ハーレム男を振るだけの簡単なお仕事 1
ガツン。
人の頭から聞こえてはいけない音だ。
ぐらぐらする頭を押さえたら髪がべったりと濡れていた。血のにおいが漂うことに顔をしかめてしまう。
あたしは、どうしたというのだ。
「マジ痛いし?」
辺りを見回せば真っ暗と言っても良かった。室内から漏れている光もあるが、思ったよりも暗い。街灯の一つも見えないとはどこかのだろうか。
頭を押さえながらどうにか立ち上がる。とりあえずは、手足に異常はなく立ち上がるには不都合はないらしい。
激烈な頭痛にふらつきながら階段に座る。
よく見えてないはずなのにそこに階段があることを知っていた。
視界に入る白いドレスには見覚えがあって、なかった。
あたしは首をひねり、頭を揺らしたことによりさらなる頭痛に見舞われる。
「何これ痛い」
と思わず、口にしてしまうほどに。口に出来るくらいには余裕だなとどこかで誰かが呟いた。
現状を整理すれば、地面に落ちてた。頭から血を流して。
一体どこのサスペンス劇場だと思う。二時間ドラマで最初に殺される人並みなシチュエーションだ。ええと、痴情のもつれと復讐と遺産問題のどれだ? と考えるくらいには混乱中だ。
落ちる前に何があったのだ。
思い出さない方が良いんじゃないかなぁと遠くで呟く声が聞こえた。しかし、バカ野郎と心の中で怒鳴り返したら、それは黙り込む。
ふっ、勝った。
と勝ち誇る間もなく思い出した。
あたしは、横断歩道ですっぷらったに挽きつぶされて、享年17歳だった。
「……!?」
(だからさぁ、思い出さない方が良いって言ったのに)
今度の声は明確だった。
どこからというわけでもなく、確かに聞こえた声。いや、声というより性別も年齢も曖昧な音のようなもの。意味は確かに伝わる。
(契約履行のための先のお仕事、覚えてるよね?)
「ヤツを恐怖と失意のどん底へ送り込む、楽しいお仕事」
思い出した。
三行でまとめるなら。
1,事故にあって皆が泣きわめく素敵な挽肉と化した。
2,あたしは呆然と推定幽霊状態で葬式後の火葬まで見送り。
3,死神に拾われて。
4,異世界の神(仮)にナンパされた。
……四行になることはままよくあることだ。
たまたま、世界運営に行き詰まっていた神(仮)が視察に来ていたところに出くわし、めでたく異世界転生を果たす(予定)である。
予定。
つまりは神(仮)のお仕事を手伝ったらご褒美として、記憶持ちでチートもつけて生まれ直しできるらしい。
らしいなのは、神(仮)もずいぶん前にやったきりなので、覚えてるか怪しいとか後で言ってきやがったので。
(違うでしょ。彼を殺さないで)
「え? 良くない? この先、泣く令嬢を三桁作る男なんて世の中にいる?」
(その影響範囲が全く読めないからやめてっ! あと、地味に他の神のお気に入りだからっ!)
「はぁい」
あんなの好きな神ってどんなのよ? と思ったりもしたけど、顔はいいんだ。その辺りだろうか。
残念ながら、この世界の神は一柱ではなく大小あわせれば二桁以上、三桁未満ほどいるらしい。八百万の神がおわす日本よりは少ない。
大事なことは有力な神の話し合い的な殴り合いで決まるとか決まらないとか。
あたしを拾ってくれた神(仮)は時空を司る、言うなればセーブ&ロードの神であった。
ある特定の地点を基点に戻すことは出来るけど、それ以前に戻ることは出来ない。基点は運命神(仮)といわれるものと相談の上に決めると言うコトになっている。
と聞いた。
他の神と接触したことがないからどこまでホントかはわからない。離れると勝手に成仏すると言われれば、そうなるでしょう。
(とりあえず、体の齟齬はない?)
「脳みそが割れるように痛い」
(頭蓋骨でしょ。とりあえず、応急処置として出血を止めるくらいはしとくから)
「頭痛が痛いままだけど」
(痛いが二回ってわかって言ってるよね。そこは我慢して。修理系は得意じゃないんだから)
「……人間なのに修理とか。せめて治療とか言ってほしいんだけど」
(レティシア嬢の魂は保護したから後は好きにしていいと言いたいけれど、用があったら呼んで。死ぬ前に)
「はいはい。頑張って殺される前に殺します」
遠くでため息を聞いた気がした。そんなの知るか、である。人のコト修理とか言うのが本当に神なのか疑わしいところだ。しかも軽くスルーするし。
そういうところが(仮)という認識になる原因だって気がついているのかね?
まあ、とにかく。神(仮)の世界が行き詰まって居たのは彼女の影響である。彼女の人生は、一人の男によって人生を狂わされ死ぬ。死後の影響が回り回って世界を滅ぼす。
時間を巻き戻し、繰り返し試しても結果は一緒。彼女は救われない。
あたしと神(仮)であれこれ考えて、介入して、それでも結果は同じでその果ても一緒となれば手の施しようがなかった。
最終手段の直接介入を今、初めて行う。つまり、魂の交換。
彼女の魂を引っぺがし、異世界からまだ魂状態だったあたしの魂をぶち込む。晴れてこの体はあたしの意のままだ。
久しぶりの肉体持ち状態が殺害未遂スタートとはアレだが、強い意識不明状態でなければ入れ替えも可能ではないと言われれば仕方ない。
神(仮)が言ったようにこれから、好きにして良いのだ。それに少しはうきうきするかと思ったら全然だった。
これから彼女が受けることを知っているので。だって、全部バットエンドとかどうなのそれ。
まさに気持ちは殺られる前に殺れ。精神的に削れてはならないものが削れていきそうである。
とりあえず、理由、その他、色々なものはさておいて、今日のあたしがすべきことがある。むしろ、今日、今このときでなければいけない。
「ああ、今日は良い日だ」
これからハーレム男を振るだけの簡単なお仕事をするのだ。