愚かしさに
なぜ。
彼女の心にはその言葉しか残っていなかった。
ただの無力な少女は、しかし、無力ではなかった。
彼女に公爵家という家があったように、流派の当主の娘という立場があった。害されることを許されないという立場が。
彼女たちの知り得なかったこと。
貴族社会からでは見えないこと。
ただ、不思議だったのはなぜ彼女はそのカードを切らなかったのだろう。
当主に言えば良いと。そうでなくても彼女の婚約者でも良かったのだ。
耐えずに嫌だと一言いえばいい。それだけで願いはかなうのだから。
そして、思い当たる。
現状に至るのが嫌だったのかもしれないと。
静かに、しかし、速やかに状況は変わっている。それは公爵家としても、国としても望ましくない変化だ。
「本当に、馬鹿馬鹿しい」
アルテイシアは呟く。
誰もかれも、愚かだ。とりわけ、自分が。
幼い初恋を踏みにじられた位で。
それも約束されたものですらなかったのに。
彼女は、何もしていなかったのに。
それでもあきらめ切れなかったのだ。
彼女が逃げ出せないことも分かっていた。
好きではない相手と添うことも。
そして、彼が全く気がついていないことにも。
誰も幸せにはならなかった。
謝罪など今更意味がない。家の当主を介さなければ会う事さえ難しい。その上、家格が下である以上、頭を下げるわけにはいかない。
出来ることなどなにもない。
確かに修道院でもさっさと行っていれば良かった。
贖罪の日々は心が安らかだろう。己が正しくなったと思い込めて。




