第72話 俺を倒せるのは未来の俺だけ
コメントに答えながら世界樹の幹を下っていくと、やがて崩壊したダンジョンの底が見えてきた。
サーチで確認すると、どうやら今回は70階まで来れたようだ。
16階分もショートカットできたことになる。
>あれだけやって16階かw
>リスクとリターンが……どうなんだ?w
>多いのか少ないのかもよくわからないw
>そもそも急いで下に行く必要が普通はないからな
>命を賭けて1秒削るのがRTAだぞ
>参考にしたくてもできねえよw
>やはり一般人には真似できないw
「もうすぐ70階に到着ですね。
世界樹を倒すことで大幅にショートカットできますが、実はひとつ問題点があります。
それは、ダンジョンがキレるということです」
>www
>そんなことあるんだw
>まあ気持ちはわかるw
>これだけ大暴れすればキレたくもなるよなw
>自分の中で滅茶苦茶に暴れられたら多少はね?
>アニサキスみたいなものか
>キレるとどうなるの?
「ダンジョンが特別なモンスターを出してきます。
それが……あれですね」
俺が視線を向けた先にあるのは、ダンジョンに落ちた世界樹の先端。
そもそも世界樹ほどの超巨大質量が100倍に加速して倒壊すれば、70階どころか75階まで壊れるはずだし、25層ごとの壁を超えてその先まで崩壊してもおかしくない。
それが70階で止まったのは、もちろん理由がある。
世界樹の先端とダンジョンの間に、小さな人影がひとつあった。
そいつは右腕一本を頭上にむけ、落ちてきた世界樹を片手で受け止めている。
>え……
>嘘だろ……
>あれを、片腕一本で……?
>ケンジくんですら避けるしかなったのに……
>いったいどれだけヤバいモンスターなんだ……
そいつは人間と同じ姿をしていた。
冒険者のくせに装備らしい装備を全く身に着けず、普段着のような姿でダンジョンの下層にいる。
それはどこかで見たことのある姿──まるで10代の日本人の冒険者のような姿だった。
>え
>あれって
>まさか……
要するに──俺と同じ姿をしていた。
>ケンジくんやないかーいwwww
>そりゃそうだよなとしかwwww
>やばいことするやつは大体ケンジくん
>やっぱりケンジくんはモンスターだった……?
>知ってた
>人間なわけないもんな
>でもケンジくんが二人……?
もちろん本物は俺一人だ。
あれはシェイプシフター。
相手とまったく同じ姿、能力をコピーするモンスターだ。
別名ドッペルゲンガー。あるいは写し身とも呼ばれることもあるな。
強い相手ほど自分も強くなるモンスターだ。
通常のダンジョン内で会うことはないんだが、ダンジョンに大きな被害を与えると、こうして送られてくるんだ。
内部の敵を倒すためというよりは、それ以上被害を出さないためみたいな意味合いが強い気もするな。
>ある意味最強の敵
>ケンジ君を倒せるのはケンジ君のみってか
>マジでどうするんだ!?
「対処法は簡単で……」
解説しようとしたが、ふとおかしな点に気が付いた。
シェイプシフターは俺のほうを見ている。
こっちに気が付いているのに、なぜか襲ってくる気配がなかった。
>もう対処した?
>もう倒しちゃったの?
>早すぎて見えなかった
「いえ、まだ何もしてないです。
ですが……ああ、なるほど。わかりました」
相手は俺だ。
考えることが同じなら、立ち止まったまま動かない理由も想像がつく。
とりあえず、攻撃してこないのは今だけだろう。
俺が動けば向こうも動くはず。
とはいえ、相手は俺だ。
まったく同じ性能なら、先に攻撃したほうが勝つ。
ショートカットに登録してあるバフ系呪文を全て使用する。
効果を極限まで上げるかわりに、効果時間を0.01秒まで減らしている特別製だ。
同時に相手もバフをかけるのがわかった。
やはり俺だな。
考えることは同じだ。
先手必勝、一撃必殺。
シェイプシフターと戦う時は、それがすべてだ。
地面を蹴る。
踏み場になった世界樹の幹が爆散し、俺の姿をしたシェイプシフターへと走る。
同時に相手も突っ込んできた。
一歩踏みしめるごとにダンジョンの床が爆散し、2倍の速度で二人の距離が縮まっていく。
拳を握りしめ、真正面から迎え撃った。
相手は俺なんだから、考えることも全部わかってしまう。
駆け引きも小細工も不要。
ただ最速で走り、ただ最速で拳を前へと打ち出す。
必要なのは、相手より拳一つ分前へ出る事だけ。
目の前の俺は今の俺じゃない。
1秒前の俺だ。
だから、今ここで、限界を超えろ!!
踏みしめた最後のひと足に、かつてないほどの力が入る。
ほんの一瞬、体がさらに加速する。
それは千分の一秒、万分の一秒にも満たない、刹那の時間。
たった一歩の加速。
だけどその一瞬、俺は確かに過去の俺を超えて加速した。
先に届いたのは、俺の拳だった。
──どぱぁん!!
液体の弾ける音が響き、俺の姿をしたシェイプシフターが吹き飛んだ。
空中で形がひしゃげ、銀色の液体となって霧散する。
>……え? 終わった?
>マジで何も見えなかった……
>今のがケンジくんの本気……
>あの銀色の液体がシェイプシフターの本体?
「そうですね。
本体は液体の鏡とでもいうような姿をしています。
シェイプシフターは変身時に能力をコピーするので、戦いの最中にレベルアップしましょう。
そうすれば相手を上回ることができるので、倒すことができます」
>そんな簡単に言わないでw
>レベルアップって自分でするものじゃないと思うんだけどw
>どうやって自分でレベルアップするんだ?
こればっかりは気合ですね。
自分を超えるんだという強い意志があると、案外なんとかなります。
>なるかなあw
>ケンジくん大事なところでいつも脳筋になるの草
自分と全く同じ姿の相手を攻撃することだけは少々気がひけますが……心を無にして攻撃しましょう。
>ケンジくんでさえケンジくんに勝てないなんて……
>ケンジくんになってもケンジくんに勝てないならどうやってケンジくんに勝てばいいんだ
>なぞなぞかな?
>でも最初に動かなかったのはなんで?
あ、それはですね。
多分一緒にシオリがいたからだと思います。
「え? 私?」
向こうから俺に攻撃すれば、余波でシオリが怪我するかもしれません。
だから俺は動けなかったんです。
「え、でも、ケンジなら、私に当たらないように攻撃くらいできるでしょ……」
「でも、万が一、億が一ってこともあるだろ? 衝撃で瓦礫が飛んで、シオリに当たるかもしれないし」
実際、俺たちが走った影響で周囲の瓦礫は吹き飛び、シェイプシフターが吹き飛ばされた後には巨大な溝が生まれていた。
俺の後ろならともかく、前にいたのなら全力なんてとても出せなかっただろう。
「わずかでも可能性があるのなら、俺はシオリが傷つくようなことは絶対にしないよ」
「……………………」
>すきあらば口説くのやめてもらえます?
>まーたシオリちゃん結婚RTA記録更新しちゃったよ
>すでに結婚してる相手との結婚はレギュレーション違反では?
>重婚かな
>告白、結婚、離婚、再婚、重婚、すべてで世界記録を手にしてしまったな
>信じられるか?これでまだ付き合ってないんだぜ
>早く幸せになって
>でもこれはこれで楽しめてるから今のままでもいいよ
>配信として見る分にはこれくらいのほうがいい
>やっぱりくっついた後よりくっつく前のほうが面白いよな
>他人の不幸は蜜の味
>≪発言は削除されました≫
>wwwww
>だからいったのにwww
>この状況でもきっちり監視されてるの草
とりあえず、シェイプシフターを倒したので先に進むことにしよう。
もう障害になるようなモンスターもいないはずだしな。
サーチでマップを把握すると、次への階段までは少し離れているみたいだった。
とりあえず走っていくつかの部屋を抜けていくと、不意に俺の手が止まった。
>どうしたの?
「……いえ、ついさっきまでここにモンスターはいなかったのですが、今急に現れたので」
答えながら部屋の扉を開く。
そこには、10体のシェイプシフターが待ち構えていた。
水銀のような、のっぺりした顔が一斉に俺へと向けられる。
次の瞬間、全身が波打ち、10体の俺に変身した。
>ダンジョンさんガチギレじゃんwww
>確実に殺しに来てるwww
>10人のケンジくんとかいう災厄以上の災厄
>あれが世に解き放たれたらマジで世界の終わりだぞ
確かにシェイプシフターが複数体いるのは初めて見た。
直前までは何の気配もなかったから、誰かが送り込んできたというのが一番有り得るけど……
シェイプシフターのモンスターハウスってことなんだろうか。
まあ、相変わらずこっちには攻撃してこないし、倒し方は一緒だ。
先手さえ取れれば負ける要素はない。
地面を蹴り、限界を超えた10連撃で瞬く間に銀の液体へと戻した。
>速すぎる……
>今までとは別次元の速度……
>これが最強対最強……
しかし……。
これまで出てきたシェイプシフターは必ず俺に変身した姿だったんだよな。
なのになんで今回に限って変身前の姿で出てきたんだろうか。
何か理由があるのかな?
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