第59話 シオリは無慈悲な冥界の女王
シオリがアイギスに向けて笑みを浮かべた。
「どうやら全然反省してないみたいだし、ケンジはそういうのわからないみたいだから、私が代わりに叱ってあげないといけないみたいね」
シオリは怒ると逆に笑うタイプだ。
そのシオリが、にっこりと微笑みを浮かべている。
つまり、かなりのガチギレ状態だ。
なんで急にそんなに怒ったのかはわからないが……
シオリが本気なのは間違いない。
周囲はダンジョンそのものが冥界に入れ替わっていた。
これは生殺自在の領域魔法。
この世にあってはならない究極の禁呪。
ようやく正体に気づいたアイギスが声を上げる。
「冥界魔法!? てめえがどうして……!?」
冥界魔法〈黄泉平坂〉。
冥府の扉を開き、対象を地獄へ落とす領域系魔法だ。
この世界ではシオリが望んだものは全て死に、シオリが望めば全て生き返る。
防御も回避も不可能。対策は存在しない。
詠唱から発動までに2秒もかかることと、個別に対象を選べず周囲一帯を巻き込んでしまうという弱点があるが、発動さえしてしまえば全ての命運がシオリの意のままに操られる、恐るべき魔法だ。
その対象は生命に限らない。
万象流転。
それが冥界魔法の本質。
この世に存在するあらゆる存在を元に戻すこともできる。
崩壊した地球を丸ごと冥界に落として、元通りに「蘇らせる」ことさえも──
「なるほどな」
アイギスが笑みの形に口元を吊り上げる。
「なんだかわからねえが、これはつまり、アタシに対する挑戦状ってことだよな!」
アイギスが歓喜の声をあげてシオリに襲い掛かった。
一瞬で全身が竜骸に覆われる。
アイギスの中にある竜の魔力は俺が破壊したはずだったが……早くも一部は復活していたようだ。
やはりアイギスの持つポテンシャルは凄まじい。
ダンジョンを紙屑のように破壊する腕がシオリを叩き潰し、巨大な足で踏みつけ、刃のような鋭い牙で串刺しにした。
そのどれもが効かなかった。
空気が鳴動し、大地はめくれ上がり、空間ごと消し飛ぶ。
それほどの攻撃が機関銃のように何度も叩き込まれているのに、シオリはその場から一歩も動くことなく、擦り傷のひとつすら付けられない。
無表情のまま、襲い掛かる竜の骸を眺めている。
冥界においてはシオリが神だ。
攻撃を無効化してるとか、そういうことですらない。
シオリに傷をつけることは何人たりとも許されていないんだ。
「静かにして」
その一言でアイギスが消滅した。
地面に1匹の蛙がひっくり返っている。
痙攣するようにピクピクと震えたまま、地面に縛り付けられていた。
それを冷たい目で見降ろしながら、シオリがボロボロの金属片を取り出す。
それは小指ほどの小さな金属片。
人によっては台所から剥がした錆程度にしか見えないだろう。
実際には、途方もない年月が経過して風化してしまった、とある遺物の欠片だ。
それを地面に落とす。
冥界の力で元の姿に戻ったそれは、大地に突き刺さる一本の槍になっていた。
神の血液を凝固させたかのように鮮やかな、真紅の魔槍。
──天の逆鉾。
天地創造の神器を、生殺自在の魔女が手にする。
それが意味することはひとつしかない。
シオリがニッコリと笑顔になった。
「心配しないで、殺しはしないから。
今からあなたを《《生まれなかったことにしてあげる》》」
やばいやばいやばい!
シオリがマジでブチ切れてる!!
ちょちょちょ、ちょっとシオリさん! いったん落ち着こう?
それはガチでやばいからもう二度と使わないって約束しましたよね!?
「心配いらないわ。私は今、人生で一番落ち着いてるから」
そういう割には瞳から光が消えてるんだよなあ!
完全にシオリが無慈悲な冥界の女王になってる。
ああ、落ち着いてるってそういうこと?
じゃあやっぱり止めないと!
とはいっても、冥界に入った時点でシオリに勝てる者なんて存在しない。
蛙化したアイギスは地面に張り付けられたまま、怯えるようにピクピクと震えていた。
シオリが手にした天の逆鉾を無慈悲に振り下ろす。
その瞬間、俺の目はシオリの手に吸い寄せられた。
理由は自分でもわからない。
だけど迷っている暇はなかった。
直観に従って思いついた言葉をそのまま口にする。
「俺にも指輪をくれないか!」
「………………えっ?」
シオリの手が止まった。
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