内乱フラグを折るだけの簡単なお仕事。4
「そういえば婚約破棄はお嬢がしたのか?」
契約が無事に終わりユーリクスは先代侯爵であるフリックに尋ねた。
「そうだ。レティにはどうしてもできなかったようだ。
何度、死んでもなお」
暗い声が告げる事実にユーリクスは眉を寄せた。
「勝手に殺してはならぬというお達しだ。
そうした瞬間に、もう、この時間は終わりだ。二度と来れぬと御使い殿は言っている。無駄にさせぬようにな」
ユーリクスが言葉にもしなかったことを先回りしたようにフリックが言う。
「そうでなければすでに生きておらんよ。あの小僧を生かしておくのもちょろちょろさせておくのも不愉快極まりない」
不快感を隠しもせずにフリックはいう。高位貴族というのは表情を読ませないことを美徳としているが、そこを超えても不快表明をしたいほどだということだろう。
何もしていないのは、レティシアに対してなにも思っていないということではない、ということ。
レティシアは婚約者を害することはできない。
そういうルールのようだ。
「呪いのようだな」
「なに?」
「殺してはならぬとでも定められているような、呪い。
殺さないのは利用価値があるからとするなら、奴に何の価値があるのか、なにをなすのかというのも調べたほうが良いかと」
「……考えておこう」
そういう前に舌打ちしたのをユーリクスは聞いた。その点は考えていなかったのだろう。
ユーリクスが思いついたのも多少の記憶があるからだ。彼は世界が繰り返しの中にいることを時々思い出す。それは、いつだって突然で、手遅れの時に。
彼女を救いたくてもいつも届かない。
ありがとうと笑う彼女が、いつも死ぬ。
あの男に何かあるのではないかと調べたこともあった。それは、不自然に思い出せない。そこだけ、ぽっかり空いた穴があってないことだけを誰かが教えてくれたように。
いつもと違う今回ならば、その空白を埋められるかもしれない。そして、ちゃんと伝えられたのならば。
届くのかもしれない。
「そうそう、言っておくことがある」
「なんでしょう?」
「儂の目が黒いうちにレティシアを嫁にやることはない。
お付き合いも許さん」
「…………閣下、あなた、目が青いでしょうに」
きりっとした顔でなにを言いだすかと思えば。ユーリクスは脱力した。なお、黒いうちにというのは慣用句として定着しているもので実際の目の色を指したものではない。
ただ、黒くない目の場合には指摘されるのもまた慣例である。
「そういう問題ではない。
余計な虫をつけぬように気をつけよということだ。部下にも伝えておくように」
「畏まりました」
おまえも余計な虫になるなよ、というところも含まれるであろう。
ユーリクスはその気もないし、御使い殿もその気はないだろうと想定していた。この人生では一回も言ってはいないレティシアへの気持ちを言い当てているのだから。
危ういのはイルクの方だろう。情に流されやすい。それに、レティシアもイルクには心揺れている時があったのだ。
レティシアは決して、その手は取らないけれど、それは好きではないからではない。
やっぱり、あいつ、好きなれないなとユーリクスは心の内で呟いた。




