第53話 RTA泣かせの新ステージ
溶岩湖の底にあった階段を抜けると、そこは見た目は特に代わり映えのない普通の迷宮だった。
流れていた溶岩は階段の途中で止まっている。
エリアをまたいでは流れてこないんだよな。
これもダンジョンが生み出したものだからなんだろう。
35階の迷宮内の壁は普通の石造りで、等間隔に置かれた壁掛けのランタンのおかげで明るい。
その見た目で何のエリアに来たのかはすぐに分かった。
「どうやら宮殿エリアのようですね……」
>宮殿エリアは宝箱が多いんだよな
>危険も少ないし、普通に当たりステージ
>ここに一年住んで稼ぎまくってもいいレベル
>一生遊んで暮らせるだけ稼げるらしいからな
なるほど。一般的にはそうなんだな。
しかし俺は気分が暗くなるのを感じていた。
宮殿エリアはRTAにとって最悪のエリアだ。
しかし、見た目が同じなだけでそうではない可能性も0ではない、かもしれないかもしれない……。
サーチですぐさま構造を把握する。
そして、結果は変わらなかった。
「やはりここは宮殿の迷路エリアでした。
ここは無駄に広くて迷路になってるので、踏破に時間がかかるんですよね。サーチで道順はわかりますが……」
サーチで瞬時に把握したからこそ、俺は絶望する気分になる。
壁に手を当ててうなだれた。
「この壁の向こう500メートルくらいの位置に階段があるのですが……。
壁を壊して行けたら一瞬なのに、迷路を進むと10キロくらいは進むことになります」
>10キロwww
>遠いwww
>それは切ないw
>確かに宮殿エリアはそういうところあるよな
>宝はいっぱいあるけど、その分広くて探すのが大変なんだよな
>今からルール変更しよう
>地形破壊あり
>ゴジラが突進するみたいな配信になりそう
>「迷路ステージの壁全部壊してみた」
>マイクラかな?
>ケンジくんのゲーム配信も面白そう
>ゲーム側がケンジくんのスピードについてこられないんじゃ
>1億fpsくらいないと無理では
頭の隅を一瞬だけ「再走」の2文字がよぎったが、すぐに振り払った。
まだこのエリアに入ったばかりだ。
むしろここからどうタイムを短縮して行くのかが腕の見せ所だろう。
RTA泣かせのステージなのは確かだが、嘆いてても仕方ない。
「シオリ、ちょっと早めに走っても大丈夫か?」
「慣れてきたから大丈夫だと思う」
シオリの許可も得たので、「加速魔法3倍」をかけて迷路を走りはじめた。
慣れないと早すぎて壁にぶつかってしまうが、もう35階まできてることだし、しおりもだいぶ慣れてるみたいだったから問題はなかった。
時折、全身鎧の騎士みたいな敵が出てくるけど、基本的に脆いので走りながら叩けば壊れる。
大した障害じゃないだろう。
>アーマーナイト素手で壊してるwww
>実際に戦うとくっっっっっっっそ硬いんだがw
>35階の敵でも脆いのかあw
>もう笑うしかないなこんなの
走りながらももちろん解説は忘れない。
「迷路ステージは基本的に難しいステージではありません。面倒なだけです。
壁を壊してもいいという人は、サーチを使って最短距離を進むといいでしょう」
>まずサーチが使えないんだよw
>感覚がマヒしているけど、ダンジョンの壁も普通壊せないからね
>なんならアーマーナイトより壁の方が100倍硬い
>迷路ステージなんだから壁が硬いのは当たり前なんだよなあ
そうこうしてるうちに、道の先に炎の風が渦巻き、通路をふさいでいる場所に出てきた。
宮殿エリアの難敵。エレメンタルだ。
エレメンタルは属性によって形状が違う。
目の前にあるのは炎のハリケーンだから、火と風属性だろう。
>エレメンタルって倒すの面倒なんだよな
>普通の精霊でも大変なのに、2属性持ちだからな
>自分から攻撃してくることがあまりないのが救い
エレメンタルは純度100%の魔力のみで構成されたモンスターで、しかも複数属性を持っている。
サラマンダーなら弱点である水や氷属性を当てるだけでよかったが、目の前のこいつには、水と土属性を同時に当てる必要があるんだ。
しかも、中途半端に攻撃しても、ダンジョンから魔力を得て再生してしまう。
そのため二つの属性を即座に使う必要がある。
それが今までのモンスターとの大きな違いだ。
>魔法使いが二人いれば倒せるけど
>ケンジくん一人でどうする気だ
>シオリちゃんに手伝ってもらうのかな
>それはレギュレーション違反では?
「確かに普通に倒すのは大変ですが、実はエレメンタルは簡単に倒す方法があります」
>出たw
>知ってるぞこの流れ……w
>はたして一度でも簡単だったことがあっただろうか
>簡単だぞ。誰もできないだけで。
>簡単に倒す方法(ケンジくん限定)
俺は通路を走りながら手に水と土、両方の魔力をまとわせると、炎のハリケーンめがけて殴りつける。
ボフンっ、と属性の打ち消し合う音が響き、ハリケーンは霧散して消えた。
俺はそのまま突っ切って道を進む。
「炎のハリケーンは水と土属性を拳にまとわせて殴りましょう。それで倒せます」
>だからさあ
>そんなのさあ
>できるわけないだろ!!!
>この一体感好き
>複合属性とか都市伝説だと思ってた
>2属性持ちですら世界に何人いる事か……
なるほど。
確かに即座に相手の属性を見抜いて、弱点属性を呼び出すには慣れが必要かもしれないな。
とはいえこればっかりは慣れるしかないからなあ。
俺に教えられることはあまりないかもしれない。
……ん?
今ちょっと地面が揺れたか?
でも地震って感じじゃなかった。
それにダンジョンでモンスターが暴れた感じでもない。
ダンジョンの外に巨人が現れて、思いっきりダンジョンを踏みつけてきたような、そんな直接的な揺れ方だった。
初めての経験だけど、なんだろう。
まだまだ知らないことがあるなんて、やっぱりダンジョンは楽しいな。
そんなことを考えながら迷路を走り抜ける。
やがて道の先に、燃え盛る凍りついた岩が見えてきた。
火、氷、土属性のエレメンタル、アイスバーンだ。
3属性のエレメンタルはレアなモンスターだ。
そして2属性に比べて、倒すのが格段に難しくなる。
たいていの場合、火と氷などといった、本来打ち消しあってしまうはずの相反する属性を持っているからだ。
それを倒すには、こちらも氷と水という、相反する属性を扱う必要がある。
「この倒し方は……
>無理だから!
>不可能だから!
>あんまり俺たち一般人をなめるなよ?
>2属性でも無理なんだからな!?
>まだ何も言ってないのにw
否定されてしまった。悲しい。
>どうせ弱点の3属性を生み出してこぶしにまとわせるだけ、とかいうんだろ
>高難度すぎるw
「そんなこと言わないですよ。
3属性を生み出して拳に纏わせても、どうしても打ち消しあって威力が減ってしまいます」
最小の力で最速で倒す。これがRTAでの鉄則だ。
1回におけるタイム短縮は小さくても、何百回と戦えば無視できない数値になるからな。
「2つまでなら、相反する属性でなければ維持できますが、3属性は効率が悪いです。
下手をすると倒すのに2発以上かかってしまい、タイムも伸びてしまいます。
なので使う属性はひとつだけです」
>1属性!?
>まじ?!
>どうやるの!?
>何の属性だ!?
「3属性を生み出し、それをひとつにまとめることで新しい属性を作るだけです」
>新 し い 属 性 を 作 る だ け
>はーつっかえ
>期待して損した……
>まーじで何言ってるかわかんないんだよなあ……
>そもそも新しい属性を作るって何? ケンジくんは神様か何かなの?
「3つの特性を持ったひとつの属性です。
これなら打ち消しあうこともないですし、制御も簡単なので、3属性のエレメンタルと戦う時はおすすめですね」
>オススメされてもなあw
>そりゃできるなら俺らもやりたいよw
>たまには僕らに理解できる言葉で説明してもらってもいいですか?
>小学生にもわかるように頼むな?
「魔力を手の中でギュッて握って固めます」
>わーいかんたんだなあ(ぼう)
>魔力を……ギュッ……?
>おにぎりか何かかな?
>簡単だけど出来るとは言ってない定期
>簡単なことほど実は難しいってやつだな知ってる
>そういう事じゃないんだよなあ
「おっと。また揺れましたね」
ダンジョンを直接上から殴ったような揺れだ。
しかもさっきよりも強い。
うーん。なんだろうか。
新しいイベントでもあるのかな。
宮殿エリアはどうにかしてショートカットしたくてかなり調べたはずだったけど、まだ知らないことでもあるんだろうか。
何が起こるのか楽しみだな。
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