第61話 緊急でカメラを回しています
「ケンジ、終わったからそろそろ帰るわよ」
気が済んだらしいシオリが俺にそう声をかけてきた。
結局シオリの「お仕置き」は丸々7日間も続いた。
アイギスが見抜いたように、確かにシオリの中にはもう、かつて程の魔力は残されていない。
だけど冥界にいる限りはいくらでも回復するから、実質無限なんだよな。
7日間で許してくれたのはむしろ優しいほうだったかもしれない。
俺が途中で止めずにブチ切れたままだったら、もっと続いただろう。
シオリがその気になれば何か月だって、何年だって、続けることができたんだから……。
ちなみにそのあいだ俺たちは一度も冥界から出ることはなかった。
この世界には水も食糧もないんだけど、生殺自在のおかげで餓死することもないんだよな。
ただ、時間だけはあるから、とにかく暇だった。
なので俺はそのあいだ、冥界ダンジョンのRTAに挑戦していたんだ。
いやあ、初めてのダンジョンも新鮮で楽しかったな。
100回ほどしか挑戦できなかったが、なんとか最後の一回でタイムは1分を切ることができた。
次に挑戦することがあったら50秒を切りたいものだ。
ずっと初級ダンジョンばっかりだったが、違うダンジョンのRTAも意外と面白かった。
初めてのことばかりで新鮮だったっていうか。
今後のRTAに活かせそうな新しい発見もあったことだしな。
これからは違うダンジョンに挑戦してみるのもいいかもしれないな。
まあ冥界に来ることは、もうない方がいいんだけど……。
心も体もボロボロにされたアイギスは、すでに元の状態に戻っていたが、いまだピクリとも動かず地面に倒れていた。
ちょっと心配になるくらい微動だにしない。
息してるよね?
「いつまで寝てるの。さっさと帰るわよ」
「はい! シオリ様!」
えぇ……調教されてる……
──ガゴン。
石棺が開くような扉の音が響く。
次の瞬間には、懐かしのボロボロに破壊されたダンジョンに戻っていた。
1週間ぶりだからな。なんだか懐かしく思える。
けど、時計を確認すると、あれからまだ7分しか経っていなかった。
なにそれ……。冥界怖い……。
カメラは爆発して壊れたはずだったけど、冥界にいるあいだに元に戻されていた。
シオリが元に戻したんだろう。
あの時壊れたのも、自分の魔法を配信に映さないためだろうし。
カメラを調べてみたが、動かす分には問題なさそうだ。
さっそく配信再開しよう。
「えー、みなさまこんにちは。映ってますか?」
>お、復活した
>どうしたの?
>何かトラブルあった?
だいぶ久しぶりだったけど、コメントは気にしてないみたいだ。
こっちは1週間ぶりなのでかなり久しぶりに感じるけど、コメントのみんなは7分しか経ってないんだよな。
「えっとまあ、ちょっとした配信カメラのトラブルでした」
まさかシオリに爆破されたとは言えない。
>すぐに直ってよかった
>そういえばアイギスはどうなったんだ
>さっきから大人しいけど
アイギスは俺の隣に立ったまま無言でいる。
コメントに気が付いたのか、目を吊り上げた。
「なんだおまえら。アタシの事ジロジロ見てるんじゃねえ。特定して殺すぞ」
「あんたが勝手に配信に映ってるんでしょ」
「そうだけどこいつら……」
「ちょっと黙ってて」
「はい! 黙ります!」
>wwwww
>wwwww
>ちょwwww
>嘘でしょwwww
>調教されてるwww
>わからせ完了済www
>この7分で一体何が……w
>むしろたったの7分でどうやったらここまで従順になるんだ?
>尊厳まで完璧に破壊されてるじゃん
>竜としての誇りどころか人としての誇りすらもう……
>これは手練れの犯行
>初めてじゃないっすよねえ……
>さすが俺たちのシオリさん
>竜骸を一方的にボコって屈服させる夫婦がいるってマジ?
>最強夫婦……
>あの瞬間にカメラが壊れたのも怪しいな
>疑惑の7分
>シオリ:……
>はい! 黙ります!
>はい! 黙ります!
>はい! 黙ります!
>wwwww
>wwwww
>コメントも調教済みだったw
>軍隊かな?w
何やらコメントが不穏な雰囲気になっている気がする……。
だけど実は俺には、それを気にしている余裕はなかった。
「えー実はですね、今これ緊急でカメラを回してます」
>でたー絶対緊急じゃない奴www
>引退詐欺かな
>カップルチューバーが別れる奴じゃね
>婚約指輪「」
>指輪は一度壊れてるから……
>再婚RTAでも世界最速
「実はカメラのバッテリーがあと1分しかありません」
>そりゃヤバイw
>ガチで緊急だったわw
>そうかもう1時間たったのか
>むしろまだ1時間なことに驚き
>もっといいバッテリー買おう
「そうですね。確かにいいバッテリーを買うことも検討したほうがいいかもしれないですね。
というわけで時間がないので、配信はここでいったん終わろうと思います。
再開は一時間後の予定なので、また見てくれると嬉しいです」
>了解
>ゆっくり休んで
>絶対見るよ
>見ない奴この地球上に1人もいない説
>俺たちにも心の休養が必要だしな
>いろんな常識がぶっ壊れたからな……
>とりあえずゆっくり風呂入ろう……
俺はショートカットからワープゲートを呼び出した。
空間に空いた穴に、見慣れた外の景色が映っている。
「では一時間後にまた配信再開しますので!」
>なにそれ!?!?
>戻るってそういう事!?
>この反応懐かしいな
>俺たちも昔はそうだったよ……
>マジで何なのかはいまだにわからない
>説明されたような気はするけど、色々ありすぎてもう覚えてない……
>どうせ説明されてもわからないし……
>考えるな、感じるんだよ
>起きたことをありのままに受け止めることがRTAには必要
>再開待ってますね!
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