第76話 連載再開記念・ケンジくんの魔力感知講座
俺は地獄のダンジョンを駆け抜けた。
日頃の行いが悪かったのか、絶対に行きたくないと思っていた無間地獄に72階でばっちり行き当たったりなど色々あったけど、時空斬で空間を跳躍することでショートカットできたんだよな。
おかげで自由落下だと600京年かかると言われた無間地獄も、10秒ほどでクリアできた。
>いやああれはすごかったな
>配信史に残る……いやもう人類史に残る偉業だったな
>ヴァニラアイス戦法が現実でも通じるとはな
>無間地獄の底に辿り着いた世界でただ一人の人間か
>今来たんだけど……次元斬で600京年分を空間跳躍ってどういうことなの……
>おっと新参か。まあゆっくりしていけよ
>どういうことと言われてもな……
>ケンジくんもう一度説明して
「空間を切ることでその部分の空間は虚無になり、虚無の端と端が繋がることでワープできるみたいなんですね。
初めてやったんですけどうまくいってよかったです。
ただどれだけの距離があるかわからなかったので、最大出力でひたすら何回も連続で切りました。
多分1万回くらいは切ったんじゃないかな。おかげで10秒もかかってしまいました。
やっぱり無限地獄に行き当たったら再走が安定ですね」
>やっぱり何ひとつ理解できないw
>妙だな……10秒で1万回切ったと聞こえた気がしたが……?
>ケンジくんの偉業を言葉で説明しようというのが無茶なんだよな。
>俺が見てないところで一体何があったんだ……!?
>ちょっとトイレに行ってる間にすごいことになってる!!
>アーカイブは、アーカイブはあるんですよね!?
「あーかいぶ?」
>終わった……
>まだダメなのか……
>この配信がひとつもアーカイブに残らないって人類の損失すぎる……
>シオリちゃんに期待するしかないな
>明日には切り抜きが上がってると祈るしかないな
よくわからないけど、配信にはそういう機能があるみたいだ。
少し後ろを走るシオリに目を向けると小さく頷いたから、多分うまくやってくれるんだろう。
助かった。俺はそういうのは苦手だからな。
やっぱり持つべきものは幼馴染だよな。
>それにしてもケンジくんの配信にまだ新参がいたとはな
>まだたったの同接2億弱だからな
>たったの同接2億とかいう人生で一生聞くことのないパワーワード
>人類の総人口に比べたらまだまだよ
>比較対象がおかしいんだよなあ
>まあゆっくりしていけよ
>ゆっくりできる瞬間なんてひとつもないけどな
>ほんとそれ
いい感じにコメントも賑わっている。
初めての配信だったけど、みんなも楽しんでくれてるみたいでよかった。
この配信をきっかけに、ダンジョンRTAに興味を持ってくれる人が増えてくれると嬉しいんだけどな。
そういうわけで、今俺たちはダンジョンの地下75階を走っていた。
ここの初級ダンジョンは地下100階まである。
そろそろ4分の3まで来たことになる。
ゴールとなる最下層も見えてきたな。
配信しながらなのでいつものタイムと比べたら全然遅いけど、それを抜きに考えたらまあまあいいペースだと言えるだろう。
色々と予定外のトラブルもあったが、その分ショートカットがうまくいって総合的にはタイムも伸びている。
このペースで地下100階まで駆け抜けたいところだな。
75階にくると同時にサーチで階段の位置は把握しているから、最短のルートを最速で駆け抜けた。
<加速>の魔法をかけているためその速度は通常よりも速い。
とはいえ地獄ステージは全体的に長い。
落ちるだけで数京年かかるとか平気でいってくるくらいだしな。
それは特別だとしても、75階も十分に長くて入り組んでいた。
「普通に探索したらこの階だけでも数日はかかるでしょう。
サーチでダンジョンの構造を把握し、加速の魔法で一気に駆け抜けることで数秒でクリアすることができます。
やはりサーチと加速の魔法はダンジョンRTAでは必須なので、みんなも覚えましょう」
俺の後ろを浮遊しながらついてくるダンジョン配信用カメラに向かって話しかける。
そばに取り付けられたコメント確認用の画面に、次々と反応があった。
>だから!
>サーチと加速魔法の使い方を!
>教えてくれよ!!!
どうやら配信を見てるみんなは使えないらしい。
うーん、使い方といってもな……。
自分の中にある魔力をダンジョン内に拡散するだけなんだけど。
こう、ギュッとしてブワッと拡散させるだけ。
簡単だろ。
>なるほどひとつもわからんw
>なんだよ魔力をギュッとしてブワって
>そもそも自分の魔力なんて感じられないんだけど
>魔力感知のスキルは超レアだからな。普通は無理だぞ。
>魔力を感知できれば敵の居場所もわかるし、相手が使おうとしてる魔法を先読みできる
>ある意味最強のスキルだよな
そうなのか。
でも俺も最初は魔力なんてわからなかったけど、訓練することで感知できるようになったしな。
もしかしてその訓練方法ってみんな知りたかったりするのかな?
>魔力感知の習得方法!?
>そんな方法があるのか!?
>スキルを後天的に手に入れる方法はまだ確立されてなかったはず……
>もし本当なら歴史が変わるぞ……
>ぜひ知りたいです!
>どうやって覚えたんだ教えてくれ!
>さすがケンジくんの神配信!
方法自体は簡単だ。
まず意識を集中して自分の中にあるエネルギーを感じ取る。
すると、だいたい胸の中心辺りに、なんとなく温かいような、光っているようなものを感じられるはずだ。
>難しい……
>でも言われてみればなんかあるような……
>確かにある! 気がする……
>終わった……俺はない……
>それで、これをどうするんだ?
「それをギュッとします」
>ん?
>ん?
>なんかおかしいな……
>嫌な予感が……
「ギュッとすることで存在を感じやすくなったはずです。
次はそれをブワッと全身に拡散させてください。
それを繰り返すことでいつの間にかできるようになっています。簡単でしょう」
>なるほどわからん
>ケンジくんに聞いた俺たちがバカだった
>神配信の唯一の欠点
>魔力をギュッとしてブワッとさせるためには、自分の中の魔力をギュッとしてブワッとさせましょう
>無茶苦茶なこと言ってて草
>いつものケンジくん構文
うーん、やっぱりうまく伝わってないみたいだ。
サーチの技術はRTAでも必須と言っていいほど重要なので、できればもっとちゃんと伝えたいんだけど……
そんなことを考えていると、俺のサーチに反応があった。
「この先にモンスターがいるみたいですね」
まだ通路の先には何も見えないけど、サーチによって、角を曲がった先に1匹のモンスターがいるのを感知していた。
巨大な金属製の金棒を持ったモンスター、いわゆる鬼だ。
通路はそれなりに広く、俺とシオリが一緒に走っても狭さを感じない程度には広い。
けど、鬼は1匹でその通路を丸々埋めるほどの巨体をもっているんだ。
角を曲がった時には、すでにこちらに気がついていたのか、巨大な金棒を振りかぶるように構え、俺たちがくるのを待ち構えていた。
このまま走ればあと数秒で目の前に到達するだろう。
鬼の体は真っ黒な皮膚に覆われており、その大きさは3メートルほどもある。
いわゆる「黒鬼」だ。
地獄の最下層に出現するモンスターで、鬼系の中でも最強と言えるフィジカルを持っている。
構えている金棒の大きさは丸太ほどもあり、腕の太さなんて俺の胴回りと同じくらいはありそうだ。
黒鬼は特殊な能力を持たない代わりに、とにかく体格がすごくて頑丈だ。
腕力だけなら人間の数10倍から100倍近くはあるんじゃないだろうか。
そんなもので殴られれば人間の体なんて一撃で粉々に消し飛ぶだろう。
鬼の目の前に迫るまであと数秒。
そばを走るシオリが緊張するのがわかった。
>黒鬼か……
>単純な物理のみで襲ってくるから、小細工が通用しないんだよな
>めちゃくちゃ頑丈だから普通の攻撃はほとんど効果ないしな
>黒鬼って地獄の最下層にしか出ないんだろ……?
>そんなのをコメントで当たり前に語ってる……
>上級冒険者もこの配信見てるってことか
>そらそうだろ。ダンジョン深層にも行ったことあるけど、こんな簡単に進むなんて見たことねーよw
>むしろ全部フェイクですって言って欲しい。上位数%に入ってる自信あったけど、今は自信喪失してるw
>下層の映像なんてトップシークレットだし、今後の参考にしようと思って見てるんだけど、今のところ何の参考にもならないんだよなw
どうやら結構いろんな人が見てくれてるみたいだな。
そういう人たちのためにも頑張らないと。
そうしてる間にも黒鬼の姿は目の前に迫っていた。
棍棒を構える腕にさらに力がこもったように見える。
俺がやってくると同時にカウンターで殴りつけるつもりだろう。
黒鬼の皮膚は非常に硬い。
鉄の剣で切り付ければ、剣の方が折れるくらいだ。
なので普通に戦ってはダメージを与えられない。
「黒鬼は頑丈なモンスターです。普通に攻撃しては倒せません。なので……」
さらに距離が一歩近づく。
黒鬼の腕が筋肉で膨れ上がる。
緊張で空気が張り詰め、殺気が膨れ上がり、敵の間合いに足を踏み入れた瞬間──
──ドォン!!
黒鬼の体が吹っ飛んだ。
>え?
>何が起こった?
>何も見えなかったけど……
>いきなり黒鬼の体が後ろに吹っ飛んだ……
「走りながら勢いをつけ、拳を握って固くして殴りましょう。これで倒せるようになります」
>ええ……?
>走って拳を握れば倒せる……?
>ここ本当に75階?
>ダンジョン下層最後のモンスターだぞ……
>それを、一撃で……
黒鬼なんていっても、この辺りでは一般的なモンスターです。
ちょっと強いゴブリンくらいですね。
なのでサクッと倒して進みましょう。
>黒鬼がちょっと強いゴブリン……?
>そいつのせいで全滅したパーティーがどれだけいたことか……
>ケンジくんは赤鬼はオークと一緒とかいってたくらいだしな
>じゃあ黒鬼ならゴブリンと一緒か
壁にめり込んだ黒鬼は、そのまま光の粒となって消えていった。
ダンジョンで生まれた魔物は倒されると、こうして光になって消えていくんだよな。
それを横目で見つつ、さらにダンジョンを駆け抜けていく。
「そろそろ次の階段がある部屋ですね。ダンジョンの構造は大きく分けると上層、中層、下層、深層の4つに分かれます。
25階ごとに切り替わるため、ちょうど次の階でステージも大きく変わる所ですね」
これまでは火山ステージや地獄ステージなどを通り抜けてきた。
76階からは再び新しいステージに切り替わる。
どこになるのかが問題なんだよな。
ステージにも色々と種類があって、砂漠ステージや山岳ステージなどがある。幻想ステージも面白い。
逆に最も嫌なのは海ステージだ。
それはもう最悪。最も時間がかかるため、RTA的には一番避けたいステージ。
とはいえどうしても運は絡む。
こればっかりは行ってみないとわからないんだよな
海にだけはならないよう祈るしかない。
>なったらどうするの?
「再走ですね」
俺は即答した。
海ステージだけはどうしようもない。
何度も挑戦したけど、うまくいった試しはほとんどない。
あそこをクリアするタイムに比べたら、再走してやり直す方がはるかに早く終わるくらいだ。
>ここまで来て再走はやめてw
>先が気になるじゃないかw
>そういえば徳を積んで地獄の閻魔様に配慮してもらうという話もあったな
>モンスターを掃討してるんだから徳は積んでるんじゃないのか
>人間にとってはそうでも、閻魔様はどうかな?
>75階の裁定がどうなるか非常に興味がありますね
確かに徳を積めたとはいえないかもしれないな……。
もし本当に次のステージが不遇ステージになるようなら、地獄では徳を積む攻略に切り替えることも考えた方がいいのかもしれないな。
そんなことを話している間に、目的の部屋に辿り着いた。
地獄を思わせる重厚な鉄の扉を触れることで吹き飛ばし、さっさと中に入る。
そこは地獄の谷の底のような、広い空間だった。
谷を先に進んだ先に、地下に通じる階段がある。
その階段を守るように、異様な雰囲気を漂わせるモンスターが立ちはだかっていた。
遠くからでも、その存在感がここまで感じられる。
3つの顔を持ち、6つの腕を持つ、怒れるモンスター。
あれが75階の階層ボス。
三面六臂の阿修羅。金剛力士像だ。
>阿修羅か……
>ゴーレムとはいえ、神を模した人形だからな
>鬼なんかとは比べ物にならないぞ
>確か持ってる武器も神気を宿してるんだよな
像であるためモンスターの種類としてはゴーレムにあたる。
もちろんその実力はただのゴーレムとは比べるべくもない。
6本の腕から繰り出される神速の剣技は凄まじく、3つの顔はそれぞれが別の呪文を詠唱する。
端的にいうなら一秒で9回攻撃をしてくるようなもの。
しかも神気を宿したその一撃は、一太刀で山を切り裂き、一言で天変地異を引き起こす。
破壊と闘争の神の名に相応しい、強力なモンスターだ。
「ですが簡単な倒し方があります」
>マジで!? こいつどうやって倒すんだ!?
>お? まだわかってない奴がいるな。
>まあ落ち着けって
>そうだぞ。どうせケンジくんのことだから……
「相手は1秒で9回攻撃してきます。なので、こちらは1秒で10回攻撃しましょう。ゴーレムである以上どこかにコアがあるので、魔力感知を使って場所を割り出し、破壊するだけです」
俺が近づくと、阿修羅像が一斉に攻撃を繰り出してきた。
こちらも迎撃するように拳を繰り出し、9回の攻撃を捌いてかわすと、10回目の攻撃で心臓の位置に埋め込まれていたコアを抜き取る。
動力を失った金剛力士像が風化するように崩れていった。
「はいこれで終わりです。簡単ですね」
>かんたんだなー(ぼう
>そもそも早すぎて何も見えなかったけど
>75階層のボスも1秒で終わりか
>むしろケンジくんに1秒も使わせるなんてとんでもない強ボスだったのでは?
>そら75階のボスだぞ。辿り着けるだけでも全世界で果たして100人もいるかどうか……
>この配信のコメントだけで50人くらいはいそうだけどな
>ま、まあまだ下層だし
>深層になってからが本番だし
>ここまでならごく一部の一握りの上級冒険者なら来たこともある奴だってごく稀にならいる可能性も0ではないし
>ほぼいなくて草
>声震えてるぞ
「階層ボスを倒したので、76階に行けるようになりました。
さっそく進みましょう」
>ついに深層か
>深層を生で見るの初めて
>俺もだよ
>人類のほとんどがそうだろうな
>次の配信も楽しみ!
お久しぶりです。
本作ダンジョンRTAが第5回集英社WEB小説大賞にて銀賞を受賞させていただきました!
年内には出版されると思うので、それまで盛り上げるためにも、しばらくは週一で更新していこうと思います。
もしブックマークや、まだ評価を入れてないよって人がいたら、これを期に入れてくれると嬉しいです!
それではよろしくお願いします!!




