内乱フラグを折るだけの簡単なお仕事 2
ユーリクス。
そいつはあたしにもトラウマを刻んでくれやがりましたよっ!
毎回出てくるわけじゃないのに、出てくるとレティシアとガチで殺し愛とかやる人。
なんで、殺し合うの嬉しそうなんだ。殺されるときすら、愛おしそうにレティシアを見るんだ。普通に幸せにするために駆け落ちでもしろっ! と何度怒鳴ったことかっ!
……ま、まあ、いまはそれはいい。古傷が痛む。
これまでの繰り返しの数々の中で、何回かに一回あるジェノサイドなレティシアと、である。平常ではオーバーキルも甚だしい。
なぜか普通のレティシアのときは出てこない。
発生条件のフラグはどこにあるんだろう。
人間じゃねぇと呟いたヤツと会うのか。いま、全く普通の人以上の力なんて持っていない状態で。
速攻ばれる。
中身レティシアじゃないってばれるに違いない。
「会いませんからね!」
「悪いが、あっちから勝手にやってくると宣告が来た」
無情にも祖父が告げる。心がなさすぎる。あたしに会わせるのはまずいとわかっていても、会わせない選択をしないところがひどすぎる。
「断ってください。侯爵様でしょうっ!」
「無理をいうな。物理で壊して入ってくるやつだぞ」
「うっ!」
「壊れる扉が哀れだ」
思わず、部屋のドアを見た。飴色のつややかな一枚板にさりげなく彫刻があり、部屋に調和する逸品である。
それを言うなら侯爵家にあるものはすべて歴史の重みと技術の合わせ技で構成されている。飾られている壺ですら、庶民の年収を超える。暴れられたときの被害総額は侯爵家としても看過できないレベルと判断したのだろう。
それにしたって。
「扉に負けた」
「殺されはせんだろう」
そういう祖父も不安そうである。完全な暴力に我々は無力すぎる。本来なら護衛を集めて対処したいが、その護衛まとめて死亡する予想が立つような相手だ。量より質の問題。ここの護衛はそれなりにそろっているが、やはりそれなりだ。一流と言えるのはイルクくらいだが、それでも時間稼ぎが精いっぱいだろうしそもそもいない。
それなら余計な刺激はしないに限る。その結果の丸腰対応となると自殺願望があるのでは? と言われそうだ。
「いつ、くるんですか?」
「朝、都合を聞く伝令がきた。
そうだな。あと、半刻もたたずに」
ということを待っていたように扉が叩かれた。
「……。
聞いていたなんてことないですよね?」
「ありえるな。本物のアレだからな」
「ああ、あれですね……」
化け物に化け物という気概は祖父にはなかったらしい。罵倒表現としてある化け物であるが、彼に関しては他に表現しようがない。
人間はもっと出来る範囲は狭いんだよ! とか言いたい。
「入れ」
祖父はたっぷり時間を取ってからそういった。さりげなく、扉から一番遠い席に陣取っている。もちろん、あたしもその隣だ。はたから見れば仲良しに見えるだろう。
最初に執事がゆっくりと扉を開けた。そのあとに入ってきた青年はとても普通そうに見えた。武装の一つもない、普通の町の人のように。
緊張をはらみながらも最初はお互い大人しいものだった。
挨拶をし、席を勧め、執事が流れるように珈琲を用意して下がっていった。あたしは微笑みを維持してそこにいる役割だ。これまでの修行の成果が出ているに違いない。
「急な訪問となり、申し訳ありません。
撤退が完了したので、ようやく報告できます」
彼はそう切り出した。祖父は予想はしていたのだろうが、顔をしかめている。
「撤退など頼んではおらぬが」
「それはこちらの判断で。先代侯爵閣下は、こういったことに明るくないと先に手を打たせていただきました」
「どういう意味だ」
「悪い意味ではありません。
頭に血が上った愚か者が、最悪を選択するという想定が抜けているということです。うちの配下は礼儀は弁えさせましたが、それだけです。
政治なんて、全く、これっぽっちも理解してない。
殴られたら、殴り返せばいい。そういう奴らが多いんです。それで、レティシア様が困るということを考えつきもしない」
そう言って、あたしへ視線を向けた。
彼は、おかしいな、とでも言うように少し首を傾げた。ぞわっとしたぞ、ぞわっと。思わず、腕をさすってしまった。
「アルテイシア嬢を襲撃でもしようとしたのか?」
「ほかのご令嬢に、少々やらかしたやつがいました。そちらは金と話し合いで解決しましたが、公爵家のご令嬢に同じようにするわけにはいきません。詳細を知られる前にすべて解約させ、王都の外へ出しました。
当主の元では少しは大人しくしているであろうと拠点も移すつもりです。ここを戦場にするおつもりはまだないでしょうし」
祖父が目頭を揉んでいる。
あたしも白目を剥きそうだ。
他のご令嬢については噂が流れるように仕向けた以上、貴族の範囲を超えて使用人や護衛などまで知られることは想定していた。そのうち市井にも流出するだろうと。
でも、そこから暴力行為に流れていく想定はしていなかった。アルテイシア様襲撃事件とか意図しないところで発生した場合、どう転ぶかわからない。
それを思えば、早急な撤退というのは、わかる。ただ、それを外から見ればどう見えるのか、という観点が違いすぎる。目先の危機を避けた先に反逆の疑いをかけられる、とは思っていない。
そして、こうなってしまったのはレティシアという人の価値を見誤っているからだ。あたしもここまでとは思ってなかった。祖父もレティシアの価値を低く見積もっていたということだろう。価値というか影響力というか。レティシアの死後の色々はレティシアの家族の方針だけではなかった、ということだろう。
レティ、君は本気で、内乱を起こせるポテンシャルを持っていたんだね……。
そんなフラグ、折っておくけど。号令だな、号令。お前ら、大人しくしていろ、落とし前は自分でつけると。
……ダメだ。レティそんなこと言わない。
ど、どうしよう。神(仮)、なんかいい話ないの?と問いかけるがもちろん答えはない。いつも一方的だから。
「お望みでしたら、すぐにでも」
「愚かしいことを言うでない。
根回しや準備を怠ると足元をすくわれる。あくまで大義があるのは我々でなくてはならない」
「承知しました。
ところで、レティシア様はお加減が悪いのですか?」
急に話が振ってきて判断に迷った。その一瞬が命取りだった。
彼は目を細めたかと思うと違うなと呟いていた。
「影武者、ではないな」
「あ、あの」
レティシアであると言い張るのは悪手だ。違うと言うのも良くない。
つまりどっちもよくない!
「閣下、これ、は、なんですか?」
返答によっては、スプラッタになりそうな雰囲気がした。




