第80話 想定通りの想定外
階段を降りて78階にやってきた。
そこもやっぱり小さな島だ。
潮の香りも、波の音も、太陽の輝きも、何ひとつ変わりがない。
もし何かの罠で同じ階に戻されていたとしても分からないかもな。
>変わり映えのないカスマップ
>マップ担当者絶対酒飲みながら作っただろ
>マップ担当者って誰だ?
>神様かな?
>神は確かにどの神話でも酒ばっか飲んでるイメージあるな
>さすがにそれは偏見では
>てかこの海からまたあの小さな島を探すのか……
>今時虚無期間のソシャゲでさえもうちょっとマシなことやらせるぞ
>でかい=ヤバイがこのステージのコンセプトだからな
>確かにやべえわ
「さて、海ステージのショートカットにおいて、ここから先が一番の難所になります。目的のものがあるのですが、それが出現するかどうかは運次第なので、それが見つかるまで階を降りていくことになるんですね。
そのために乱数調整をしましたが、こればっかりは本当に運なので、この階に出てこないと……」
言いながら俺はサーチを使って目的のものを探す。
「……ああ、よかった、上手くいったようです。目的のものを見つけましたので、さっそくそこに向かいましょう」
>いったい何があるんだ
>どきどき
サーチした場所に向かって海を走っていく。
幸い次の階段からもそんなに離れていない場所だった。
正反対の方向になる可能性もあったので、それを考えると相当に運がいい方と言えるだろう。
これはショートカット成功の可能性も見えてきたか……?
そんなことを思いながら目的の場所に向かう途中で、キラーシャークの群れを通り過ぎる。
適当に踏みつぶしてタイムを稼ぎつつ、あえて何体か残しておく。
そのおかげで、走り去っていく俺たちのあとをキラーシャークの群れが追いかけてきた。
>ケンジくんがモンスターを殺さないだと!?
>一匹で1000分の1秒もタイムを縮められるのに!?
>バカな……そんなことあるはずが無い……
>天変地異の前触れか……?
>めちゃくちゃ言われてて草
>でも実際RTA脳のケンジくんがタイム短縮のチャンスを見過ごすなんてありえないからな
>100億円よりも0.1秒を優先するくらいだし
「実はこの先でキラーシャークが必要になるんですよね。
倒した素材を拾ってもいいのですが、そうするとその分だけ重量が増えてタイムが落ちてしまいます。
それよりはキラーシャークを怒らせて動きを制御する方が効率的ですし、タイム短縮にもなりますから」
キラーシャークよりも俺達のほうが早いためどんどん引き離してしまうが、問題ない。
モンスター同士はある程度連携している。
こうしてキラーシャークを怒らせれば、それは他の群れにも伝わり、遠くにいる群れもこっちに近付いてくるだろう。
やがて目的の場所に着いて足を止めた。
そこは一見すると何もない海のど真ん中だ。
周囲を見渡しても小さな島のひとつも見当たらない。
>ここに何が……?
周囲にはキラーシャークの群れが集まってきている。
数十匹はいるから、数としては十分だろう。
その内の一匹が俺たちに向かって襲いかかろうとした瞬間、その姿が急に消えた。
>え!? 今何が……?
>何も見えなかったぞ
>またケンジくんが何かしたのか?
>いや、そういう感じじゃなかったな
>消えたというか、海に引きずり込まれたというか……
そんなコメントが流れる間にも、キラーシャークの姿が次々に消えていく。
足元の海中には、いつの間にか巨大な黒い影が揺らめいていた。
「海ステージのモンスターは大体キラーシャークかフライフィッシュですが、もちろん他にもいます。
大抵は深海にいるので会うことは稀なのですが、運がよければ餌を取りに海面まで上がってきたところに遭遇できるでしょう」
>おいおいおいおい……
>これってまさか……
キラーシャークを怒らせれば、他の群れにも伝わる。
そしてそれは、キラーシャーク以外にも同じだ。
とはいえ海面まで上がってくるのを待っている時間がもったいない。
俺は魔力を糸のように伸ばすと、海中にいるそいつに巻き付けて引っ張り上げる。
海を割るようにして、体長100メートルはありそうな巨大なイカのモンスターが、水しぶきを上げながら飛び出してきた。
>うおおおお!
>なんかすごい化け物が出てきた!
>でっかいイカ!?
>まさかクラーケンか!?
>マジかよ……本物初めて見た……
「そうですね。巨大イカのモンスター、クラーケンです。こんな早くに会えるなんてラッキーですね」
>こいつと会ってラッキーっていう奴初めて見たw
>一応海ステージのレアモンスターではあるけどw
>レアモンスターを釣り上げたのか……?
>そんな方法を見つけられるの世界中でもケンジくんだけだろうな
>普通は出会う方法じゃなくて、出会わない方法を知りたいからなw
>そもそもこの階層でレアモンスターに会いたいと思う命知らずがいるわけないし
>あっさり倒してるから感覚麻痺するけど、さっきから踏み台にしてるキラーシャークも1匹1匹がレベル100を超える化け物だからね
>体長10メートルはあるサメだからな
>地上ならそれ1匹で大作映画になるレベル
>所詮は魚。ケンジくんの前ではカマボコの材料にしかならないよ
飛び出したクラーケンは巨大な目で俺たちを捉えると、そのまま10本の腕で俺たちに絡みついてきた。
魔力の膜で覆っているため直接捕まる事はないが、それでも周囲は巨大な吸盤まみれになってしまった。
>キモいいいいい!
>こんな目の前でクラーケンの吸盤を見る機会もないだろうな
>貴重な映像
>普通はこの瞬間に即死だからな
>てか、なんかミシミシ言ってない……?
>そう言われれば確かに……
イカやタコのような軟体動物は全身が筋肉だといわれている。
自由に収縮できるその体すべてが、筋肉と同じように動くことが出来るからだ。
だから体が大きくなるほどその力も倍々に増えていく。
これだけの大きさのイカなら、腕の一本で数100トンくらいの握力はあるんじゃないだろうか。
イカに握力という表現であってるかは分からないけど。
>そんなこと言ってる場合じゃないって!!
>明らかにミシミシ言ってる!!
>おいおい周囲にヒビまで入ってるって!!
>このままじゃ潰されちゃう!!
「ちょ、ちょっとケンジ……」
背後のシオリも不安を感じたのか、俺の背中にすがりついてきた。
確かにこの光景はちょっと怖いかもしれないな。
何しろクラーケンといえば、海の悪魔とも言われる恐るべきモンスターだ。
人間は水上歩行で海の上は歩けても、海の中まではそうはいかない。
自由に活動できないのに対し、海洋生物は自由に動き回れる。
しかも10本の腕が自由自在に襲いかかってくるから、対処が本当に難しい。
というか、水中でクラーケンに出会ったらまず終わりだ。
吸盤だらけの腕に絡みつかれて、大幅にタイムをロスしてしまうだろう。
>タイムのロスで済むわけないだろwww
>普通に命をロストするんですがwww
>さすがにこれはケンジくんでも……
「ではまずこいつを狩ります」
魔力の膜を解除し、それと同時に腕を前へと伸ばした。
──ドバァン!!
周囲に絡みついていたクラーケンの腕が吹き飛び、その先にあった胴体が破裂した。
10本の腕が力を失って次々と落ち、真っ二つにされたクラーケンの体が海の中に沈んでいく。
>ワ ン パ ン
>やっぱりしょせんはイカか
>いやいやいや……クラーケンだぞ……
>しょせんは魚のキラーシャークとはわけが違うんだが……
>それを……パンチ一発で……
>どこかに弱点でもあったってことか?
「一応弱点のようなものはありますが……イカの骨は柔らかいので大したことありません。強めに殴れば、どこを殴っても倒せると思います。そういう意味では全身弱点ですね。なので倒すコツとしては、とにかく強めに殴ることです」
>相変わらず何の役にも立たないアドバイスありがとうw
>てかあれで強め程度なんかいw
>俺なんて中層のクラーケンにすら全力で攻撃してもかすり傷一つ負わせられるかどうかだぞ……
>イカといっても海ステージのレアモンスターだからな
>クッッッソ硬いゴムみたいな体なんだよな
「ああ、どこでもいいといっても、もちろん足は意味ないので、胴体を狙ってください。
吸盤の力はすごいので捕まると大幅なタイムロスになり得ますが、その前に倒せば問題ありませんね」
>クラーケンの攻撃もケンジ君にとっては遅延行動でしかないのか……
「この階の乱数調整はこれで完了です。
さっさと次に進みたいのですが、実はこのクラーケンの足が一本必要なんですよね……」
海の上にぷかぷかと浮かぶ巨大なイカの足。
パッと見ただけでも太さはちょっとした巨木程度はあり、長さも50メートル近くはありそうだ。
これを持って走った時のタイムロスなんて考えたくもない。
>でかいww
>これは大幅なタイムロス待ったなしww
>魚の鱗1枚でもタイムロスにつながるのに……
>命よりも大事なタイムがこんなイカの足に奪われるなんて……
>これ持って走るくらいなら再走もしたくなる
>でも実際どうするんだ
「持っていくことはできませんので、先に飛ばしておきましょう」
クラーケンの足を空に向かって蹴り飛ばす。
ものすごい勢いで水平線の向こうまで飛んでいった。
>ええ……一瞬で見えなくなった……
>脚力やば
>あれだけの速度で走れるんだからこれくらいはな
その後、飛ばしたイカの足を追いかけるように走る。
やがて見えてきた小さな島の横には、先ほど蹴り飛ばしたクラーケンの足が落ちていた。
これで78階もクリアだ。
>もはや誰も驚かないけど、これだけの距離を蹴り飛ばして正確に着地させるコントロール技術やばいよな
>本当に今更だけどな
>それよりもやばいことが起こりすぎてて、それくらいならまあ……になってるのがヤバい
では次は79階ですね。
このイカの足を使って更なる大物をおびき寄せる予定です。
>さらなる大物……?
>それってまさか……
ここまでくればショートカットはもはや成功したも同然なので、どんどん進みましょう!




