内乱フラグを折るだけの簡単なお仕事 1
婚約がなくなれば平和になると思っていました。(二回目)
三か月後のトラップがやってきたのは、ある晴れた日のことだった。
数日振りに晴れたため乗馬を嗜んでいたところ祖父に呼び出しをされた。いつもは教官としてイルクがいたのだが、昨日から急用で出かけている。帰りは明後日あたりになりそうだとは聞いていた。
このタイミングでの祖父からの呼び出しに間が悪いと恨めしく思ってしまう。
祖父はすでに応接室で待っていた。
執事があたしたちの飲み物の用意をし、その後、部屋を出ていく。密談の類ということだ。
「陛下から食事の誘いを受けた」
「いってらっしゃいませ」
「御使い殿も一緒だ」
「……ですよね……」
がっくりしてしまう。一応、予告はされていたのだ。そのうちに誘われることはあるだろうと。理由については、侯爵家と王家が不仲ではないよというアピール。それとレティシアの値踏みもあるだろうという話だ。
「予想より早くないですか?」
「打診自体は先月からあったが、体調が優れないと断っていた。
今は断りづらいことがあってな」
ものすっごい歯切れが悪い。
「日取りは来週で、今日、明日のうちに正式な招待状が届くだろう」
「本当に急ですね?」
「そうだな」
「理由は?」
「離反を疑われている」
「王弟殿下との揉め事で?」
「違う。先月、もう少し前からかもしれんが、いくつかの傭兵団が契約を切っていた」
「傭兵、ではなく、傭兵団が? でも、それってレティシアに対して問題行動があった家だけじゃないんですか? それならわからなくもないですけど」
「儂もそう思ってそれほど気にしてはいなかったのだ。
最悪、他のものが多少は入っているようであったようだからな。
ところが、今月に入って拠点も引き払った」
大事だ。
傭兵団にとっての拠点とは特別である。その町や都市に滞在し、そこを中心に仕事をするということでは拠点とは言えない。
滞在先の領主などに許可をもらわなければならないのだ。
彼らがならず者と呼ばれないだけの礼節を持ち合わせており、信頼に値するものが多少はあるということを領主が保証しているということ。
どこに拠点を持てるかで傭兵団の実力がわかると言われるほどに、大事なもの。
移転ではなく、それを引き払うというのはよほどのことだ。
でも大きな団であれば、いくつか拠点を持つことはある。王弟殿下の管轄とかを引き払うというのはありえなくもない。それに経済的理由で拠点を変えることもある。それはそれで喧嘩別れじゃないよとアピールする何かが出回るとか聞いたことがある。
「どこの拠点を引き払ったんですか?」
嫌な予感を覚えながらも聞かなければならない。
「ここだ」
「王都の!?」
「セウェイ、キグル、ヒラドが、すでに引き払っている」
「あの、有名どころですよね?」
「あのあたりに門下生がいるとは知らなんだ。大量にいるか団長かそれに近しいものがそうなのであろう」
「……うわぁ……」
王都には10の傭兵団が拠点を持っている。これは王都側というか国が決めた数だ。人数制限もあり、ルールも厳しいがそれを上回る利点があるとされ空席争いは熾烈だと言う。
という話をイルクから聞いたことがある。王都の総戦力解説みたいな話で。
国が国として常備している戦力は、そんなに多くない。
具体的な数は機密になるので言えないが、騎士が100とすれば、軍に所属するのが300、各家が雇っている護衛と言われるのは王都には200よりは少ないそうだ。王都にいるとなると大体は傭兵団の所属か、そうでなくても大きな団体に属しているそうだ。
その他、個人営業も含む各家に雇われる者は各地に散らばっており総数は不明だが最低でも500くらい。食い詰めた三男坊以下がやるような用心棒も含めるとさらに倍はいるであろうということだ。
有事のレベルにより、これらの戦力を使って対処するのである。それで足りなければ徴兵となるが、今のところそこまでいったことはないそうだ。
このシステムの良いところはお金を必要以上使わないというところだけど問題がある。
各自が戦力を持つ、ということは、内乱の危機は存在するということだ。傭兵団同士が団結して何かを起こすなんてことは今まではなかったらしいので、ないだろうと思われているようだ。それは軽んじられていることでもあるが、鎖でつながれるようなことになるよりはましであるようだ。
傭兵&護衛と軍は仲が悪いが、騎士とはさらに仲が悪い。という構図もあるそうで、ここでも騎士はハブられていたりする。
温厚なイルクですら騎士とは生まれが違いすぎて日常会話すら困難というから深刻である。もっともこれは貴族生まれのあるあるらしいが。長男、次男、とそれ以下で文明レベルが違うのでは? というほど違うものらしい。
まあ、そんな感じの話の流れで、ふと気になったのだ。
じゃあ、レティが呼んだらどのくらいあつまるのだろうか? と。彼女が恐れていたものとは、どのくらいなのだろうかと。
その問に彼はこう言った。
『レティがその気になれば、王都くらいなら落としてみせるよ。彼らは』
半ば本気のようで怖い。
そこまで求めてませんので、とさらっと流しておいた。ちょっと残念そうな顔したのも見なかったことにした。
なお、統治には向かないから本当に蹂躙するだけになり、末端まで管理が届かないから一般市民に対する暴行などが発生するという見込みらしい。大人しくするように躾けたとしても、一般市民から零れ落ち、傭兵になるようなものだからね、と苦笑されたが。
暴力装置として優秀過ぎる。
「……御使い殿?」
「はっ! 現実が現実してなくて逃避してました。
で、どこに、拠点を移したんです? あちこちふらふらできるような人数ではないでしょう?」
「シュウレイ男爵領だ。
申請を出されているらしいと聞いたのは昨日だ。こちらも忙しくて、見落としてましたなんて言っておったがアリアの婿はやり手だ」
あの味方のふりして味方しないどころか、後ろから刺してくるような奴だと思ってましたよっ!
なんだあのぬらりひょん。人の家に入り込んで我が物顔すぎないか?
「つまり、反逆を疑われているのですね?」
「陛下本人の意志はわからぬが、周囲は相当警戒しているようであったな。嫌味が直接的だった」
「婉曲表現無視するくらい危機感あるんですか……。
それでも10の内の三つですよね? 王都では総数も制限されているって聞いたんですけど」
「その分、一人一人の実力が桁違いだ。
それでもそれだけだったら、嫌味だけで済んだだろうが、王都にひとりまずい男がいてな」
「あ、ちょっと待ってください」
まさか、いるんですか。このルートにっ!
「ユーリクスの名はご存じか」
「知ってますよっ!」
そいつ、レティシアと殺し愛するやつぅっ!
なお、ジェノサイドバージョンのレティシアはイルクとも殺し愛しちゃうのです。なぜか、元婚約者とはしません。