謝罪を断るだけの簡単ではないお仕事 2
キリルがやってきて半月ほどで、アルテイシア様の新しい婚約と結婚が発表された。相手はキリルの弟。普通なら婚約期間を新たに設定し、結婚もそれにあわせて後ろ倒しになるはずが、結婚の予定はそのままだった。
公爵家の焦りと見るべきか、もう用無しで雑な扱いをされているのか。
少なくとも本人の希望ではないだろう。
最後の婚約者がいなくなる前に片をつけたかったのでしょう、と言っていたのは当のキリルだ。もし、弟君になにかあったら、次の婚約は整えられないだろう。そちらの方が外聞が悪いらしい。
ともかく、彼女はもう表舞台に出てくることはないはずだ。
表面上は静かな日々の中、久しぶりに祖父に呼び出された。執務室へと呼ばれたのが久しぶりであって、一日一回は食事で顔を合わせたりはする。その時に話せないようなことを知らされるとわかってちょっとげんなりした。
執務室にいた秘書っぽい人たちはあたしを見ると部屋を出ていった。先に人払いの手筈を整えていたようで、より嫌な予感がする。
そこに座って待っているように言われ、そのまま座る。椅子のそばにはサイドテーブルがあり、お茶も用意されていた。やや冷めているが飲みやすいとも言える。猫舌とは言ったことはなかったはずなんだけどな。そう思いながら口にする。もう苦くないお茶、素敵だ。
「待たせたな。いくつか手紙がやってきている。それは後で渡すが、今呼んだのはお茶会の誘いがあったからだ」
「お茶会、ですか」
「断るが、誘いがあったことは伝えておこうと思ってな」
三通ほど見せてもらった。
同じ人が書いたの? というほど、中身が似ている。
「悪かった。私も家のため仕方なかった。あなたもわかるでしょ? じゃあ、お茶会に来て! 仲直りしましょ! ですか」
要約するとそんな感じ。
「行くとお友達扱いされ、すり寄られる未来がありそうですね」
そんなお手紙が、残り5通。その他お手紙は20通ほど。一通開封してみたものの泣き落としだ。
わぁ、みんな、いまさらだよぉ。などと煽り倒したくなる。二か月くらいの冷遇で喚くなんて。
中身見ないで焼却処分でもいいような気がしてきた。
「使えるなら、遊んできてもよいぞ」
「お断りします。
利用してポイ捨てできる精神構造しておりません」
ああいう優しくしてあげたのだから、見返りをちょうだいというのは性に合わない。優しくしてくれてありがとーとお返しはしたい所存である。
「そうしてくれるとより良いのだがな」
「ミスって刺されるので嫌です」
「ふむ。そうか」
納得されたのもそれはそれでもやっとする。
「お手紙に返事はいりますか?」
「返答がないのが返事だ」
妥当なところだろう。なにを言っても逆恨みされるしかなさそうだ。
あたしも許す気はない。もうちょっと反省してからにして。
用はそれだけかと思えば、退出を促されることもなかった。まだ、なにかあるらしい。そして、それを切り出しにくいっぽい。
ふむ。
では、あたしが気になるところを聞いておこう。
「そういえば、元婚約者を手に入れようとするものはいないんですか?」
祖父にぎょっとしたように見られて、あたしのほうがびっくりする。
「いるようだが、相手にはされていないようだ。今はもう完全に女性不信を患っているようだ」
「なるほど」
ついでに友人のすることで男性不信にもなって、人間を信じられなくなればいいなっ!
あたしの反応を見て、祖父は少しばかり考え込んでいる。その件でなんか話があったようで、切り出しにくかったようだ。
これまで元婚約者の話は全く聞いてない。周りがものすごく気を使ってくれて、情報閉鎖状態。祖父もその件はいわないとお断りされている。
よほどな何かの気配に慄くんだが。
「謝罪の手紙が、毎週来る」
「毎週」
思わず繰り返してしまった。
うむと祖父が頷いて、手紙の束を出した。厚い。ものすごく、分厚い。
「領地に返されたんですよね?」
表情を引きつらせながら尋ねた。王都へのお手紙というのは、時間も金もかかる。
「何通かは友人に持ってきてもらっている。例のセグルも来たぞ」
「この機会に、レティシアに面識を得て、奪ってやろう的な邪悪さを感じます」
「心配なので顔だけでもと言われたので、怪我の療養中と断っておいた。犯人は絶対に見つけて制裁を科すと言えば挙動不審になっていた」
「強いやつには弱腰なんですよね……」
そのせいで、男同士の群れでは埋没しがち。え、あいつが? と思われること間違いなし。
「それで、これを読むか?
先に目を通したが読まずに済ませればよいと思っている」
「……読みたくないですけど読みます」
「心が折れないよう先に内容を言うが。
まず、心からレティシアを愛しているという妄言から、君を傷つけるつもりはなかった。許してくれるだろうと決めつけ。君を傷つけた者は許さないという歪んだ正義感が滲んだものだ」
「……読まなくていいですかね?」
要約を聞いただけでおなか一杯だ。そう聞いてから見ると手紙の束が呪物みたいに思える。禍々しくない?
祖父はほっとしたように頷いた。よほどあたしがブチ切れるのを心配していたようだ。その内容ならブチ切れる前にホラーさに震えあがるわ。
保身ではなく本気そうなので怖すぎる。あんなの夫にしたくない。
今ならさらに言える。レティシア。正気!? 速攻逃げろ。である。
次回は逃げろ逃げろと呪いのように言い含めよう。
「一度、会って誤解を解きたいというのが一番新しいものだ」
「誤解も何も、ですね……」
身から出た錆。以外のなにものであるのかと。
どこかで誰か矯正しようと思わなかったのかね? いや、まともそうな友人はいたけど、忠告が届かず徐々に離れていったっけ。
それも最近、会ってないな、程度で済ますという……。
悪友が本気で悪いほうの友人なのが悪化させる。
「断ったが、なにやら伝手を駆使しているようだな」
「どっかの夜会とかで遭遇とかする感じですか?」
「領地で謹慎しているのも我が家に対する誠意の現れで、罰として存在するわけでもない。
ハーディ伯は大人しくしてくれと望んでいるであろう。あまりうるさいと儂が王に廃嫡を願うかもしれぬからな」
「ああ、あそこ一人息子でしたっけ。
断絶はしないもののそれなりに遠縁から養子を連れてこなければならない」
良いのか悪いのかはわからないが、そうなることが多い。
レティシアは子供を産まない。あたしが来る以前の繰り返しでもそうであるので、先につながらぬ命なのだろうと言われている。時々、才能が溢れすぎて、他の機能が失われることもあるらしいのでそれではないかと。
なお、元婚約者は浮気して隠し子とか出てきたりもするので、あちら側の問題ではなさそうである。
「今は、来ぬだろうが、注意は必要だ。
外出はせぬように。庭でも危ない」
「あたし、ここにきてずっと屋敷の中なんですが……」
出たいわけでもないが、気がつけば監禁中である。暇とか退屈とかすることもないし、不快でもないが、ほんとに下界降りてきて屋敷を出てないんだ……。
門のそばにもいけないから、街並みすらみたことないな。
「もう少し、落ち着いてからだな。
商人を呼んで買い物をしても構わぬが」
「……。
じゃあ、一回呼んでください」
「わかった」
話はそれでおしまいだった。
お嬢様がたのお手紙だけ持って部屋に戻る。今後関わるかもしれないから、だれがどうだったかという事は知っておきたい。
気が滅入るけど。
「許せという圧もこまったものだわ」
そうでなければ人ではないと言わんばかりなのだから。
まあ、あたしは今神の使いなので人でなしな対応するけど。




