しかいない
>これが……神々の会話……
そんな感じで質問に答えていたんだが、ミカエラに答え始めてからシオリが妙に静かなんだよな。
背後からも不機嫌な気配が漂ってくるし。
「………………」
……剣の柄に手をかける音が聞こえた気がしたけど、気のせいだよな?
>シオリ:コメントを私物化しないで
>ミカエラ:オー、確かにワタシ一人で使いすぎてましたネー
背中の殺気が消えた、気がする。
ゆ、許されたのか……?
どうやらミカエラ一人と話していたのがよくなかったみたいだ。
>ミカエラ:アナタのようなクレイジーな冒険者は初めて会いましたデース
>ミカエラ:デスガ、そうでなければ上級ダンジョンは攻略できマセン
>ミカエラ:目が覚めました
>ミカエラ:さっき帰ってきたばかりですが、またダンジョンに行きたくなっちゃいましたネー
>ミカエラ:少ないですが情報量デース
>ミカエラ:【10000000円】バーイ
一瞬スパチャされた金額が分からなかった。
えっと、十万くらい、だよな……?
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、……
>いっせんまんえん!!!!????
>さすがアメリカのナンバーワン冒険者
>ポンと投げられる金額じゃないぞ
>これで少ない? どんな金銭感覚なんだ
>いや実際安いだろ
>ガチでそれな
>上級ダンジョンの攻略法なんて、それひとつで人生100回遊んでもおつりが来るぞ
>この配信が無料で行われてるのが異常なんだよ
>金では換算できないくらいの情報を垂れ流してるからな
>マジでこの配信を境に人類の歴史は大きく変わるだろうな
>天使と神の倒し方もわかったしな
>わかっただけだけどな
>ガチでそれな
ミカエラがいなくなったことで、コメントもいつも通りの流れに戻った。
慣れない展開で少し緊張してしまったけど、質問はいつでも受け付けていますので、どんどんコメントしてくださいね。
>聞きたいことはいくらでもあるんだけどさw
>理解できたことは一度もないんだよw
>ミカエラレベルでないとわからないんだろうな
>クレイジーな考えはクレイジーな者にしかわからない
ミカエラのコメントのおかげで、配信的にもちょうどいい休憩になったと思う。
そろそろ先に進むとしようか。
と思って次の扉に向かったのだが。
「……これは」
目の前にあったのは、神聖な図書館に似つかわしくない、黒い鉄の門扉だった。
俺も初めて見る扉だ。
近づく者を威圧する独特の存在感を放つその扉には、こんな文章が彫られていた。
『この門をくぐる者は一切の希望を棄てよ』
いつもお読みいただきありがとうございます。
皆様の応援のおかげで「初級ダンジョンRTA」の書籍版が9/25に発売予定です。
もう来週なのかと思うとドキドキしますね。
喜ノ崎ユオさんの素晴らしいイラストも楽しめるので、ぜひよろしくお願いします!




