第82話 深海図書館の秘密
海底神殿の壊れた扉を抜けて中に入った。
と、同時に俺はすぐさま加速魔法をかけ直す。
「ここに入ると、かかっているバフ魔法が解除されます。なのですぐに加速魔法をかけ直しましょう。ここでの0.1秒がそのままタイムに直結しますからね。
最初から消えるとわかっているので、慣れないうちは入る前にステータス画面のショートカットを開いておくといいです。そうすれば呼び出すだけですから」
>ステータス画面……?
>ショートカット……?
>魔法を呼び出す……?
>なにを……なにを言っているだ……
>動揺でなまってるぞw
>知らないやつがいたか
>その解説したのまだ同接50人くらいの頃だったしなあ
>世界が変わるレベルの情報なのにアーカイブに残ってないという
>その50人が保存してなかったら二度と手に入らないんだよな
>早くケンジくんを世界遺産にすべき
加速バフをかけ直すと、さっそく神殿の中を進んでいく。
中は神殿の名に相応しい豪華な内装だが、ひとつ大きく違う点があった。
それは天井まで届く本棚が壁一面に並んでいることだ。
>ここが深海の隠しダンジョン……
>一体どんな場所なんだ……
>これまで存在すら知られてなかった場所が配信に流れるってことだろ
>間違いなく世界初だぞ
>教科書に載るレベルの瞬間をこの目で見られるなんて
>最初からそんな瞬間ばっかりだったけどな
>さすがケンジくんの配信
中は広い空間になっていて、本棚の中は当然、たくさんの本で埋め尽くされていた。
パッと見ただけでも数百冊はありそうだ。
だからこそここは海底神殿でありながらも、深海図書館と呼ばれている。
「本の中には興味深い内容もあるのですが、RTAに関係するものはないのでここでは省略していきたいと思います」
>ケンジくんが興味を持つ内容?
>RTA以外でそんなの存在するのか?
「主に魔法や魔力、ダンジョンについてなどですね。特にダンジョンの構造について書かれた本などは結構面白かったです」
>え?
>ダンジョンについて?
>いまだに解明されてないんだけど……
>なんでそんな本が……
>それめちゃくちゃRTAに関係あるのでは!?
「ダンジョンを知ることはRTAの基本ともいえるので、その点で無関係ではありませんが、今読んだところでタイムが縮むわけではないですからね。読むことが新しいショートカットのトリガーになってるとかなら話は別ですが、RTA中の今は必要ありません」
>もしかしてここにある本は全部読んだことあるの?
「はい。どこにどんなショートカットがあるか分かりませんから、加速魔法を使って一気に読みました。だいたい一時間くらいでしたかね。残念ながらタイムを縮められるギミックはありませんでした。とはいえ検証は大事です。何もない、ということが分かったのは大きな収穫ですからね」
>この量を一時間で……
>嘘だろ、数百冊……いや千冊以上はあるぞ……
>その能力俺も欲しい
>わかる、積読になってる本がヤバいくらいあるしな
「というわけでここに用はありません。さっさと先に進みましょう」
そういって広い部屋を奥へと進む。
部屋の突き当りには扉があり、その前に甲冑姿のモンスターが立ちはだかっていた。
白く輝く美しい純白の鎧を身につけ、その背中には純白に輝く1対の翼を広げている。
体長2メートルはありそうな体よりもさらに長い槍を構え、まるで扉を守るように佇んでいた。
「えっ」
背後からシオリの絶句するような声が聞こえた。
>は?
>嘘だろ……
>なんでこんなところに……
そんなコメントが流れる間に俺は素早く踏み込み、純白の鎧に目掛けてパンチを繰り出した。
鎧がひしゃげ、内部の砕ける音が聞こえる。
その一撃で鎧姿のモンスターはその場に崩れて動かなくなった。
「ここのモンスターはそれなりに強いです。特にあの羽で飛び回られると時間がかかって厄介なので、動き出す前に倒すことをオススメします」
そう説明する間にも、コメントのざわつきは続いていた。
>いやいやいや……
>ヤバイってあれは……
>一対の純白の翼って……それってつまり……
>もう倒しちゃったけど……
>ヤバイよな? 絶対にヤバイよな?
「もしかしたら、今のを見て疑問に思った人もいるかもしれませんね」
>あれって、そうだよな……
>見間違いじゃないはず……
>あれがいるってことは、ここは……
「ええ、そうです」
俺はコメントに合わせるようにして頷いた。
「あの甲冑モンスターを一撃で倒すには、小さい隙間を狙う必要があります。その位置を知りたいんですよね?」
>そこじゃなーーーーーい!!w
>そんなこと知りたいわけないだろ!!!w
>鎧ごと叩き潰したくせに隙間とか必要あった??
>てか今の天使だろ!?!?
>純白の翼を持つ神の尖兵……アークエンジェルじゃねーか!!
>どうして天使がいるんだよ……
>あいつらは殲滅したはずだろ……
振り返ると、シオリも青ざめた顔で倒れた甲冑姿のモンスターを見ていた。
そういえばここのモンスターって倒しても消えないんだよな。
他とは違うんだろうか。
「………………。そうね。だいぶ違うわね」
「どう違うんだ?」
「天使が出るということは……ここは、上級ダンジョンよ……」
え? 上級って、中級の上のあれか?
「当たり前でしょ……」
いつもなら馬鹿にするようなシオリの言葉にも力がなかった。
そういえば10階で入ったショートカットも中級ダンジョンにつながってたんだっけ。
なら次は上級ダンジョンでも不思議はないか。
「それで、上級って他のダンジョンとどう違うんだ?」
「………………。ケンジが覚えてるか分からないけど。中級ダンジョンでは神話に出てくる伝説のモンスターが出てきたでしょ?」
「ああ、ミノタウロスとかメデューサとかだろ」
普通のモンスターとは違って特殊な倒し方が必要だからな。
もちろん覚えている。
「中級で神話級のモンスターが出るということは、上級にはそれよりも上位の存在がいるってことなの。つまり……わかるでしょ?」
「つまり、なんだ?」
「なんで分からないのよ……。つまり上級ダンジョンには……」
シオリは静かに息を吐くと、震える声で答えた。
「神がいるのよ」




