第63話 今が一番幸せだから
ダンジョンに発生させたワープゲートを通って、俺たちは地上に戻ってきた。
出口前に設置していたダンジョンクロックを一時停止させ、バッテリーを充電するために俺の家へと向かう。
玄関を開けると、シオリの作ったぬいぐるみが、まるで生き物のように動きながら部屋の掃除をしていた。
冥界内ほどではないが、現実世界でも生殺自在の力で無機物に命を与えられるらしい。
簡単な冥界魔法なら使えるらしいし、シオリがいうには自分の分身みたいなものらしいけど。
だから時々こうして部屋の掃除をさせたりしているんだよな。
といっても、同時に複数を動かすのは難しいので、普段はあまり使えないといっていた。
俺は2つ以上動かしてるところを見たことはないけど、ダンジョンに潜ってる間も、自分の代わりに外で仕事をやらせているのかもしれないな。
ぬいぐるみが働くところを見ながら、リビングに入る。
俺とシオリ、それにアイギスも一緒だった。
「なんでこいつまで……」
シオリはやや不機嫌な目をアイギスに向けていたが、追い出すようなことはしなかった。
なんだかんだでシオリはいい奴だからな。
嫌いな相手でも本当にひどいことは……まあ、あんまりしない。
アイギスは初めて入った俺の家で、キョロキョロと辺りを見回していた。
「ふーん。ここがお前の家か。なんか普通の日本の家って感じだな」
「あたりまえだろ。俺を何だと思ってるんだ」
一般の家で生まれたごく普通の一般人だぞ。
「……」
「……」
シオリとアイギス、二人の視線がそろって俺を無言で見つめた。
「これ、マジで言ってるのか?」
「そうよ」
「嘘だろ……自覚なしかよ……」
どうやら呆れられているらしい。
シオリは登録者100万人超えの有名配信者だし、アイギスも外国に住んでるらしいのに、みんな知ってるくらいの有名人だった。
きっとたくさん稼いでいるんだろう。
俺の家なんて、二人から見たら質素な物なんだろうな。
「ケンジも稼ごうと思えばダンジョンでいくらでも稼げるじゃない」
「ああ、そういえばそうみたいだな」
コメントの反応を見る限り、ダンジョン内には結構高価なアイテムがあるみたいだった。
それらを持ち帰って売れば、ぜいたくな暮らしをすることはできるだろう。
「けど、俺にはいらないかな」
毎日不自由なく生活できて、ダンジョンRTAに挑戦できるくらいのお金があれば、それで十分だ。
使いきれないほどのお金なんてもらってもしょうがない。
アイギスがソファに寝転がりながらうなずいた。
「金なんてあっても、本当に欲しいものは何も買えないしな。大切なのは楽しく生きるかどうかだろ」
どうでもいいけど、人の家のソファーでそこまでくつろげるのはある意味尊敬するな。
あいかわらず度胸がすごい子だ。
確かにアイギスは自分の人生をめちゃくちゃ楽しんでいるんだろう。
俺なんて他人の家に行っても、ソファとか緊張で座れないぞ。
なんかああいうのって、勝手に座ったらダメなイメージないか?
他人のくせになんでそんないいものに座ってるんだよみたいな。
まあ他人の家なんてシオリの家くらいしか行ったことないけど。
「……そういやアイギスはなんで普通に話せるんだ。日本語うますぎないか?」
「は? お前翻訳スキル持ってないのか?」
翻訳スキル?
「そういえばお前の言葉日本語のままだな……。どうりでなんか変な感じがすると思った」
そう言われてみれば、アイギスは話しているのは英語だ。
なのに俺には日本語の意味が分かって聞こえている。
そんな便利なのがあったのか。
「まあRTAには使わないでしょうからね。ケンジが知らないのも無理はないわ」
「ところで話は変わるけどさ。アタシここに住んでもいいか?」
「え?」
「は?」
アイギスが急にとんでもないことを言い出した。
「アタシの家は吹き飛んでて無いんだよ。
吹き飛ばしたのは自分だからそれはいいんだが、住むところがないから適当な空き家とかダンジョンとかを転々としててさ。
別にお前の恋人にしろとは言わないよ。
それはシオリ様に譲るから、アタシのことは都合のいい女くらいでも……」
「黙りなさい犬」
「はい! 犬です!」
「なんでしゃべってるの?」
「わんわん!」
人間としての誇りすら奪われた……
「ケンジの家に住むくらいなら、私の家に来ればいいわ」
「わん……?」
「ちょうど犬小屋が余ってるのよね」
「わんわん!?」
会話の内容はあれだが……仲が良いみたいでよかった。
シオリが本気で怒ってたら犬ぐらいじゃ許してもらえないからな。
「まあ、あんたの件はどうでもいいわ。それより……」
シオリが、俺の部屋に置いてあったダンジョンから持ち帰ったアイテムのうち、小さな指輪を取り出して見ていた。
ちょうど余っていた生命の指輪だ。
なんだか自分の指にはめた指輪と見比べてる気がする。
しばらくしてシオリがぽつりとつぶやいた。
「これ、売ってるわけないわよね」
「たぶんな。詳しくは知らないけど、ダンジョンで拾ったものだからな」
コメントでは1兆円とか言ってるのもあったけど、さすがにそんなことはないだろう。
とはいえ売ってないのだとすれば、ダンジョンに入って手に入れるまで繰り返すしかない。
「特定の神話級アイテムを……ドロップするまで周回……?」
何故かシオリの声は茫然としていた。
「欲しいならあげるぞ?」
別に俺は使わないからな。
けど何故かシオリは俺に対して呆れ半分怒り半分みたいな視線を向けてきた。
「……ケンジにもらったものじゃ、意味ないでしょ……ちゃんと私が用意しないと……」
よくわからないが、自分で見つけたいみたいだ。
まあダンジョン冒険者はそういうところあるよな。
買ったアイテムはコレクションにならないというか。
自分で見つけてこそお宝なんだ。
その気持ちは男の俺でもわかるよ。
コレクションって、いらないと思っててもなかなか捨てられないよな。
だから俺も、使わないとわかっててもこうして残してるんだけど。
アイギスもアイテムをじっと見つめていた。
といっても指輪に限らず、他にもあるいろいろなアイテムを見ているようだったけど。
「……」
「他にも見たこと無いアイテムがたくさんあるのよね。
今までは単に深層とかで手に入るだけかと思ってたけど……」
「……」
「これとかも見たことないけど……すごいものなの?
ってケンジに聞いても知ってるわけないわよね」
アイギス、あんた知ってる?」
「わんわん!」
「しゃべっていいわよ」
「すごいなんてもんじゃねーな。アタシでも見たことねえレアアイテムばかりだ。
ここにあるのを全部装備するだけで、一般人でも国ひとつ落とせるんじゃないか」
そんなにすごいものだったのか。
まあ俺は国なんて落とすこともないし、使うことはなさそうだな。
それにアイテムの力で強くなっても、ダンジョンRTAが簡単になりすぎてつまらなくなるだけだ。
だから俺は装備しない。
「まあ確かにケンジは装備とかいらないんでしょうけど……」
「アタシも竜骸があるから装備品は今までつけなかったけど、指輪とかくらいならつけてもいいんだよな」
「は?」
「いえ! 指輪はいらないです!」
「欲しけりゃあげるぞ」
「いらないいらないいらない」
激しく首を振って拒否されてしまった。
そんなにいらないのか……。
なんか二人にもいらないって言われたし、コメントじゃすごいとか言ってたけど、やっぱり大したことないんじゃないかこれ。
「強すぎて退屈してるのに、これ以上強くなっても仕方ないだろ。ましてやアイテムで得た力なんてつまんねえ。
アタシは勝ちたいんじゃねえ。戦いを楽しみたいんだ。そのうえで勝つから楽しいんだろ」
よくわからない理屈だが、まあアイギスがそういうんならそうなんだろう。
シオリは、こいつら理解できないわという顔だった。
「じゃあシオリ様が装備するか? 普段は魔法が使えないなら、装備で補ったほうがいいだろ」
「いや、私もいらないわ」
シオリもまた首を振った。
「私が欲しいのは強さじゃないもの」
「じゃあなにが欲しいんだ?」
「……」
……え? 俺?
なんで俺をじっと見てるんだ?
それから少ししてため息のようなものを漏らすと、ポツリと答えた。
「普通に暮らせればそれでいいわ」
「そっちの方がわかんねえなあ」
アイギスはわからないようだったが、俺にはわかった。
シオリがうっすら微笑んでいることに。
怒ってる時以外で笑うところなんて、久しぶりに見たな。
幼馴染の俺には、その顔がこう言っているのがすぐにわかった。
「今が一番楽しいし、一番幸せだから」と。
言ったらシオリは絶対怒るから黙っているけどな。
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