第65話 さらにタイムが倍以上も縮む可能性
50階への階段を降りると、そこは高い木々が並び、太陽の光を遮る鬱蒼とした暗い森だった。
森が暗い理由は、背の高い木々が空を覆っているからだけではない。
周囲に立ち込めているのは死の匂い。
闇の魔力が辺り一面に充満しているため、光系の魔力が吸収されているんだ。
「どうやら冥府の森エリアのようですね」
>これが冥府の森……
>初めて見た……
>下層の動画なんて数年に一本とかだからな
生えてる木々も、もちろん普通の木じゃない。
触れるだけで生者から生気を吸い取る、冥樹とよばれる種類の木だ。
それにしても冥界に行った直後に入ったエリアが冥府の森になるなんてな。
冥界への扉を開いたから、それで乱数が偏ったのだろうか。
まあ単なる偶然だろうけど。
サーチを使って構造を把握する。
ダンジョン内の広さは火山エリアと変わらないが、邪魔する障害物などがないからその分は進みやすい。
まあ木に触れないように進む必要はあるが、触れなくていいだけだから簡単なものだ。
>瘴気が立ち込めてて普通の人は即死なんですけどw
>周辺の生気を吸い取って成長してるから、近づくだけでも昏倒しますよw
>溶岩なんかよりはるかにヤバイ
>何で普通にしてるのw
えっ、そうなのか?
俺は全然気にしたことなかったけど……
シオリは平気なんだろうかと思って振り返ってみたが……
「……」
平然とした視線が返ってくる。
ああ、なるほど。
冥界の女王様は、この手の魔力には耐性があるみたいだ。
「えー、シオリも大丈夫みたいなんで、このまま進みますね」
>何で平気なのw
>シオリちゃんも人外だったw
>やはり最凶カップル……
そうやってしばらく進んでいると、目の前にふらつきながら歩く人影が見えてきた。
冥府の森で最も一般的なモンスター、ゾンビだ。
特に倒す必要はないんだが、さっきそれで配信者失格と言われてしまったからな。
解説のためにすれ違いざまに攻撃していく。
といっても、拳に聖属性の魔力をまとわせて殴るだけだ。
ゾンビは白い炎に包まれて灰になった。
>はっやw
>すれ違うだけでモンスターが倒れていくw
>相変わらず何の参考にもならないw
「アンデッドには、これを壊せば倒せるという、ゴーレムの核のようなものがありません。
かといって死なないため、普通に倒しただけではすぐに襲ってきます。なので完全に消滅させるしかないんですね。
その代わり聖属性が弱点です。拳に聖属性の魔力をまとえば簡単に燃え尽きます。
比較的楽なので、冥界の森は下層の中では当たりと言えるエリアですね」
……腐った死体であるゾンビを素手で殴るのだけが、ちょっと度胸がいるんだけど。
あの感触だけはきっと一生慣れないだろう。
苦手な人は苦手かもしれないな。
>闇の魔力が満ちてる中で、なんで普通に聖属性出せるのw
>普通は打ち消しあうはず……
>言ってもケンジくんにはわからないよなw
>感触とか気にするなら普通に武器使えばいいのにww
>かたくなに素手で殴るから……
>剣は重いから素手のほうがコンマ一秒早いという常人には理解できない理由
>それがダンジョンRTAだからな
>わけがわからないよ
>まあこの辺のアンデッドが弱いのはそう
>魔法銀の武器でも倒せるしな
>場合によっては中層で出てくることもあるし
>本当にやばいのは別にいる
目的の場所に向かいながら、すれ違うアンデッドたちを適当に倒していく。
ゾンビやスケルトン、ブラックドッグといったアンデッド系のモンスターたちが出てくるが、どれも対処法は同じだ。
なのでサクサク倒していく。
>これ本当に下層……?
>あまりにも簡単すぎて感覚が狂う
>何の対策もなしに平然としてるのが意味不明すぎる……
>死ぬのが怖くないのか……?
>ケンジくんは休憩中に何してたの?
休憩中ですか?
適当に自分の家で休憩しながら、バッテリーの充電をしたり、軽くご飯を食べたりしてましたね。
>シオリちゃんの手作り?
そうです。
いつも作ってくれてるので助かってます。
>俺もケンジくんに生まれて毎日幼馴染にご飯作ってもらいたい人生だった
>ケンジくんはダンジョンでご飯食べたりキャンプしたりしないの?
ダンジョンでご飯を食べたりキャンプしたり……?
なぜ……?
そんな時間があったら走った方がいいのでは……?
>まあRTA脳のケンジくんからしたらそうなるよなw
>その感想はケンジくんしか出てこないw
>ダンジョン飯配信っていうジャンルもあるくらいだぞ
>美味しいモンスターとかもいるし
>アンデッドはさすがに無理だけどな
>ゲテモノ好きの冒険者が挑んでアンデッド化したよな
>ゾンビが感染するなんてB級映画なら常識だろうに
>焼けばなんでも食えるって豪語してたよな
>発想が原始人なんだよなあ
なにそれこわい……。
モンスターを食うなんて想像したこともなかった。
まあ俺は料理とか適当だからよくわからない。
シオリは料理得意だよな。
どうなんだ?
「……」
じとっとした視線が返ってくる。
「そんなの食べるわけないでしょ気持ち悪い」と思ってる目だあれは。
いや待てよ。
エネルギー補給という意味では、ダンジョン飯もありか?
F1とかでもピットの入るタイミングや回数で駆け引きが生まれると聞いたことがある。
タイヤが摩耗しないようにゆっくり走ってピッチに入る回数を抑えるのか、ピッチに入る回数を増やす代わりに早く走るのか。
最終的なタイムはどちらが上になるのかは、走り終えなければわからない。
自分たちの機体やチームの状況によっても変わるだろう。
それもまた見どころなんだと聞いたことがある。
例えば、ダンジョンの真ん中で体力を全回復できるなら、2回分の全力でダンジョンを走ることができる。
つまり、単純計算だとタイムも半分に……!?
>はい?
>さらに倍も速くなる……?
>ダンジョンRTA10秒台の可能性が生まれた……?
>ちょっと……なにを言ってるのか……
>俺たちが新たなモンスターを誕生させてしまったのか……
まあ、さすがにそれは机上の空論過ぎるだろうけど……試す価値は全然ありだ。
これは、RTA界に新しい概念が現れたのでは……!?
>でも持ち込み禁止でしょ?
そうですが、エリクサーをドロップすることもあります。
今までは不要なので拾いませんでしたが、今後は使い道を考えてもいいかもですね。
>エリクサーが不要……?
>持ち帰ったらいくらで売れると思ってるの……?
>不治の病すら治す薬だぞ……
>逆にエリクサーもなしで何でここまで来れるの
>やっぱりケンジくんちょっとおかしい……
やはり俺一人の考えでは新しいアイディアは出てこない。
まだまだタイムを縮められる余地があるのに、それを見落としてしまっているなんて。
RTAはただ走るだけじゃない。その中にある創意工夫こそが一番の醍醐味なのに、それを忘れてしまっていた。
やはり俺なんてまだまだですね。
教えてくれてありがとうございます。
>どういたしまして?
>何かを教えられた実感が全くないw
>マジで10秒台出るのか楽しみになってきたな
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