第78話 右足が沈む前に左足を出すだけの簡単なRTA
「そういえば海ステージについて基本的な解説をしていませんでしたね。
海マップに存在するものは基本的に二つしかありません。
階段と海です」
>なかなか聞かない単語の組み合わせだな
>哲学みたい
前の階から降りてきた階段と、次の階に進むための階段。
そして、その間を隔てる海。
これが海ステージのすべてだ。
もちろん途中には宝があったり、モンスターもいる。
だけどそれらは海ステージを語る上では重要なポイントじゃない。
>いや何よりも重要だろww
>宝を手に入れるためにダンジョンに入るし、ダンジョンで最も警戒するのがモンスターなのにww
>むしろその二つ以外に何を気にするんだww
「なので海マップをクリアする方法は簡単です。真っすぐ階段に向かって走ればいいだけなので」
そういって俺は前を見る。
すでにサーチを使ったため階段のある場所は分かっているので、あとは真っすぐそこに向かうだけだ。
>真っすぐねえ……
>なーんにも見えないけど
コメントにもあるとおり、目の前に広がるのはただただ青い海だけだった。
とにかく海ステージは広い。
もしかしたら地球丸々ひとつ分くらいはあるかもしれない。
さすがに調べたことはないけど、それくらい広大なマップなんだ。
しかし逆に言うと、海ステージで特別な事はそれくらいしかない。
変わったギミックもないし、特に気を付けるべきモンスターもいない。ひたすら真っすぐに海を進んで階段を目指す。
それを繰り返すだけだ。
しかし、それだけが難しい。
次の階段は当然スタート位置のここからでは見えない。水平線の遥か彼方にある。
配信中でも見やすいように今は加速魔法の速度を制限してるが、サーチで階段の位置を見つけ、加速度10000倍にして真っすぐに走っても1階層降りるのに10秒ほどもかかってしまう。
25階分続いたとすると250秒。つまり4分だ。
ダンジョンRTAの自己ベストは29秒。話にならない。
かといって最短でまっすぐに走ってそれなので、他にタイムを縮める方法は存在しない。
シンプルであるため攻略法が存在しない、RTA泣かせのくそマップなんだ。
「まあ解説することはこれくらいですかね。ただ話してるだけなのも面白くないと思うので、さっそく出発しましょう」
俺はさっそく海岸へと向かう。
当然ながら、目指すポイントはこの海を越えたはるか先にある。
海を渡る必要があるんだ。
「以前にも解説したかもしれませんが、水上歩行の魔法は使いません。あれは摩擦が生まれてスピードが落ちるので。
なので右足で水を踏んで、沈む前の左足を前に出すという、古来からの方法を使用します。こちらのほうが早いですし、余計な魔力を使わないため温存することもできるので。
やはり現在まで淘汰されずに残ってきた方法なだけあって、古い教えには学ぶところが多いですね」
>まるで古来は水の上を走れたみたいに言うのやめてもらっていいですか
>有史以来水の上を走った人間はいないんですよ
>あれはあくまで理論上の話であってだな……
>現実とファンタジーの区別もつかないのかよ……
>これだからRTA脳は……
「ちなみに溶岩は水よりも粘度が高いので、足が沈む速度も遅いです。なので溶岩の上を走るのは簡単ですね」
>簡単かなあ
>ですね、じゃないんだわ
>普通は足が溶けてなくなるのでは?
>溶岩の上を走るとか字面がもうおかしい
「けど水は溶岩に比べて沈む速度が速いです。なので、海の上を走るのは難しそうだと感じる人も中にはいるかもしれません」
>難しそうだと感じる人しかいないんですけど
>その前に不可能なんですが
>まるで頑張れば可能みたいに聞こえるんですが
>難しくてもいいから走れるようになりたい
「ですが心配いりません。簡単なコツをお教えします」
>コツなんてあるの!?
>いやな子感がしてきた
>この流れ知ってるぞ
「溶岩の時よりも早く足を動かすように意識しましょう。それだけで意外と走れます。では行きましょう」
さっそく走ろうと思ったのだが、その時にふと後ろから視線を感じた。
振り返ると、シオリが真っすぐに俺を見ている。
無言だったけど、幼馴染の俺には分かる。
あれは、そんなこと出来るわけないでしょバカじゃないの、と思ってる顔だ。
「そんなこと出来るわけないでしょバカじゃないの」
ほらな。
しかし、そうか。
シオリならできると思ったけど、できないのか……。
シオリくらいの実力があれば簡単だと思うんだけど。
そういえば最近ダイエットをしてた気がしたけど……もしかして……
なんて思っても言わないけどな。
シオリは怒ると怖いからな。
…………あの、シオリさん? なんで剣の柄に手をかけているんですか?
「今失礼なこと考えたでしょ?」
ええ……。なんでわかるの……。
こわ……。
とにかく気を取り直して、RTAを再開しよう。
シオリを抱えながら走っても良かったけど、それだとシオリが配信に映ってしまうかもしれない。
シオリは有名配信者であり、俺の配信には顔出しNGだと言われている。
なので仕方がないため、水上歩行の魔法を使うことにした。
「移動速度が落ちるため基本的には推奨しませんが、難しい場合は水上歩行の魔法を使うのもありだと思います。
それに、魔法を使わずに水の上を走る方法は早いですが、一点だけ欠点があります。それは途中で立ち止まれないことです」
場合によっては道に迷ったり、立ち止まって考えたいこともある。
特に階段に擬態するミミックに引っかかってしまった場合は、サーチしなおす必要も出てくる。
そういったときに立ち止まれないのはちょっとだけ不便だ。
もちろん、その場で沈まないよう足踏みして浮くことは出来るが、少し面倒に感じる人もいるだろう。
水上歩行の魔法はその点で便利ではあるな。
「RTAを始めたばっかりで海ステージを走る事に自信がない時は、安定を取るために水上歩行の魔法を使うのは選択肢としてありだと思います」
>一生使わない知識をありがとう
>まずダンジョン深層までたどり着くだけでも上位0.1%とかそれくらいしかいなさそう
というわけで、水上歩行の魔法をかけて、さっそく走り始めた。
海ステージに出る敵と言えば、ほとんどが魚類だ。
まずはキラーシャーク。体長数メートルにもなる巨大なサメだ。
説明するまでもなく肉食で、そのうえ人間が大好物で、見つけるとものすごい勢いで迫ってきて喰いつこうとする。
とはいえ対処は簡単だがな。
>出た、もっとも信用できない言葉w
>ケンジくんの簡単が簡単だったためしがないんだよなw
>実際言ってることは簡単なんだけどなw
まあ、今度は本当に簡単です。
モンスターといえどもしょせんはサメ。泳ぐ速度は大したことありません。
なのでこの速度で走ってる間は襲われることはないです。
>正論だわ
>それはそう
>つまりキラーシャークより早く海の上を走ればいい、と
>ほらね、簡単でしょ
>まずその海の上を爆速で走る方法を教えてくれないと
ただ、キラーシャークでは追いつけないと言っても1つだけ例外がある。
それは進路上に最初からいる場合だ。
避けて進むとその分だけタイムをロスしてしまうから、そのまま進むしかない。
ちょうどサーチに反応があり、このまま直進するとキラーシャークの真上を通る事になりそうだった。
距離はだいぶ離れているがすでに向こうも俺を認識しており、水中でこちらを迎え撃つように構えている。
このまま走れば真正面からぶつかるだろう。
「ですが心配いりません」
俺は速度を緩めることなく走り続ける。
やがてキラーシャークが目視できる距離に入った。
向こうも水面から飛び出して俺に食らいつこうとした瞬間、俺はさらに加速して走った。
そして飛び出そうとしていたキラーシャークの頭を踏みつけた。
硬い鮫肌を踏み砕く感触を足の裏に感じる。
振り返ると、頭を踏み砕かれたサメが水面に浮いていた。
>踏 み つ ぶ し た w
>簡単な方法=走って踏みつぶしましょう
>走るだけで倒せるんだあ
>一応言っておくけど、これ深層のモンスターだからな
>キラーシャークっていえば鉄の船も平気で噛み砕くから、マジで害悪モンスターなんだけど
>船を使うなんて甘え。冒険者なら自分の足だけでクリアしないと
>あんなのと一緒にしないでくれよお
>上級冒険者さんが泣いてるぞw
何も無い水面と違って、キラーシャークの頭を足場に出来る分、普通よりも加速できるチャンスです。
遠慮なく思いっきり踏み抜きましょう。
キラーシャーク一匹でタイムが1000分の1秒は縮むと思います。
……お。さっそくいいものを見つけました。
これはラッキーです。
キラーシャークの群れですね。
>あ
>終わった
>サメちゃん逃げてー!
>無理だ……奴に見つかったら終わり……
普通なら寄り道なんてしないけど、タイムを縮められるチャンスがあるなら積極的に利用しましょう。
特に海ステージは普通に進んだら再走確定なので、こういったチャンスは逃さないようにしたいですね。
1000分の1秒でも、1000回繰り返せば1秒のタイム短縮につながります。
俺は進路を少し変え、やがてキラーシャークがいる群れの上を通過した。
──バガガガガガッッ!!
>あーあーあーw
>海の上を走る音じゃないんだよなあw
>大量虐殺w
>1000分の1秒のために犠牲になる命たち
>タイムは命よりも重い、か
水上歩行の魔法を使っていると水の上に浮いてしまうため、少し強めに踏み込むのがコツです。
使ってない場合はそのまま普通に走りましょう。
キラーシャークの肌は柔らかいので、特に意識せずとも踏みつければ簡単に倒せます。
>以前戦った時は魔法をエンチャントした剣でも歯が立たなかったんだけどw
>ハンマーでぶっ叩いても全然効かなかったな
>そもそも水中にいるから衝撃は吸収される
>なんで簡単に踏みつけられるんですかね
踏みつけてから水中に沈むまでに一瞬時間がありますからね。
その瞬間を利用する感じです。
>なるほど。全然分からないことが分かった
>ケンジくんの真似をすることがそもそも不可能なんだよな
>これがダンジョンRTAか……
とはいえ、海を走る間は特にこれといったイベントも起きない。
ひたすら走り続けるだけだ。
配信的に単調になりそうなので、ちょっとした雑談でも入れたほうがいいだろうか。
「そろそろ配信を始めて半日くらいですかね。RTAに興味が出てきた人とかも人もいると思うんですけど、どうでしょうか」
>そういえばそのためにこの配信はじめたんだっけ
>もちろんいるわけないだろ
>むしろこれ見てどんどん減ってるだろうな
ええ……なぜ……。
せっかくこんなに頑張ってるのに……。
>こんな海ステージ見せられてクリアできる気しないんだわw
>普通に遭難しそう
>クリアできるなら俺だってしてえよ
>ほんとそれ
>RTAとかの前に、まずダンジョンの地下100階まで行く事が目標だからな
なるほど……。
まあ俺の配信を見てるのなんて初心者とかが多いのかもしれないな。
>むしろ全人類見てると思うぞ
>多分今頃世界中で経済活動が下がってるだろうな
>外に出る人が減って空気が清浄化してそう
>どこかの国でもそんなことあったよな
>大気をキレイにするために国民に外出禁止を言い渡した国な
>配信するだけで大気汚染まで解決する男
さすがにそれは言いすぎだと思うけど。
>うちのギルドも今日は活動中止になったぞw
>うちもw
>奇遇だな、うちもだw
>むしろ上級冒険者ほどこの配信見てるだろ
>当然だろ。まあ見れば見るほど自信が打ち砕かれてるけどな
>俺らも結構強い方だという自信はあったけど、ケンジくんに比べたらまだまだだよ
>上級冒険者でもRTAはやらないのか
>逆に何故やると思ったのか
>やれるもんならやりてえよ
>そういやこのあいだ初級ダンジョンクリアしたパーティいたよな
>記録は半年だったな
>もはやちょっとした遠征だな
そんなにかかったのか……。
まあ宝箱を集めたり、マップを隅から隅まで調べながら進めるとそれくらいはかかるのかもな。
そういえばダンジョンに入るのも、宝物を集めたり、レベルアップのためだって言ってたっけ。
まあそれが普通なんだろうけど。
やっぱり俺がRTAの魅力を伝えていかないといけないみたいだな。
角を曲がる際のちょっとしたコツを知ってるだけでも1000分の1秒は変わるし。
それらが積み重なっていけば数秒の違いも生まれる。
そういうのもRTAの醍醐味だし、どんどん紹介していこう。
>一生役に立つ気がしないなw
>まあ知れるのは面白いから、どんどん教えてくれw
そんな事を話しながら走っていると、やがて目的の場所が見えてきた。
海の上にぽっかりと浮かぶ島だ。
直径はたぶん5メートルもない。
その中心に次の階へ進む階段が作られていた。
樹などのような目印もないため、サーチが無ければ見つけるのは難しいだろう。
>海ステージの階段初めて見た……
>てかこんな小さいのか
>見つからないわけだよ……
>地球と同じ広さの海にたった1つだけあるこんな小さな島を見つけろってこと?
>ケンジくんだから真っすぐにここに向かえたけどさあ
>このマップ作ったやつバカなんじゃないの?
「このステージが難しい理由がこれでわかってもらえたと思います。
ここに来るまで5分もかかってしまいました。配信用に走る速度を落としてるとはいえ、これは時間がかかりすぎです」
>普通なら1か月かかってもおかしくないけどなw
>ケンジくんにしかクリアできないよこんなのw
>これが地下100階まで続いてるってガチ?
>海ステージだからな
>クソステージじゃん
さて、最初はまっすぐ走るしかなかったのでこうして普通にクリアしましたが、次の階からは海ステージのショートカットを狙って進んでいこうと思います。
>おお、ついに来るのか
>ケンジくんですらほぼ不可能と言うほどのショートカット……
>一体何が待っているんだ……
では次の階に向かいましょう!




