いつかに至るまでの
「お父様、隠居してくださる?」
突然やってきた娘がそういった。
彼は少し前までは寝込んでいたが、数日前からそれではいけないと色々な報告書を読んでいた。その最中のことだった。
アリアはいつもは嫌う男装のままに父の前に立っていた。
「お父様は、役に立たないのよ。
我が家の面子の問題も配下を統率する問題もなにも出来ていない。
私が全部するわ」
覚悟を決めたように、告げる。
「私が、ちゃんと落とし前を付けてくる。
だから、どうか黙って譲ってくださる?」
否を言わせないほどの強さは今までなかったものだ。
皮肉なことに、レティシアがいなくなってようやく覚悟を決められる。そうレティシアの中にいる御使いが告げたことと同じように振舞っていた。
『お二人が生きている間に和解をされることはありませんでした。
それでもレティシアが亡くなった後に、その死を悼みその無念を晴らそうとしました』
御使いと二人だけの時に告げられたその言葉に彼は少し安堵した。なにもせずにいることはなかったのだと。
しかし、続く言葉に心臓が止まりそうだった。
『でも、死して立ち上がるのは、本当に、家族としての情によるものでしょうか?』
彼はそれへの返答を持っていなかった。
『もし、情があったとしてもほんとうに、遅い』
独り言のようにそうつぶやいた言葉。
おまえに何がわかると思わず怒鳴っても御使いはうるさそうに顔をしかめただけだった。
『わかりませんよ。なにも』
穏やかな諦念が現れた笑みは、娘と同じ表情だった。
彼女とはそれきりだった。
元気にやっているとは聞いているが、それはもうレティシアではない。彼はそうわかっていても分けて考えることはできないだろう。
「わかった。頼む」
受け入れることもできぬならば、立ち去るほうが良いだろうと彼は考える。
代わりにできることもあるだろう。
「儂は先代について調べなおすことにしよう。この婚約については不明な点も多い。それを放置していたのは怠慢だった」
「お父様に、書類仕事は向いてないでしょ。
お母様とご一緒になさってください。イラついたら素振りですよ?」
アリアはそう言って笑った。
小さいころにそう教えたのは彼だった。そして、それがバレて妻に正座させられ説教されたのも思い出した。
お父様、足しびれてるぅと足をつんつんされてやめてくれと呻いた日もあった。
「……いつか、取り戻せるであろうか」
「御使い殿が頑張りますわ。
持っていけるものを増やして、重いと嘆くくらいに積み上げればいつか」
勝手に期待して、勝手に望むのは、ひどい話だろう。
それでも、他に頼める者はいない。
次には、忘れてしまうのならば。




