第75話 【速さ】こそ世界最強の条件
シェイプシフターの群れを倒した後、俺は階段を降りて71階にやってきた。
ここは冥府の森の地下深く、一般的には地獄と呼ばれる場所だ。
遭遇するモンスターも鬼やヘルハウンドなど、地獄に関係するものが多い。
ちなみに地獄といっても宗教的にはバラバラで、針の山や血の池地獄があると思ったら、次の階は氷結地獄だったりする。
閻魔様がいる場合もあり、その場合は判決を受けなければならない。
もちろんそんな時間はないので、毎回閻魔様を倒して先に進むことになる。
>閻魔様www
>罰当たりすぎるww
>いつか本当に地獄に落ちそうw
まあ、閻魔様といっても、本物ではないので……
地獄に本物も偽物もないんでしょうけど。
>ケンジくんは死後の世界を信じてないの?
「信じてないです」
俺はきっぱりと答えた。
その理由はもちろん、本物の冥界を知ってるからだ。
あそこは死者の世界であるが、それは俺たちが死んだ後に行くような死後の世界ではない。
ただのアンデッドモンスターが巣くうだけの世界だ。
なので俺は死後の世界を信じてない。
もちろん、冥界とは別に天国や地獄はあるのかもしれないけど、今の段階ではわからないからな。
ちなみに数ある地獄の中で、最悪なのは無間地獄だ。
そこは永遠に近いあいだ落ち続ける地獄とされ、とにかく途方もなく深い。
前に一度だけ落ちてみたことがあるが、その時は1時間ほど落ち続けてもまったく底が見えなかったし、サーチでもどこまであるのかわからなかった。
さすがにワープゲートで戻って再走するしかなかったな。
ネット調べによると本物(?)の無間地獄というのは、自由落下で2000年かかるとも、600京年かかるとも書かれていた。
ちなみに600京年とは6000000000000000000年だ。ちょっと意味が分からない。
ダンジョンがどこまで再現しているのかは不明だが、試す度胸はさすがにないな。
なのでここから先は階段を降りるたびにお祈りが必要になってくる。
そのためにも徳を積んだ方がいいだろうな。
>説得力の欠片もないw
>タイムのために閻魔様を殺して進むやつの言う事じゃないんだよなw
>むしろそれだけの大罪を犯すから無間地獄に落とされるのではw
>徳を積みたいなら大人しくしてましょうねw
うーん、その可能性は0ではないかも?
確かに地獄というくらいだから、何か関係はありそうだしな。
次からは倒すのではなく、気絶させる方向で考えたほうがいいんだろうか。
ちなみに今俺がいるのは燃えるような炎に満ちた灼熱地獄だ。
火山エリアとは比べ物にならない超高温に加え、肉体ではなく精神を焼く霊気の炎に満ちている。
常に魔力で覆ってないと、あっというまに魂まで燃えてしまうだろう。
次の階への道を走っていると、廊下の先で2本の角を生やした赤い鬼が道をふさいでいた。
灼熱地獄に徘徊するモンスター、赤鬼だ。
大柄で筋骨隆々の体と、俺の体よりも巨大な金棒を持っている。
あの金棒の一撃をくらえば人間なんて一瞬でミンチになってしまうだろう。
といっても、他に特別危険なところはない。
あんなに大きな金棒を素早く振り回せるはずもないし、当たらなければどうということもない。
一回り大きくなってこん棒が金棒に変わっただけのオークみたいなものだ。
走りながら近づき、握りしめた拳をその大きな体に当てる。
鬼の体が廊下の先まで吹き飛ぶと、そのまま壁にめり込んで動かなくなった。
>70階の敵ですらオーク扱いw
>素手で除霊するとか脳筋エクソシストですか?
>鬼に素手で勝つ男
>スサノオかな?
>スサノオですら武器は必要だったはず……
現れる赤鬼を次々に倒しながらダンジョンを進んでいると、突然目の前の空間が歪みはじめた。
空間が丸く切り取られ、その中から、一匹のモンスターが現れる。
それは真っ黒な体を、真っ赤な炎で包んでいた。
一見すると赤鬼のようにも思えたが、金棒の代わりに赤黒い禍々しい気配の剣を持ち、頭には3本の角が生えている。
明らかにこれまでのモンスターとは違う、強力な気配を感じた。
「初見の敵ですね。赤鬼のイレギュラーってやつでしょうか?」
そのモンスターは、俺に目を向けると油断なく赤黒い剣を構え、ゆっくりとその口を開いた。
「ここで会ったが100年目。我が名は……」
「次元斬で様子を見ましょう」
俺は手に魔力の剣を生み出す。
「10倍加速・初級剣スキルLv1〈スラッシュ〉・次元属性付与・2連」
──ザザンッ!
「がはっ……!」
赤鬼の体が頭から真っ二つに両断された。
相手は反応すらできないまま、ただ驚きに目を見開いたまま崩れ落ちていく。
「この私が、反応すら……なんという、速さ……」
>ちょwww
>何か言おうとしてたのにwww
>まーた何も言わせずに倒しちゃったw
>ケンジくん相手にゆっくりしゃべる時間があると思う方が悪い
>やっぱり速さこそ強さ
>タイムは命だからな
>文字通りな
倒れたモンスターはそのまま灰になって崩れ去っていった。
光にもならないから、ダンジョン外から来たみたいだな。
「うーん、てっきり復活して起き上がるかと思ったんですが、どうやら命がひとつしかなかったみたいですね。
見た目からして赤鬼のイレギュラーってやつかと思って、表と裏の両側から魂を切ったのですが、思ったよりも弱かったようです。
そのせいでオーバーキルになって、タイムもロスしてしまいました。すみません」
>普通命はひとつですよwww
>もっと命を大切にしてwww
>はい地獄行き決定
>これは閻魔様もガチ切れ案件
>命が複数あることが前提になってるのほんと草
>これが【RTA走者】の視る世界……!
>その災厄名やめろほんとじわる
持っていた赤黒い剣が残されているが、俺には必要ない。
一応聞いてみるけど、シオリはどうだ?
シオリは落ちた剣をいちべつすると、すぐに首を振る。
「いらないわ。使い道なさそうだし」
まあシオリは世界創世の神器「天の逆矛」を持ってるからな。
この程度なら不要だろう。
じゃあこれはこのままここに置いていこうか。
「いろいろありましたが、倒したので良しとしましょう。
次また出てきたときは、もう一段階弱い攻撃で様子を見ようと思います」
>でも今のモンスター何だったんだろ
>見たことなかったな
>ケンジくんの配信に出てくるモンスターはほとんど見たことないよ
>それもそうか
>赤鬼というよりは、イフリートのイレギュラーっぽかったけど
>ぱっと見の違いは角が3本だったことかな?
>角が1本増えただけとかいう雑魚
>せめて腕増やせよ……
>ミノタウロスだってイレギュラーは腕4本だったぞ
>牛以下とかいう無能
>やっぱ魔人はダメだな
「ん?」
俺はふと何かが引っかかって足を止めた。
>どうしたの?
俺の予感が告げている。
さっきのモンスターが現れた歪みを通じて、俺を狙う殺気を感知した。
「100倍加速・初級剣スキルLv1〈スラッシュ〉・次元属性付与・2000連」
──リィ……ン。
一振りの間に2000回もの斬撃を行ったため、重なり合う音が空間を震わせ、鈴の音のように響いた。
>えっ、今なにしたの?
>何も起きてないけど
>というか何もいないけど……
「どうやらこちらに転移しようとしていたモンスターの群れがいたので、転移前に切っておきました。
たぶんさっきの赤鬼の亜種ですかね?」
>www
>転移前に転移元を切るwww
>そんなことある?www
>とうとう未来予知まで手に入れたんですか?
>もはや転移からの奇襲すら通じないのか……
>残された手段は因果抹消攻撃のみ
>そのうち未来からケンジくんが来て全て倒していくとかありそう
>マジでありそうだから困る
>思いついた! 未来に先回りして障害をすべて排除することで最速を達成できるのでは!?
>これは天才の思考
>あとは実行するだけ
「いやいや。
さすがにそんなことはできませんよ」
>ですよねー
>良かった、さすがに人間だった
「時間跳躍したらRTAじゃなくなっちゃいますから。
使用するのはせいぜい加速までです」
>できるんかいwww
>否定しないのwww
>できないってそっちの意味www
そろそろ次の階段に着きそうだ。
乱数調整でなるべく無間地獄が現れないようにしているが、外部からの干渉があるとどうしても調整がくるってしまう。
無間地獄に当たらないようお祈りしするしかない。
みんなも一緒にお祈りしたり、応援したりしてくれると嬉しいです。
まだまだ俺たちのRTAはこれからですからね。
「では先に進みましょう!!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ここでダンジョンRTAはいったん一区切りとなります。
3年ぶりくらいに書いた長編だったのでカクヨムで2か月ちょっとを走り切れるか不安だったのですが、皆様の応援のおかげで何とか完走できました!
とはいえさすがに毎日更新はしんどかったので、少しお休みをください笑
また続きを書きたくなったら、あるいは続きを書かなければいけなくなったら、ひっそりと更新を再開すると思いますので、その時はまたよろしくお願いします。
では、ここまでお読みいただきありがとうございました!!!!!!




