第79話 ここからはリスクを取って行動します
階段を降りた先は、小さな島の砂浜だった。
一面360度、全てに青い海が広がっている。
陸地どころか小さな島の一つも見当たらない。
>なーんにもないな
>この中からまた階段のある小さな島を見つけろって?
>何年かかるんですかねえ
>あまりにもクソステージ
そんなコメントが続いてる。
その気持ちはよくわかる。俺も階段を降りると同時にサーチを使ったが、次の階段を見つけるのに0.1秒もかかってしまった。
普通のステージなら時間の感覚が分からないくらい一瞬なのに。
これも広すぎるのが原因だ。
「文句を言っても始まりません。さっそく次の階段へと向かいましょう」
そう言って海の上を走りはじめた。
水上歩行の魔法を使っているからいつもより少し遅いが、おかげでシオリもついてこれているようだ。
このまま走ればあと2、3分で目的地に着くだろう。
その前にやることを説明することにする。
「海ステージのショートカットを使うにはかなりの運が必要です。普通に走っていては多分一生出会えないでしょう。そのためかなり強めに乱数調整をする必要があります」
>でた乱数調整w
>ゲームと現実を一緒にしないでくれますかw
>乱数調整? なんだそれ?
>そういやその説明をしたのってまだ5階くらいのころだったか
「簡単に言えば、ダンジョン生成をランダムではなく、こちらである程度制御するということです」
>なるほど、わからんw
>ダンジョンは生きてるから、入ってきた冒険者に合わせて形を変えるらしい
>それを逆手にとってダンジョン生成を冒険者側から制御することらしい
>それを使ってフロアの罠を作らせたりしてショートカットにしているらしい
そうですね。解説ありがとございます。
なんか俺よりみんなのほうが説明がうまいな。
みんながやったほうがいいんじゃないか。
>できるわけないだろそんなのwww
>全部ケンジくんが言ったことをそのまま言ってるだけだよwww
>言っとくけどケンジくんが言ってることいまだに何一つ理解してないからなwww
>まず魔力制御の方法から教えてくれませんかね早く
そういえばそれも教えるって約束したんだっけ。
数時間も前の事だから忘れていたよ。
この配信が終わったら、それもやらないとですね。
>今やってくれてもいいんだよ?
いえ、今はRTA中ですので。
>そこだけはぶれないんだよなあ
>そう考えたら再走もありだったか?
>いやそれは困るだろw
>こんなところでやり直しになったら先が気になるだろw
>まず地下100階を見せてくれ
そうですね。まずは最後までゴールするところを見せられたらと思っています。
そのあとで、細かいテクニックなどを解説する動画なんかを出してみてもいいんじゃないでしょうか。
今の解説動画が終わったらどうしようと思っていましたが、みなさんのおかげでアイディアがどんどん浮かんでくるのでありがたいですね。
……っと。いつの間にか話がそれていましたね。
とにかく、ショートカットをするためには乱数調整が必要です。
普段ならちょっと遠回りをするとか、モンスターを倒す数などで調整するのですが、今回はその程度ではどうにもできません。なので……
説明を続けようとした時、ふと海中に小さな影が現れた。
>あれはなんだ?
>まずい!
>早く逃げろ!!
>え? なに?
そんなコメントが流れた次の瞬間。
海の中から銀色の矢のようなものが飛びだし、俺の後ろにいるシオリめがけて飛んでいった。
「きゃあっ!?」
俺は腕を伸ばし、それを空中で吹き飛ばした。
「大丈夫かシオリ?」
「え、ええ。ありがとう……。今のは……」
「フライフィッシュだな」
「なにそれ……」
「シオリは見たことないか?」
「……海ステージなんて来たことあるわけないでしょ……」
>それはそうwww
>シオリちゃんが一般人でなんかほっとするwww
>怯えるシオリちゃん可愛い
>はよシオリちゃんも画面に映せ
>フライフィッシュって飛ぶ魚だよな
>水面から勢いよく飛び出してくるんだよ
>口も羽も鉄のように硬くて鋭いから、水中から勢いよく飛び出して獲物を切り裂くモンスターだ
>小さくてめちゃくちゃ早いから見つけるのは難しいんだよな
>だから走ってるシオリちゃんにも追いつけたのか
フライフィッシュは海ステージに出る一般的なモンスターだ。
キラーシャークと並んで、最も戦うことになる相手と言えるだろう。
とはいえ強さとしては大したことはない。
体長数メートルにもなる巨大サメのキラーシャークとは違い、フライフィッシュはせいぜい数十センチのトビウオだ。
飛んでくるところを迎撃するだけで簡単に倒せる。
問題があるとすれば、奴らが単独で行動することはない、という点だ。必ず群れで生息している。
「えっ! ケンジ、あれ……!」
シオリの声が聞こえる。
サーチで感じ取ってはいたが、それでも視線を下に向ける。
足元の海から、無数の影がこちらに向かって勢いよく迫ってくる所だった。
──ズザザザザザッ!
鋭利な刃と化した数百匹の魚が次々に襲いかかってきた!
「きゃあああああっ!」
>うおおおおおやべえええええ!
>なんだこの量!!
>画面全部が魚の群れで埋まってるんだけど!
>この一匹一匹が鉄も切り裂く刃ってこと?
>こんなの……中にいる人間なんてミンチだろ……
>あれ、でもカメラは無事だぞ……?
>まさか……
「シオリ、平気か?」
「……え、ええ。なんとか……」
座り込んでいたシオリを起こすように手を伸ばす。
俺は魔力の盾でシオリとカメラを包み、フライフィッシュの攻撃を防いでいた。
おかげでシオリもカメラも無事だったみたいだな。
少しして群れが通り過ぎたため、フライフィッシュの攻撃も止まった。
よし、今のうちに移動しようか。
しばらく走っていると、再びサーチに反応があった。
フライフィッシュの群れだ。
とにかく数が多いのが特徴なので、こうして頻繁に会うんだよな。
しかもこのあたりになると、モンスターが得た情報は他のモンスターにも伝わるため、集まってきやすいんだ。
泳ぐ速度も速いので、2倍速程度で走ってる今なら簡単に追いつかれてしまう。
とはいえ攻撃はワンパターンだ。
対処法も同じでいい。
魔力の盾で俺たちを包んだまま、まっすぐ走っていく。
そこにフライフィッシュたちが飛び込んでくるが、どれも俺達には触れることなく次々に弾かれていった。
とはいえ目的の場所に着くまではしばらくこのままだ。
これといったイベントもないため、単調な画面が続いてしまうな。
配信的に大丈夫だろうか?
>走るだけでフライフィッシュが次々吹き飛ばされていくw
>イベントしか起きてないんだよなあw
>もはや手を出す必要もないってか
>ケンジくんの配信のこういうところは見てて気持ちがいいよな
解説しながら走っていた俺は、海のど真ん中で足を止めた。
>え!?
>ケンジくんが止まった!?
>RTAしか能がないケンジくんが止まるだと!?!?
>階段があるようにも見えないけど……
俺も足を止めるなんてことは死んでもしたくありませんが、本来なら再走のところをショートカットでタイムを稼ぐことが目的ですからね。
今まではどちらかというと安定狙いでしたが、ここからはリスクを取って上振れ狙いでいきます。
いわゆるハイリスクハイリターンですね。
>ん? なんか水中が暗くないか?
気付きましたか。
実はここにフライフィッシュの魚群がいるんです。
今はちょうどその真上です。
>いや……それはわかったけど……
>なんか、水中の影がやけに……
コメントがざわつき始める。
確かに、さっきまでは足元が暗くなるくらいだったけど、今では見える範囲全てが無数の影で埋まっている。
本能的に何かを感じたのか、後ろをついてきていたシオリも顔を引きつらせていた。
「乱数調整の内容を伝えていなかったですね。海中にいる10万匹のフライフィッシュをここで全滅させます」
>いやいやいやwww
>そんなの無理に決まってるでしょwww
>出来る出来ない以前に普通に死ぬぞ
>10万匹のフライシュッシュが飛び出してきたら、全身粉々に切り裂かれるぞ
>いくらケンジくんでもこれは……
ええ。なにせ10万匹ですからね。
普通にやったら無理です。
>だよな……
>やっぱりケンジくんでもこれは無理か……
>良かった、ちゃんと人間だったんだ
たぶん10分近くかかるでしょう。
これではショートカットの意味がありません。
>10分で出来るんかーい!!ww
>ケンジくん本当に人間なの?
>やっぱイカれてるよ……
ですが心配いりません。
ちゃんとコツがあるのでそれを紹介します。
>良かったそれなら安心だ
>なんて言うとでも思ったのか!
>もう騙されないからな!
>コメントも訓練されてきたな
>コツがちゃんとしたコツだった事なんて今まで一度もなかったからな
>ていうかそんなこと言ってる場合じゃないって!!
>やばい、もう来てる!!
数百匹のフライフィッシュなら防げても、10万匹の大群となると、さすがに俺の魔力の盾でもひびが入るかもしれない。
俺なら少しくらい傷ついても気にしないが、シオリは女の子だからそういうわけにはいかないだろうし、カメラだって壊れるかもしれない。
なのでさっさと終わらせることにしよう。
足を止めて見下ろすと、さっきまで暗かった海の中全体が、今は銀色に輝いていた。
近づいてきた魚の鱗に光が反射して、外よりも海中の方が明るく感じるくらいだ。
これが全部フライフィッシュだと思うと、流石になかなか壮観だな。
>そんなこと言ってる場合じゃないって!!
>やばいやばいやばい!
>この量はマジでやばいって!!
>早くなんとかして!!
>ケンジくんは大丈夫でもシオリちゃんは普通の人間なんだよ!!
シオリが普通かどうかはともかく、早くなんとかした方がいいのには同感だ。
タイムがもったいないからな。
サーチで魚群全体を捕捉すると、その中心に向けて拳を振り下ろした。
ズドォォォン!!
水面を叩く爆裂音と共に、衝撃波が海中全体に行き渡る。
やがて海中のフライフィッシュたちが次々と水面に浮かび上がってきた。
さすがに10万匹ともなるとその量は壮観で、ちょっとした小島みたいな量になった。
ちなみに水面を飛び出してくるフライフィッシュは一匹もいなかった。
>え、終わり?
>10万匹を一発で……?
>うそ、だろ……
>どれだけの威力なんだよ……
サーチを使っても、海中に動く気配はいない。
どうやらうまく行ったようだ。
「重要なのは、衝撃を水中に確実に伝えるために拳を真っすぐ打ち下ろすことです。走りながらだとどうやっても衝撃が斜めになってしまって威力が分散するんですね。
なので、足を止めて真っ直ぐに撃つ。これがコツです」
>いやいやいや……
>そういう問題じゃないよ……
>マジでなんなのこの人……
やがて海面に浮かぶフライフィッシュたちの体が光に変わり、空間に溶けるように消えていく。
ダンジョンで生まれたモンスターは、倒すとこうやって光の粒に変わって、消えてしまうんだよな。
消えた後にはフライフィッシュの鱗やら骨やら、素材らしきものが大量に浮かんでいた。
「これでこの階の乱数調整は終了です。用はないのでさっさと先に進みましょう」
>一応そのフライフィッシュの体は武具の材料としてそれなりに高価なんですが……
>そのままでも鉄を切り裂けるほどに硬く鋭いからな
>鱗一枚でも10万くらいはしそうだけど……
>10万匹のフライフィッシュの素材……
>合計でいくらするんだ……
>ちなみに拾ったりとかは……
「もちろんしません。RTAには必要ないので」
>ですよねー
>本当タイムにしか興味ないからな……
>これまでに捨ててきたレアアイテムに比べたら10万円の素材なんて端金だし……
>全部合わせたら100億円だな
>(絶句)
>し、シオリちゃんならきっと……!
振り返ってみると、シオリはなんとも言えないジトっとした視線を向けてきた。
何も言わないけど、幼馴染の俺にはわかる。
あの顔は……
「魚の鱗とか生臭そうだから拾いたくない、だそうです」
>そっかー
>シオリちゃんは女の子だもんな……
「というわけで、この素材はここに置いて先を急ぎましょう」
フライフィッシュの素材を置いて走り始めると、やがて小さな島が見えてきた。
次の階に降りる階段がある島だ。
これで78階に行ける。
さあ、次がこのショートカットの一番の難関だ。
気を引き締めていこう。
>今のですら準備でしかないってこと?
>これ以上何があるんだよ……




