謝罪を断るだけの簡単ではないお仕事 4
食べてよいと出されたお菓子はきれいだった。
姉がこっそりくれたお菓子みたいに。
「好きじゃないかしら?」
そう言って首をかしげている人もきれいだった。
ロンは慌てて首を横に振った。一つ、手に取り口に入れた。甘くておいしいがなんの味かはわからない。
「おいし?
よかった」
にこりと笑うのに、ロンはひどく怖いもののように見えた。聞いていた話と全く違う。
彼女は優しくて甘いからすぐに許してくれるよと彼は言っていたのに。
優しくはあったような気はする。面会の約束も取り付けずやってきたロンを屋敷に入れ、風呂に入れ、新しい服を用意してくれた。
彼はそっと他の人へ視線を向ける。
祖父と呼ばれるこの屋敷の主はくつろいだように椅子に座り、珈琲を口にしている。それだけなのに漂う気品が違い自分の父と比べ、あまりの違いに愕然とする。
護衛として控える男性は少し困ったようにしていた。小さなテーブルに執事と向かい合って座っていたのだから。あちらにもお茶とお菓子が置かれていた。
執事のほうは慣れたもののようで優雅に珈琲を飲んでいる。
「従兄殿が気になるなら、外に出てもらうわ」
「気になるのはそこではなかろう。
儂は一杯分しか付き合わぬよ」
「もう、半分ないじゃないですか。
では、すぐに済ませます」
不満そうに祖父に文句をつけてから、彼女はロンへ向き直った。
「誰に言われてきたのかしら?」
「僕の意思です。両親は、姉の遺書の存在も知りません」
両親は姉の死に塞ぎ込んでいて、その部屋の片付けをしようともしなかった。おそらく、あの日以来、姉の部屋の扉を開けることすらしていない。
ロンは、その死が唐突過ぎて受け入れる以前の問題だった。どこか旅にでも出ているのではないかと思うくらいに、現実感がなかった。
だから、部屋にその前兆でもないかと扉を開けた。
それが、一週間前のこと。
「知らせないのはなぜ?」
「これ以上、苦しむところは見たくなかったからです」
彼女から姉の死を悼むような花を送られて少しは落ち着いたところに、新たな罪が出てきたのだ。偶然にぶつかって、倒れてしまった彼女をそのままにしてしまった。怖くなって逃げてしまったと。いっぱい血が出ていて動揺してと。乱れた筆跡で書かれていた。
それを苦にして姉が死を選んだなど知れば両親はどうなってしまうかわからない。ロンはそれが怖かった。
ロンの言葉を聞いて彼女は一瞬すとんと表情が抜け落ちて、それから取り繕うように笑った。
「そう。
では、忘れて。あなたの姉は事故で亡くなったの。お悔やみ申し上げます」
「許してくださるのですか」
「謝罪するようなことは何もなかった。
それで、あなたの姉の名誉は守られる。それで、よいでしょう?」
「え、でも、姉は」
彼女にひどいことをした。それを苦にして死んだのだ。もう、許してくれてもよいではないか。
ロンの考えを見透かしたように、冷ややかな表情で彼女は見返す。
「なにもしなかった。少々の行き違いはあったにせよ、それでよいでしょう」
彼女は立ち上がった。
「では、丁重に送ってください。
そうそう。ご友人には気をつけたほうがよろしいですよ」
そう言って、部屋を出ていった。
「誰かに相談はしたのか?」
「え、ええ。友人とその兄に」
「ヤルス家に」
その名にロンは驚いた。確かにそうなのだが、どうして知っているのかと。
子爵家ではあるものの友人は優しい。ロンのような弱い立場のものも庇ってくれる。今回のことも、姉が亡くなったことを受け入れきれないロンのために部屋を確認してみてはどうかと同行してくれたのだ。
そして、見つけた遺書を黙っていてくれた。
それだけでなく、秘密を抱えて家族に色々話す前に隠れ家もくれた。もう、侯爵家に謝罪に行かねばならないと説いてくれて。
「彼らが君を責めて、追い立てて、ここに送り込んだ」
「そ、そんなことはありません。姉が悪いことをしたのは確かです。許しを請いに行けばよいとは僕も思いますが、我が家は目立つようなことをすることはできませんでした。
姉は一人で、味方をしてあげることもできませんでした」
「そして、見殺しにしたのであろうな。
我らは」
彼はそう言って黙った。
「二度と会うことはなかろう。忘れろ」
そう言われ、ロンは侯爵家から帰された。護衛付きの馬車で帰り着いたロンに両親は驚いていた。そうでなくても数日行方不明だったのだから。
「お姉さんとの思い出を語りたく訪問してこられました。
レティシア様も幼いころを思い出し、楽しく過ごされましたよ。どうか、ご子息をしかる様なことをなさらないでください」
同行した執事がそう両親に告げる。
それは本当のことを告げて傷つけたくはないのだろうと用意された言いわけだった。
それはロンやその家族を慮った結果ではない。レティシアの意向を尊重した結果だ。ロンが、両親を苦しめたくないと言ったせいなのではないかと思えた。
ロンが黙っていれば、ここでの生活は今まで通りだろう。姉がいないことにもいつしか慣れる。その姉がしたことを黙っていれば。
それはひどく卑怯に思えた。
ロンは迷いながらも、決断する。
「父さん、姉さんがね……」
それからほどなく、ロンとその家族は、爵位を返上し王都を離れることとなる。




