ざまぁを計画するだけの簡単なお仕事 1
……朝からヘビーな夢を見た。
あれは三回目の繰り返しのことだった。定期的の大量虐殺するんだよね。あの子。とは聞いていたが、実際見て絶句した。神(仮)の配慮により、モザイクかかってたけど、すごかった。からの壊れ切った無邪気な微笑みである。しかも、殺してとか……。
一回心折れて、三周くらいお断りして引きこもったのは悪い思い出。未だにトラウマである。ああいう方面のルートに入っているというお告げだろうか。本気で気が滅入るんだが……。
気を取り直してと言いたいところだが、本日の予定は良くない予定である。
「……行きたくない」
ぼやいたところでなくならない予定である。
婚約が破棄どころかなかったことにされて一か月。あたしが礼法と国の常識を叩き込まれているうちに祖父が撒いた種が芽吹いていた。
嫌な方面の発芽である。
祖父はあたしが鍛えられているうちにレティシアにしたことを各ご令嬢のご実家に送り付けた。いっぱいいるので、一回や二回程度の嫌がらせはスルーし、ひどいほうから順に送っている。
それだけでなく、正式に謝罪の要求をしたのだ。
これ、実はとても無作法である。
家のことに口出しをするなというのは貴族間の暗黙の了解であるのに破った、というだけでなく。ただの娘のことで苦情を言うのはおかしいということだ。
そうなってしまうのは貴族のご令嬢というものは家の部品だからだ。ものと大差ないという扱い。
最初聞いたときは、人権どこいったと思ったものだ。今も思ってる。
貴族というのは貴族法に条件が記載されている。法の上で貴族とされるのは当主と次期後継者のみである。それ以外はその家に属するものであり、当主などよりは一段下となる。そうは言っても一般人ではなく準貴族のような扱いだ。後継者優遇もありはするが、普通のそこまで極端な対応の違いをすることはないらしい。そのため、この法を知らないものもいる。
生活するうえで別に必要ないからね。普通なら。
さて、今回の不祥事。自分のところの娘が、他家の娘にやらかしたということになる。
普通なら娘同士なのだから、正式な文書を送ることなく処理するようなことだ。書面でやり取りし合って落としどころを探ることが多いらしい。
しかし、今回のように家に抗議が来た場合、家として対応しなければならない。ただ、娘の不祥事なのでこれだけで当主が謝罪にくることはまずない。精々、書面での謝罪くらいだ。本人に罰を受けさせる気は毛頭ない。
祖父はその程度は予想している。その予想通り、返答は来ないか、来たとしても断るとあったそうだ。
さて、宮廷にもおしゃべりなマダムがいる。彼女に言えば翌日には皆知っていると言われるくらいの口の軽さと言えばお分かりだろうか。秘密だよというほどに大きく広がる。そんな人。
次に祖父がしたことと言えば謝罪を拒んだ家の娘がしたことを彼女に話すことだった。家の孫がひどい目にあいましてね。とかなんとかいいながら。
大変面白い醜聞は恐ろしい勢いで広まり、その家の者が宮廷に来ようものならば嘲笑と無視である。恥知らずとして指を指される大変居心地の悪い思いをしたようだ。
すぐに祖父に泣き付いたけれど、じいさまは笑って追い返した。謝罪せぬというのが返答でしょうと。
そんな事を5人もすれば、噂を聞いたものから謝罪の申し込みがやってくると言うわけである。
なお、その謝罪に娘が出てくることはない。家同士の話なのだから、当主たちだけで話し合うものだ。ご令嬢たちは当主の管轄下にいるものだからね。彼女たちの不始末は当主にとっても不始末であると責を負うのも当主。
当主としては、たかが娘への謝罪だからと相手方の先代当主に頭を一度でも下げればいいであろうと言うつもりでやってくる。娘へは説教しましたとでも言っておけばよいと。
ところが、どっこい。そんなことで許す祖父ではなかった。
レティシアへの謝罪を要求した。そうでなければお帰りくださいと言われれば、当主も腹をくくる。和解しましたと話をしてもらわねば居心地の悪い思いが終わらない。
「大変申しわけございませんでした」
というわけで、謝罪したけど、大変不満そうな顔のどこかの当主様があたしの目の前に座っているわけである。
反省してなさそうと思うけど言えない。
またか、と思うのは実は三回目だからだ。これが心躍らない本日の予定。あと二件同様のものがあって、この先も満員御礼だそうだ。
白目剥きそ……。
幸いというべきは張りぼて令嬢のあたしは、ぼろが出ると一回目、二回目と同じように黙っているようにとは言われてるので口を閉じている。
どこぞの当主は黙ったままのあたしに苛立っている。
本来なら祖父に謝って、許されるつもりだったのだろう。あたしに謝罪していると言うだけでも屈辱なのに、許すなどいわないのだから。
彼らからしたらあたしが常識外れの要求をしているとんでもない娘のように思えるだろう。それに応じる祖父も耄碌したものだと。
そっと隣に座っている祖父へ視線を向ける。謝罪に対して鷹揚に肯く渋い老人がいた。機嫌が良さそうにさえ見えるから怖い。
この人、きっちりレティシアを害した人に罰を与えていくつもりだよ。そりゃあ、あたしも罰くらいあっても良いと思う。けど、なんか、えげつないというか。
当事者に直接何か反省を促すことができないことが要因ではあるんだけど。
「それで、どのようにするのです?」
家のことに介入するのはマナー違反だが、祖父に今更言っても仕方ない。
どこかの当主は首をかしげた。何を言われているのか本気でわかってない顔だ。貴族としての外面があまり上手くない人なんだろうとは思う。某公爵家の下についてなんとかやってきたというところだろうか。
娘にも追従するように言い含めていたのだろう。嫌われたら大変困ったことになるのだから。
「謝罪をお求めでは?」
「謝罪だけではなく、厳罰を求めます。本人の同行も求めたはずですが、その約束を破ったことも謝罪していただきましょうか」
煽るなぁ……。わかっててもハラハラする。
「たかが、意地悪程度で謝罪以上のことをお求めとは。もうろくされたものですな」
「おや。たかが、いじわる、と」
「大したことでもないものを大げさに騒いで気を引きたかっただけでしょう。ご令嬢をきちんと躾けたほうがよろしいのではないでしょうか?」
「では、たかが意地悪を娘さんに行うことにいたします。これで全て水に流してもかまいませんよ」
爽やかに微笑んでいる祖父が、おっそろしいものに見える。
止めないあたしもあたしであるのだけど。
「そうですか」
ほっとしたような顔をして帰っていった当主に内容を知っているのかと問いただしたい。いや、全然わかってないのだろう。
レティシアは元婚約者がやたらともてるハーレム男だったので、必然的に嫌がらせされる対象とされていた。
七年もの間、ずっと。
そして、婚約を解消しなければ死ぬまで。
それは、可愛らしい嫌味から彼女の死を積極的に願うものも含まれる。
つまり、彼女はこの先の7年間いつ背後から突き落とされるかわからず、社交界ではつまはじきにされる未来がプレゼントされるのである。陰口と嘲笑ももれなくセットだよ。
なお、これ、前の2回でも一緒だった。つまりは大したことないと思われていたのである。
女の園の実体を知らぬから……。
家にこれを持ち帰って阿鼻叫喚になるだろうに。特に実行していたご令嬢は外にも出られなくなるのではないだろうか。
「……みっともなく、謝罪とかしてこないといいんだけど」
一度だけなのだから、報いを受ければいい。




