ざまぁを計画するだけの簡単なお仕事 3
調べていないということはないだろう。結果も既に出ているに違いない。
ただ、あたしには言わない理由がある。
たぶん、その子はもう死んでいる。それにショックを受けるのではないかと思われているのだ。
「配慮はいりませんよ。
レティシアを殺しかけた人はもれなく死亡しているので、今回も死ぬとは予定していました。ただ、誰だったのかというのは気になって」
「誰かは知らないが死んでいることは知っているということか?」
「5人くらい持ち回りで犯人がいるんです。そして、レティシアの死亡有無にかかわらずだいたい死にます。
一番多いのはローラ・ルーグ」
レティシアを階段の上から押す実行犯は男爵家のご令嬢だ。新興あるいは没落途中といった貴族社会では弱い家の生まれ。そして、昔、レティシアの友人だった。
それも10才のあの日までだけど。
「彼女ならば家のほうは黙っていても自滅するので、そっとしておいてください」
元々、没落直前のような家だったのだ。ローラが提示された大金に目がくらんで、その死を選んでしまう。
すべて、失くしてしまうことも知らずに何度も。他のご令嬢も大なり小なり同じようなもので、家族や家のために死んでいく。加害者でもあるが、被害者の側面はある。
そんな彼女をあたしは救いはしなかった。婚約式翌日には大体亡くなっているのだ。婚約破棄か彼女を救うか、みたいな選択しかない。何回か出来るならば救うほうも試してみたいが、残念ながら一回しかないのだ。
でも、やっぱりちょっと後ろめたい。知っていたのに。
この件はそういうあれこれで内心ぐちゃっとしている。だから切り出すのに時間がかかり、言いだしたくも無かったりした。
知る必要はあったのだけどね。
「それでいいのか?」
しばし、黙っていた祖父は納得しがたいという態度だ。
殺されかけたという点においてはそうだろう。あたしも本人が生きていたら、何かしたかもしれないがもう死んでいるのだ。
「どうしても、というならば。
レティシアから、弔いの花を」
かつては友であった、という点だけでおくってあげよう。レティシアが生きていたらそうしたから。
……まあ、当事者からしたらおまえらのやってることは知っているぞ、という圧しか感じないだろうけどさ。
レティシアは、犯人が誰かなんて気にしていたようにも思えないし。調べればすぐわかるのにそうしなかった。
殺人未遂に慣れ過ぎている。
あるいは、かつてあった思い出を穢したくはなかったのかもしれないが。
祖父にまじまじと見られたが、なんだろうか。
「それより首謀者のほうが気になりますね。セグル。であってますか?」
「……あっているが、なぜそう思った」
「元婚約者は男からは嫉妬される立場でしたからね。
一番大事にしているらしい婚約者が、婚約式に死ねば、あるいはケガをすれば良いと思ったんでしょう」
子爵家のイケメン次男であるが、セクハラ野郎である。定期的にレティシアにちょっかいを出したりしていた。
主に、元婚約者が気に入らず、しかし、本人とは仲良しという歪んだ何かである。
おまえ、もしかして元婚約者が好きすぎて歪んだの? と邪推したこともある。そのくらいの執着を見せる。
男同士で争うと次男で子爵家ということで負けるので、女性で男爵家のレティシアならいたぶっても構わないという精神構造がやばい。
なお、つるんでるお友達というのも似た感じなので、歪みが矯正されることもなく悪化していく。
それにも関わらず元婚約者、気がつかない。
その結果でもレティシアが死ぬ。
ほんと最悪な婚約者だな。
ああいう鈍さのバフってのが存在するんじゃないだろうか。神のご加護の鈍さでは?
「元婚約者もそうですけど。あいつらご自慢の顔を潰してやってから、骨の一本や二本、いえ、足でも切り落として差し上げればよろしいと思いますわ。誰かに世話をされねば生きていけないのに偉そうにして、誰からも見放されて死ねばよいのです」
一回くらい、みじめに死ね。
おっと邪念が。
「考慮しておこう」
宥めるように言われたのはちょっと納得がいかない。
まあ、奴のすることは今ではなにも起こっていないに等しいからね。
……まあ、結婚したら僕と遊んでよ、なんてのは可愛いものでしょう。彼らにとってはセクハラにもなりやしない。そもそも概念がないから仕方ないけど、大半の男性はそんなこと言いださない。もしかして、思ってるかもしれないけど、そのあたりは口に出さない良識はある。
「……そろそろ次だが、大丈夫か?」
「もちろんです」
究極のだんまりを見せつけてやります。
そこからに2件は大差なかった。最後にあたしに泣き落としをかけたが、冷徹に却下したくらいの違いしかない。
それでも肉体疲労というより精神疲労が半端ない。
今日はもうおしまいと祖父と現地解散した。あちらも部屋に戻って休むらしい。しっかりはしているが、やはり年なので無理するとまずそうな気がする。
だからと言って、他に頼る人もない。
頼るなら、全部、物理に極振りである。頭痛い。
イルクも家を継ぐわけでもないしとそう言った方面の教育はされていないそうだし……。
一般常識には当てになるのは幸いだ。
そのイルクは順当に馴染んでいる。その上、もっと早くこうしていれば良かったとさらりと言ってのけましたとさ。
……なんだろうなぁ。この無駄な行動力。曖昧な愛情は、恋愛方面に振り切れてませんか。とはさすがに問えなかった。
あたしはレティシアではないと言ってもその体を守る意義があると。
恋は盲目である。
レティシアが彼を頼らなかったのはこう言うコトを見越してなんだろうなぁと。彼の幸せを願うならば、関わらない方が良い。
だって、その手を取ってしまいそうになる。
後悔することを知って尚、一緒に逃げて、生きてみたくなってしまう。
それが出来ればレティシアは未来を暗くしていく道を選ばなかっただろうか。
……いやいや、たぶん、どっちもろくでもない。
本気で、逃げるならば、彼女は誰にも見せてない顔を表に出さないわけにはいかなかった。
希代の魔女たるレティシア。
世界の理さえ騙すペテン師。
彼女の記した魔法が世界に広まり、積もり積もった歪みは神さえ殺す。
彼女はありとあらゆる思いつきを日記として残し、それらはきちんと保管されず離散する。足りない手記を後の人々が思い思いのやり方で実践し、世界は確実に壊れていく。
レティシアの日記を廃棄すれば事は収まる、と言いたいところだが。その日記を取りに行くことすら出来ない現状はいかんともしがたい。
領地にあるのだ。それは。
そして、レティシアではないことを知られていればその日記を手に入れられる可能性は極めて低い。
他人に日記を渡すだろうか。
普通は否である。
某神の手落ちではなかろうかと問い詰めたい。
人でないならば、万能でありたまえと冷酷に言ってやりたい。
やる気あんのかーっと怒鳴ってやりたい。
そんなやるせない気持ちがどんよりとやってくる。分かってはいたのだけど。
でも、やるせない。
ぐだぐだ考えているうちに宛がわれた部屋にたどり着く。今のところ、わたし個人の侍女もメイドも付いていない。誰もいない部屋はきっちり清掃されていた。
従兄殿と顔を合わせなかったところをみると今日は訓練でもしているのだろうか。侯爵家の私兵の教官として現在仮就業中である。表だっては侯爵様の護衛となっているが。
慰労と称して厨房から差し入れでも入れにいってみるのもいいか。
なんだか一人でいるとろくなことを考えそうにないんだ。
一人で居るのは久しぶりで、前はイヤでも神(仮)がいたし、レティシアと夢で会ったりもした。
どちらもいない隙間が埋まらない。
ため息をついて、もう一度部屋を出ることにした。




