第84話 聖天使領域
純白の鎧を身に着けた天使を倒した俺は、天使が守っていた扉を開ける。
その先はまた別の部屋になっていた。
深海図書館は、普通のダンジョンみたいに部屋と部屋を通路で繋いでいる形じゃなくて、部屋の扉を抜けた先にはまた別の部屋がある。
なんていうか、普通の建物みたいな構造なんだよな。
次の部屋に入ると、新たな鎧姿の天使が3体待ち構えていた。
入ってきた俺に気がつき、腰の剣を抜いて構えようとわずかにその腕が動く。
その瞬間を逃さずに俺は接近し、続けざまに3連撃を叩き込んだ。
鎧の破裂する音が連続して響き、3体の天使が一斉に崩れ落ちる。
>早ええ
>マジで何も見えなかった……
>相変わらずの瞬殺
>出会うと同時に一瞬で倒しちゃう
>やっぱ海の上と比べると速さが半端ないな
>一対の翼しかないアークエンジェルとはいえ、上級ダンジョンのモンスターだぞ……
>そもそも天使を素手で倒してるのがヤバイんだが
ここの敵は硬いですからね。
それに、時間をかけると浴びるだけで即死させる謎の光を放ってきます。
なので一撃で倒した方がいいでしょう。
>天使の後光だな
>浴びるだけで聖別されるっていうあれか
>そのせいで一度世界が滅びかけたからな
そうなんですか?
>なんで知らないのw
>このままだと世界は滅ぶって一時期騒がれてたじゃんw
>マジでRTA以外興味ないなw
「なんで知らないのよ……」
シオリにまで呆れられてしまった。
そんなに褒められると照れるんだけど。
「ひとつも褒めてないわよ」
ため息をつきながらも、シオリが天使について教えてくれた。
「1年ほど前に【光騎士】と呼ばれた冒険者が天使を召喚したの。天使の力でダンジョンを攻略し、消し去るのが目的だったらしいわ」
「ダンジョンを消し去る?」
なんてもったいない。
走れなくなるじゃないか。
「そんな感想はケンジだけよ。日本じゃ実感がないかもしれないけど、ダンジョンって危険なの。
彼女の故郷だった中東のとある地域ではダンジョンの管理が甘くて、あふれ出てきたモンスターのせいで毎年何万人もの犠牲者が出ていたらしいわ。その状況に心を痛めていた彼女は、故郷にあるダンジョンを攻略し、消し去るつもりだったみたい。
顕現したのは3対の翼を持つ大天使セラフと、それに付き従う数十体のアークエンジェル。初級ダンジョンを攻略するには十分すぎる戦力だったわ」
「それでうまくいったのか」
「いいえ。失敗したわ」
シオリはゆるく首を振った。
「天使は世界の味方だけど、人間の味方じゃなかったのよ」
「どういう意味だ?」
「最初は狙い通りうまくいった。大天使が放つ神聖魔法によって初級ダンジョンは一撃で消え去った。だけど、天使たちの攻撃はそれだけじゃ終わらなかった。
天使にとっては、ダンジョンに住むモンスターと同様に、私たち人間も世界の敵と認識されていたのよ──」
シオリが言うには、天使が放つ神聖魔法の光はあらゆるものを浄化したという。
その光の前では、どんなに荒れた大地でも美しい白砂に変わり、水は清らかな光を放ち、生命は蒸発した。
人間も、植物も、空気中の微生物さえ、一切の存在を許さなかった。
その光の中では、天使のみが唯一存在を許された。
天使の神聖魔法によって「聖別」された大地は、あらゆる生命が死に絶えた、天界の如き美しい大地に変わったという。
>汚物は消毒だーってか
>天使は神の御使いであって、人間の守護者ではなかったってことだな
>人間に限らずすべての生命を滅ぼしたけどな
>シオリちゃん説明上手い
「その後、色々あって地上の天使たちは討伐されたけど、神聖魔法による聖別の跡は解除されることなく、今も残ってる。
神聖魔法は、私たちが知る魔力とは違うまったく別の力を使った、まったく別の原理によって動く魔法だったのよ。
解除方法どころか、その原理の一端すら人間には何も分かっていない。聖別された地域は、恐らくは永久に生命が存在できない大地のままだろうと言われてるわ」
「そんなことがあったのか。全然知らなかったな」
「……どうせそんなことだと思っていたけど」
またしても呆れた目を向けられてしまう。
RTAに必要ない情報は全然見なかったからなあ。
世界の難しいことは、そういうのが得意な人に任せた方がいいだろうし。
「世界が滅んだらRTAも出来ないわよ」
「それは困るな」
うーん、今後はもう少しニュースとかも見るようにすべきか?
>これからは世界が滅びそうになったらケンジくんに頼んでいいってこと?
>その手があったか
>マジかよ。勝ったな
>ケンジくんは神かな?
>ケンジくんは最初から神だよ
でもニュースって苦手なんだよなあ。
見てると飽きるっていうか……
タイム短縮の方法が出てこないからつい他のが見たくなるっていうか……
>当たり前だろw
>それはそうw
>ニュースよりアニメとかドラマの方が面白いしな
>それもそう
「まあ、分からないことがあったらシオリに聞けばいいか。それとも迷惑だったか?」
「………………。別に、迷惑じゃないけど」
>なんだかんだ激甘のシオリちゃん
>見えないのにシオリちゃんの表情が見える……
>はよシオリちゃんも写せ
「シオリは顔出しNGなので」
とにかく、シオリのおかげで天使については分かった。
見つけ次第さっさと倒した方がいいってことだな。
「……てことは、天使の倒し方も伝えたほうがいいってことだよな?」
>そんなのがあればな
>俺倒し方知ってるよ
>奇遇だな俺もだ
>拳を握って殴ればいいんでしょ?
>はえーかんたんだなー(予行演習
確かにその通りですが、天使が身に着けている鎧は凄く硬いので、ただ殴るだけでは倒すのは難しいです。
倒せないことはないですが、多少時間がかかってしまいます。
>え?そうなの?
>ケンジくんですら?
>さすが天使……
>これが上級ダンジョンか……
>天使を少しでも簡単に倒せる方法があるなら聞きたいな
>もしかしたら今度は天使が日本に顕現することもあるかもしれないしな
>勝てる気は全くしないけど、だからといって何もしなければ死ぬだけだしな
>自衛手段が多くて困ることはない
>それもそうだな
一撃で確実に倒すためには、弱点を狙う必要があります。
そのためには相手が動き始めた一瞬を狙うのが一番確実なんですね。
>天使に弱点なんかあったのか
弱点というか、身に付けている鎧に欠陥があるという感じですね。
実は天使が動き始めた瞬間に、鎧の可動部分に10分の1秒ものあいだ0.01ミリの隙間が生まれるんです。
>は?
>は?
>は?
そこを狙って魔力を流し込んでください。
そうすることで簡単に倒せます。
>バカ言わないで?
>0.01ミリって髪の毛より細いんだが?
>はえーかんたんだなー(本番
>倒せない人はどうしたらいいんだ?
もちろん何度も戦っていると、角度やタイミングがズレてしまうことはあります。
人間ですからね。失敗するのは当然です。
>ニン、ゲン……?
>俺たちのことを言ってるんだよな?
>すでに4体もの天使をワンパンで倒してる人が人間なわけないもんな
ですが心配ありません。ちゃんとミスった時用のリカバリープランがあります。
タイミングをミスったなと感じたら、すかさず相手の右胸をまっすぐに突いてください。バランスを崩して後ろに倒れそうになると、それを止めるため右足で踏ん張ろうとします。
その瞬間、足の付け根の部分に同じく0.01ミリの隙間ができるので、まっすぐに蹴り上げてください。それで倒れます。
解説していると、奥からさらに数体の天使が現れた。
「ちょうどいいですね。実践してみましょう」
俺はすかさず新手の天使に近づき、正面の2体を無力化する。
最後に残った1体にむけて、あえて弱点以外を殴ると同時に右胸をまっすぐ突いた。
──ドドンッ!
連撃音が響き、後ろに押された天使がたたらを踏む。
その瞬間を逃さず、隙間のできた股関節を強く蹴り上げた。
どぐちゃ。
「~~~~~~~~っ!!!!!」
悶絶するような悲鳴をあげて天使が崩れ落ちる。
「このように、蹴り上げると同時に魔力を内部に流し込むことで、簡単に無力化できるんですね」
>いま魔力流す必要あった?w
>何かの潰れる音が聞こえたんだけどw
>なぜか俺の股間まで痛い……
>天使の歌声(絶叫)
>天使に股間ってあるのか?
>天使は両性具有だ。つまり“有る”ぞ
>罰当たりにもほどがある……
>神聖魔法を解析するとかじゃないのかw
>ケンジくんならやってくれると思ったのにw
神聖魔法が何かは分からないですが、殴って倒せるならそれが一番早いです。
>それはまあそうか
>ケンジくんだしな
>期待した俺たちが間違ってた
>コメントもだいぶ調教されてきたな
「とりあえずこの辺のモンスターはこれで大体掃討できましたね。では先に進みましょう」
部屋の奥にあった、やや大きめの扉を開ける。
「ここまでは書庫でしたが、ここから先は閲覧室になります。いわゆる第2ステージですね。それでは先に進みましょう」




