謝罪を断るだけの簡単ではないお仕事 0
その日、アルテイシアは婚姻の日取りが変わったと伝えられたのと同時に婚約者の家に住むように伝えられた。
予定よりも一年も早められたのは異常であるとアルテイシアでもわかる。
なぜと問えば、遠方の祖母がどうしても元気なうちに花嫁姿を見たいと望んだからと。嘘ではないだろうが、それが本当の理由とは思えない。あの祖母は兄たちにも早く結婚しろと煩いのだ。その話は、アルテイシアも聞き慣れている。
婚約者が亡くなるたびに、早く結婚していればよかったのにと嘆くのを見てきた。そして、舌の根も乾かぬうちに次の婚約者はどうなのかと問う。
あなたは公爵家の娘、もっと良い嫁ぎ先があるのにと続いて。
アルテイシアの気持ちなど全く気にも留めず、公爵はすぐに荷物をまとめるように告げる。
少し前までの優しい笑みはもうなくなっていた。
急かされるように準備を整え、アルテイシアは嫁ぐ前に婚約者の家に住むことになった。
「ひめさま、ようこそお越しくださいました」
事前に知らせているので、何事も滞りがないようにアルテイシアには思えた。
しかし、いつも出迎えてくれる婚約者の姿がなかった。かわりのようにいた婚約者の下の弟は冷ややかな視線をアルテイシアに向ける。
出迎えは彼だけだった。
いつもは婚約者の両親も顔を出したものだが、影も形もない。
「お迎えありがとう。これからよろしくね。
キリル様はどうされたのですか?」
「兄様は、家を出ました。もう、戻ってきません」
「どういうこと?」
「ひめさまのほうがご存じでしょう?
兄は、軍人で、シュウレイ男爵領に修行にいきました。自分が師事した流派のお嬢様を傷つけた人を妻には迎えられない」
アルテイシアは婚約者が軍属であったことは知っていたが、それだけだった。深くは聞いたことがなかった。粗野でないことにほっとした程度で。
「あの子を選んだの?」
彼だけではなく、婚約者すらも、レティシアのものだったのだろうか。
「違いますよ。
あなたが、この家にそれでも嫁いでくるからです。
うちは、もう、この先、護衛が雇えません。あなたがいる限り、荒事をするものは避けるでしょう。彼らは他流派とはいえ、傷つけてはならない人を傷つけて謝罪すらしないものに付くことはしない。
護衛が雇えないというのは、貴族の誇りを著しく傷つけるということはお姫様はご存じないでしょうけれどね」
こんなこともわからないのかと言いたげだが、アルテイシアは知らなかった。
護衛というのは家で訓練し、ずっといるものとばかり思っていた。顔ぶれは確かに代わっていたような気がしたが、そこまで意識したこともない。
護衛を抱えているということの意味も。
しかし、父は知っていたのではないだろうか。
こうなることを予想して、それでも、ここに嫁がせる。アルテイシアは血の気がひいた。
護衛がいなくて、もし、アルテイシアが傷ついたら。この家は、おしまいだ。きちんと守れないことを責められる。
傷だけでなく、死ぬのならば。
その死が、護衛を雇えない家だけの問題で済むだろうか。護衛を回さなかった狭量さを責め立てるのではないだろうか。それは、きっと深刻な断絶を生む。避けるべきそれを願っているのは。
「そうならないためには誰かが、詫びに行かねばなりません。相手に窮状を訴え、許しを請わねばならない。
相手が怒り狂っているのに、です」
泣き出しそうな声で少年が告げる。
「あなたが、兄様を殺すんです。覚えていてください。
僕は、あなたを許さない」




